2009-08-22

PS3架空戦記外伝 互換黙示録

※この物語はフィクションであり、実在の人物及び団体とは一切関係ありません。

序章 審判の日

「非常事態だ。助けてくれ。」

落ち着き払った口調ながらも、友人である彼の声からは余裕は全く無かった。

「一体何だというのだ。一体何が起こっているのだ。」

私は当然のように彼に問い返した。

「恐ろしい事態が起こってしまった。」

「恐ろしいとはどういう事だ。ヤフーニュースやグーグルニュースにはこれといって目を引く凶報は見あたらなかったが。例の国がミサイルでもぶっ放したか。」

「社会カテゴリや海外カテゴリなどではない。エンターテインメントカテゴリだ。」

「エンターテインメントのニュースに君がそこまでおびえるとは面妖だな。詳しく話を聞かせてくれないか。いや、いずれにせよ聞かせてくれなければ君の力になることなど出来ないが。」

「そうだ。その通りだ。話そう。その前に君に確認したい事がある。」

「ふむ。何だ。」

「君はプレステ3を知っているか。」

「まあ、知ってはいる。ソニーが売ってるゲーム機、という程度だが。ああ、プレステ2なら我が家にもあったな。」

「そのプレステ3、プレステ2のソフトが遊べない事は知っているか。」

「その話も聞いたことがある。ごく初期に売られていた機種だけは可能だったという話も知ってる。」

「ならば話は早い。実はな、今日から全てのプレステ3でプレステ2のソフトが遊べるようになったというニュースが報道されたのだよ。」

「ほう、それはどういう事だい。」

「つい先刻インターネットを介して、今までプレステ2のソフトが遊べなかった全ての機種のプレステ3のファームウェアが更新され、プレステ2のソフトを再現する機能が追加されるたそうだ。」

「ほう。それはめでたいな。」

「めでたいものか。」

彼はテーブルを叩いて怒鳴った。私はその形相に少々驚いた。

「いいかね。これは私の尊厳に関わる事態なのだよ。断じてめでたいニュースなどではないのだ。」

「申し訳無いが私には話がよく見えない。ゲーム機の機能追加と君の尊厳にどんな関係があるんだい?」

「なるほどどうやら君はこの件に疎いと見える。では最初から説明しよう。」

彼は大げさに身振り手振りを加えて話し始めた。

「このプレステ3というゲーム機。プレステ2のソフトが遊べない事はさっきも説明した通りだが、これを理由に購入を拒絶し続けている求道者が私を含めて大勢いるのだ。」

「ほう。そんな集団がいるのか。」

「しかし今回のアップデートでプレステ2のソフトが遊べるようになる事が確定してしまった。深刻な事態だ。」

「そう、そこだ。何故それが深刻なのだ?」

「まあ聞きたまえ。プレステ3が発売されてからx年。x年だ。その間我々はプレステ3の話題が注目を浴びる度に、プレステ2との互換性が無い事を理由にプレステ2を買わない事を表明し続けてきたのだ。しかし今日・・・」

「その、理由とやらが消え去ったというわけか。」

「そう、その通りだ。」

「それが何故、君の尊厳に関わってくるのだ?」

「分からんかね。つまり我々は今、プレステ3を買わなければならない事態に陥っているのだよ。」

再び彼はテーブルを両の拳でどんと叩いた。テーブルの上のコップの中身を先ほど空にしておいたのは正解だったようだ。そして彼は続けた。

「今我々は連帯して地下に潜り、買わない理由を統一させようと奮闘している所なのだ。しかしどうにもはかどらず困っている。可及的速やかに事をなさなければ、我々は一生涯汚名を被り続けなければならないだろう。」

「ブログに書いたのなら、エントリを消せばいいじゃないか。」

「それでは不足だ。Googleキャッシュはこちらから削除出来ないうえにかなり長い期間残り続けてしまう。しかもx年にわたる自分のエントリ全てをこの1、2時間以内にチェックするなど不可能だ。」

「まあ、確かに。」

「これを見たまえ。同士達が収集したプレステ3に関する欠陥や悪評の集大成だ。今日の未明にこの事態にいち早く気付いた同士達が一気呵成に集積した我々の生命線なのだ。」

そう言って彼はノートPCを開き、映し出された画面を私に見せた。なるほど確かに凄い情報量である。本体のデザインが醜悪だとか、社長の顔が不愉快だとか、そういった情報が箇条書きの形式で数百個並べられていた。

「時間が無い。既に陥落した者も出始めている。私もいずれは危ないだろう。だから助けてくれ。君の知恵でこのノートPCを使って、私をこの窮地から救い出してくれ。」

彼はそう言ってノートPCを私に押しつけてきた。私はどうしたものかと画面を眺めながら考えあぐねていると、ある異常に気がついた。

「ところで、君のブログの最新のエントリのコメント欄、今リロードしたらコメントの数が随分と増えたような気がするんだが、気のせいかな。」

私が何気なく尋ねると、彼の顔はたちまちのうちに真っ青になり、乱暴にノートPCを私から奪い取ってかじりつき、数秒後にこう叫んだ。

「畜生め。もう気付かれたか。」

そのコメント欄を改めてよく見ると、数百を超えるコメントのうちのおよそ半分が「VIPからきますた」「ゲハからきますた」で、残り半分が、プレステ3をいつ購入するのかを彼に問いただす主旨のものだった。

「ああ・・・。もう終わりだ。私はもう破滅だ。」

彼は椅子から崩れ落ち、床に突っ伏してさめざめと泣き始めた。彼にかける言葉が思いつかないでいると、突如背後からカシャリ、という音が聞こえた。携帯電話のカメラの作動音だった。それに気付いた私と目があった携帯電話の持ち主はすぐに目をそらし、そそくさと立ち去っていった。まさかと思い再び私は彼のブログをリロードしてみた。コメント欄の6番目に新しいものに、画像アップローダーへアップロードされたと思われる画像へのリンクのみが書き込まれていた。リンクをクリックしてみると、1分ほど前の状態の彼と私の両足が写った画像が現れた。

私はもしやと思い、2ちゃんねるを開き、ニュー速VIPといった板を開いてみた。すると果たして、そのスレッドは存在した。

【互換来たら】互換来たら買うと言ってた奴がPS3買ったか監視するスレ(■34台目)【本気出す】

試しにスレッドを開いてみると、出てくる出てくる。あいつは何年何月何日のブログで互換が来たら速攻買うと書いてあった、なんて情報であふれかえっている。最初の書き込みにはまとめサイトのURLまで載せられていた。この動きを察知して該当するエントリを削除した者も中にはいるようだが、Googleのキャッシュにまで魚拓を取られ、スクリーンショットはあちこちのアップローダーに転載されていた。彼らの中には素直に敗北を認め、会社を休んでPS3を購入し、自室に置いてある様子を携帯電話で撮影してブログにアップロードする者も現れ始めていた。

それを見て、どこからか拾ってきた、いわゆる「汚部屋」や廃墟の画像に無理矢理PS3本体の画像(背景とのスケールすら調節していない)を上書きしただけの画像をアップロードしてネタに走る者、Photoshopを駆使してあたかも自室にPS3が置いてあるかのようなコラージュ画像を作成し偽装を試みるも見破られさらに炎上する者、PS3を購入しはしたもののその後すぐに売り払って「買うとは言ったがそれで遊ぶとは言ってない」と詭弁を弄する者、NHKの番組「プロジェクトX」風にこの騒動を編集した動画をニコニコ動画にアップロードする者などが跳梁跋扈して収拾が付かない事態となっていた。

たちまちのうちにスレッドの書き込み数が1000に近づき始めた頃、彼の知り合いらしき男が不意に現れ、声を上げた。

「おお、そこに居たか。」

そして地面にうずくまり嗚咽を漏らす彼に駆け寄り、こう言った。

「聞け。朗報だ。PS3を買わない言い訳が見つかったぞ。」

「な、なんだって。」

まるでこの世の終わりが来たかのように泣いていた彼は、涙と鼻水に塗れた顔を上げ男にすがった。

「そ、それで、どうなったんだ。わ、我々は助かるのか。」

男は笑顔で彼に答えた。

「かいつまんで話そう。つい先刻まで、我々の同志の一部が秘密裏に決死隊を組織し、身分を隠してPS3を購入し調査を継続していたのだ。そして我々はついに突破口を見つけたのだ。」

おそらくそれは嘘だろうと私は思った。きっと「互換が来たら買う」は彼らの本心だったのだろう。そして本心に従ったというだけなのだろう。しかしそれでは彼らの団結に亀裂を生じさせてしまう。そのため、「裏切り者」を「決死隊」にでっち上げ美談化したに違いない。しかし精神状態が不安定な今の彼には十分な説得力を持っていたようだ。

「おお、何という事だ。誰だか知らないが、その尊くも誇り高い犠牲的精神に栄光あれ。」

彼は天を仰ぎ、両の拳を組んで跪いた。そんな彼の肩を抱きながら男は続けた。

「我々のために散った同志達からの報告によると、やはり今回のPS2互換は完璧なものではないらしい。」

「なるほど、最初期の機種もそうだったのだからあり得る話だ。」

「決死隊は無数の試行錯誤の末、ついに今回のアップデートで対応していないPS2ソフトを見つけるに至ったのだ。」

「おお神よ、勇敢なる彼らの熱き魂に報いてくださるとは。」

「これが今現在判明している未対応ソフトの一覧だ。おそらく今後も少しずつ増えていくだろうが、まずはこれらのソフトを片端から購入するのだ。」

「君の言いたい事は理解出来たぞ。よし、善は急げだ。今すぐショップへと急ごう。」

男と友人は韋駄天の如く走り去っていった。

その日の夕刻私は帰宅し、我が子に「そういえば、プレステスリーでプレステツーのゲームが出来るらしいぞ」と教えてやったが「PS2とかそんな古いゲームする暇ないし」と一蹴されて少し悲しい気持ちになった。

そして書斎で今日の顛末を思い出し、PCを立ち上げて彼のブログを開いてみた。あれからエントリが一つ追加されていた。

PS2互換きたー!

今日のアップデートでついにPS2互換が実現するそうです!

待ちに待ったこの日が来ましたね( ´∀`)

今日は持ち合わせがないので明日買いに行きます!

追記(18:34)

2chの書き込みによると、「ストッキングクルー」は起動しないという報告が…ガ━━(゚Д゚;)━━━ン!!

そんな・・・これのためにずっと待っていたのに・・・(TΔT)ウゥ

そんな文章の下に、散らかり気味の床の上に、おそらく今日購入したであろう「ストッキングクルー(どうやら、巨大化したストッキングを穿いた女性の足をひたすら上るというゲームらしい)」のパッケージが置かれた写真が、そこにはあった。

例のスレッドの標的となっていたブログ群の大半が、その日のうちに「妹の足の裏の臭いを嗅いで眠れないCDすぺしゃる」や「陰毛回収部隊くりーんこれくたー(おねえちゃんの部屋ver)」などといったソフトが今回のアップデートに対応していない事を理由にPS3購入見送りを表明していた。

私はもしやと思いヤフーオークションを開いてみた。予想通り、これらのソフトの出品が続出していた。しかしその特殊なゲーム内容ゆえに流通量が少なかったようで、供給が追いつかず、その入札価格は14万円を越える所すら出始めていた。

数日後、臨時収入を得た私は家族を連れて少し高給な店で夕食をとり、その翌日妻が以前から求めていた冷蔵庫の買い換えに踏み切り、子供達に一台ずつプレステ3とソフト数本を買い与えた。

第一章 システムアップデートの恐怖

そんな騒動から2ヶ月後、プレステ3のシステムアップデートが再び配信された。更新内容を見てみると、「プレイステーション2用タイトルの動作品質を改善いたしま




飽きた。

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