2010-05-27

ネットがただのチャンネルになるとき

インターネット草創期は、これといった情報も少なく、個人の力でモノを生み出して開拓していく必要があった。

ブログがでればアルファブロガーが生まれ、便利なPC環境構築のためにフリーソフトをつくる人がいて、動画制作して投稿する人がいた。

確かにウェブは、メディアのあり方を根底から変えた。

しかし、多くの人間はそれが自分でやることへの限界があると気づく。

とりあえずブログをはじめてみても長続きせず、長続きしてもPVが少ない。今はフリーソフトは多くが市場に出回り、興味からプログラミングを始めるのではなく、大学での勉強の一環として「なかば仕方なく」プログラミングをする人もいて、動画制作エンコード時間がかかるだけでなく、ブログのように多く見られる人も限られ、第一見ていて楽しい

そうして多くの人はアルファブロガーの記事を読んで、プログラミングは他人にお任せし、動画テレビの代わりに見ていて楽しい面白かったことははてブ管理したりつぶやいたりすることで、多くの人が面白いものを擁立し、格差が固定されがちになる。個人が担当する程度は、限りなく低いものとなるが、それだけでなく受動的になっていく。

端から労力に見合わないとわかった人がいちいちそれだけの投資をするわけがなく、ネットというものがただのチャンネルとして利用されていく。

ページ、記事、動画チャンネル回しで適当に動かし、そこの新しいトレンド情報を手に入れることに終始する。毎日更新を確認しているのに、全く更新されないとコメントで文句を言ったりして「お客様」気分を装うようになる。

そういう数が増えていくに連れて今まで提供する側にたっていた人々もやる気を削がれて辞退して行き、残るのは今のテレビ局のそれぞれの番組を、個人で作っている程度のものしか残らなくなる。

では、その状態に陥る前に新しいメディア誕生するだろうか。クチコミや陰口まで可視化させ、接触可能性も増やすほどの力を持つネットを超える文化誕生するのか。

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