2008-10-03

悪循環

格差の解消や派遣労働の問題等々、最近どのメディアでも本当に多く見かけるようになった。いわゆる就職氷河期世代で就職に失敗した人たちは相当厳しい所まで追い詰められてきているのは間違いの無いことで、格差の縮小と労働者保護に向けた対策を今すぐにでも行うべきだ。ただ、これに関係してどうしても一つ言いたいことがある。

「何故、悲惨な労働者の実態を“失っていく物語”として語る?」

以前、新聞でこんな派遣労働者の“失っていく物語”を読んだ。ほぼ私と同年代の人だ。

「Aさんは、小学校から高校までは田舎で育った。高校卒業後上京し就職したが職場でうまくいかず退職転職までのつなぎと考えて派遣会社に登録しいくつもの派遣先を渡り歩いているうちにいい年齢に。年収は200万強、彼女はいるが同様の環境で、このままでは結婚もできない。田舎の両親も心配だが、帰っても就職先がない。もちろん年金は……。」

この話、普通人生を送り普通の暮らしを手に入れている人なら同情してくれるだろう。

同じように何かを失っていく人生だと感じている人の共感を得られるかもしれない。

けれど「何も無い」状態からひたすら頑張ったような人だったら……。

小中高と、外見のマズさと吃音イジメられ続けた、クラスの最底辺から頑張るしかなかった僕の正直な心の声

「だから何?その程度で社会頼るなよ」

普通の(普通であればそこそこ楽しかろうよ)学生生活、周囲からの承認、周囲に怯えず生きていける時間、それを当たり前のこととして受け止め、自分の興味ある事に取り組み成長できることが人生にとってどれだけのプラスになるか。18歳時点で「生きる」ためのリソースの量は、Aさんと僕とでは圧倒的な差があったはずだろうよ。それなのに……と思わざるを得ない。

人間努力して這い上がる型の人生を送ると「最初から持っていなかった人」「得られなかった」人には普通に同情できるけど「失っていく」人に同情するのには条件が付いてしまうのではないかと考える。予測可能な困難に対して効果的な努力はしたのか、リスクヘッジはしたのか、とどうしても問うてしまうようになる。2ch格差問題ワーキングプアフリーター等に関するスレが立つたび当事者を煽るレスが多く付くけど、本質的には変わらないだろう。そして、こういう人は一定の割合で社会存在して、努力したなりの地位にいることが多い。少なくとも自分と自分近辺を見る限りにおいては。

だから、この種の問題を語るときは、基本的に現在労働条件や将来における経済的な影響、対策として何が有効か、などできるだけ条件を限定して語るべきだ。“物語”を語れば語るほどに“自己責任”を突っ込まれる悪循環はいい加減に断ち切った方がいいんじゃないか?

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