5年ほど前の話。
当時高卒で某大手アミューズメントグループに就職したのだけれど、当時の一期先輩だった男性の行動がいまだに理解できていない。
その先輩と言うのがいわゆる「天才」で、一度聞けばすぐ自分のものにできるし、頭の回転も凄く速くて「あいつが居れば何があっても大丈夫」とか入社二年目で言われるような人だった。
世間から見た業界自体のランクなんて下から数えた方が早いくらいだから、普通の企業に行けばこんなタイプの人はザラなのかも知れない。
それでも、当時高校を卒業たばかりで数百キロ離れた職場へたった一人放り出された無知で無垢な自分にとって、仕事やその職場内での人間関係は自分の生活の中でかなり多くの割合を占めていたし、その先輩の噂を入社してすぐに色々な人から聞いた自分は、すぐに「あの人凄い人なんだ」と思った。
その先輩は金払いもよく、年上のアルバイトを連れてご飯を食べに行ったり頻繁にタバコやジュースをおごったりと、上辺だけの信頼関係を築くのも上手な人だった。
そんな信頼関係でも、何か職場で嫌な噂が立ったときに真っ先に擁護される立場を作るには充分だったし、そんなボロは決して出さないような人だった。
配属されて数日?数週間?くらい経ったある日、私は同じ新卒(大卒)の女性と同じシフトに入った。
アルバイトより使えない、なまじ社員という立場だからと気を張っているから笑顔もぎこちない。
それはある程度自覚していたし、その女性も同じような感じだったと思う。
遅番の仕事が終わって深夜1時、私とその女性は先輩から飲みに行こうと誘われた。
教育係である女性の先輩に誘われたことはあったが、この人から誘われるのは初めてだった。
地下にある居酒屋チェーン店、そこは職場の飲み会でいつも使う所とは違うお店。
ちょっと暗い空気で店員の覇気や客入りも全然違う。
自分は確か律儀にジュースを頼んだと思う。先輩は私と女性の向かい側の席に座って、最初の飲み物も届かないうちに言い放った。
「はっきり言って、使えないよ君たち」
わかっていたけど、そうやって言われたのはやはりショックだった。
周りは優しく教えてくれてたし、多少のミスがあっても笑って許してくれていたからだ。
それをぬるいと思ったのか、単に自分が見ていてイライラしたのか、それはよくわからない。
とにかく当時の自分と女性はすっかり縮こまってしまって、飲みという名の説教を二時間ほど受けた。
今思い返しても話の大半は具体性がなく、「○○をもっと○○したらいいよ」と言ったアドバイスとではなく
「俺はもう今くらいの時期には○○ができてたからね」というもののだった。
それでも面と向かって自分達がいかにできていないか。という事を語られて、すっかり私達は凹んでしまった。
そして7月も終わりになろうかと言う頃に、その女性は退職した。
新入社員同士が同じシフトに入ることなんてかなり珍しかったので、結局その飲み以来あまり話もしないままだった。
ここまでの話であれば、ありがちな話だと、甘ったれていると思われても仕方ないと思う。
自分も同じような立場になってあまりに使えない後輩が入ってきたら、そういう場を設けてしまうかもしれない。
今思い返しても本当に理解できないことがある。
あの飲みから更に数週間ほど経った頃、私が一人で休憩をしていた時に仕事を終えた先輩が休憩室に入ってきて話を始めた。
「どう?(私)さん、もう慣れた?」
当時の私にとって、先輩の一言一言がプレッシャーだった。
できればあまり話もしたくなかった。単に凹むのが嫌だったから。
…凹むだけ凹ませて、それをどうやって挽回すればいいかこの人は全く教えてくれなかったから。
「はぁ、なんとか」
「ダメだよー。俺なんかさー…」
そんな感じの当たり障りのない回答をしたと思う。
いくつかのやり取りをして、彼はようやく本題。とばかりに私に言ってきた
「バイトのAさんって知ってる?」
知ってるも何も、うちの職場の2人しか居ない女性アルバイトの中で一番若く、一番可愛く、
チヤホヤされる事を当然と思っているようなタイプの人。今も壁一枚隔てたホールに居る。
ちなみに私は初対面の時、「ねぇ?天然なの?」と質問されて凄く困った覚えがある。
今でもどう返すのが正解なのかはわからない。
「Aさん、(私)さんのこと嫌いなんだって」
…流石に言葉を詰まらせた。
「で、○○くん(男性バイト)はAさんの事が好きだから、Aさんの犬みたいなもんだよ」
「…はぁ」
「彼女を敵に回すと殆どの男を敵に回すから気をつけてね。じゃぁ俺帰るわ」
「…お疲れ様でした」
どうやらそれは事実だったらしく、皆の居る前で「(私)さん社員だからぁ??。私達とは違うじゃん」
とか私は意味のわからない嫌味をよく言われた。
(好き嫌いは事実ではなかったとしても先輩の一言で全て悪い方に解釈してしまっていたんだと思う)
遠くの地でひとりぼっちで、上手に心を開くことも上辺だけの付き合いをすることも知らなかった自分は
胃炎を起こして、お金がなくて正露丸を飲んでは吐いてを繰り返した。それでトイレも詰まったりした。
辞めて田舎に帰らなかったのは、「それだけは負けを認めることになる」と思っていたからだと思う。
程なくして、そのAさんは店内の人間関係を滅茶苦茶にした挙句、辞めた。
先ほど出てきた男性バイト・社員・役職者に気を持たせ、一時期かなり険悪なムードになった。
誰にでも気があるような仕草を見せ、それでも自分は加害者になりたくないと言うように見えた。
先輩が言ってくれたから、身構えることができて私は辞めずに済んだのか
言われたせいで被害者意識ばかり強くなってあそこまで追い詰められたのか
自分でもまだよくわからない。
最もわからないのは、先輩が何故私にあんなことを言ったのか。という事
人間関係をAさんよりももっと上手なやり方でぐちゃぐちゃにして、第三者として楽しみたかったのか
無防備に見えた私に世間の厳しさを不器用なりに教えようとしてくれたのか。
彼の考えること、言う事は、私のような常人には理解しがたいようで
結婚して3年経った今でも、彼の思っていることの8割を私は理解できていない。
とかだったらオチがつくんでしょうけど、彼は転勤してすぐに会社を辞め、今パチンコで生計を立てているとかいないとか。
天才だから探そうと思えばすぐ仕事なんて見つかるんでしょうね。羨ましい事です。
先輩・私・Aさん・その女性 とにかく人称がバラバラで、関係性が非常につかみにくい。工夫されたし。