新タマネギは生のままに限るのだと父は言う。あの甘み、あの歯ごたえ、鼻の奥にぬけていくさわやかな風味。パーフェクトな食べ方なのだと、父は鼻の穴を大きくさせる。
だから、今日も夕食には新タマネギのサラダが出た。透明なガラスの容器いっぱいに盛り付けられたタマネギ。薄く丁寧にスライスされたお陰で、反対側が透けて見える。
そんなタマネギを、父はマヨネーズをたっぷりかけて味わう。そんなにかけたらタマネギの味が消えてしまうんじゃないだろうかと心配になるほどチューブを絞ってから、おもむろに箸を伸ばす。
大口にばくりと放り込んでしばらく咀嚼。やがてにんまりと頬を緩めると、やっぱりこれだなあ、としみじみとつぶやくのである。
「大人の味だよ」
わたしには、父の味覚がよくわからない。大人の味ってなに? どうして生のタマネギが美味しいなどと思えるのだろう。まったくもって理解ができない。
だって、ふつうタマネギは辛いものなんだもの。包丁で切るだけで涙が出てくる刺激物なんだもの。水にさらしていたからといって、そう簡単においそれと食べられるものなどとは到底思えなかった。
第一、よく炒めて飴色にしたほうが旨味がでるじゃない。カレーなんか正しくそうだし、野菜炒めにしてもぐんと甘くなって、わたしはそっちの方が大好きだった。
「どうだ、えり。お前も少し食べてみないか」
「いい。いらない」
知っている味で満足しているんだもの。わざわざ冒険してみることは、いささか魅力にかけることだった。
「そうはいってもお前、新タマネギは生で食べるのが一番美味いんだぞ。この味を知らないってのは、ちょっともったいない気がするけどな」
「それは父さんの考えでしょう。わたしは食べたくないの。それでいいじゃない」
「でもなあ。もしかしたら好きになるかもしれないじゃないか」
「試さなければ、もしかしたらもあり得ない」
「でも、試してみたらあり得るかも知れないぞ」
思わず顔をあげて父を睨んでしまった。いつにもましてしつこい。娘の機嫌を損ねているにもかかわらず、どこか飄々とした態度がいっそう癪に障った。
「ほら。食べてみなさい。絶対に美味いから。保障する」
「じゃあ、もし美味しくなかったら」
「そうだな。何でもいいから一つ言うことを聞いてやろう」
「言ったね」
「ああ。言ったとも。だから、食べてみな」
そうして、ずいと新タマネギの容器がわたしの前に押し出された。薄くて、たぶん辛い、半透明のやさい。小皿に取り分けて、一呼吸入れて、ぱくりと勢いよく口に含んでみた。
一噛み。二噛み。三噛み。
父と視線が交わった。結果を期待しているような、確信しているような、不適なにやにや顔でわたしの動向を探っている。
顎は終始問題なく動き続けていた。早まることも、遅くなることもなく、一定のリズムでしゃくしゃくとタマネギを噛み砕いて、ついには飲み込んでしまった。
「美味かったろう」
ここで、どうだった、と質問しないところが父の腹立たしいところなのである。
「不味くはなかった」
ちなみに、新たまねぎのつもりで普通のたまねぎを生で食うと下剤いらずだぜ。