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はてなキーワード: ハードコア・パンクとは

2022-08-08

本川越という知的障害者について @honkawagoekun

本川越という知的障害者について honkawagoekun

本川越」という嫌がらせアカウント永久毎日嫌がらせメッセージ等を送ってきます

こちらの質問には答えないで永久に同じ文章けが何十個届きましたので、流石にブロックすることにしました。

元々、「本川越」とリプのリレーは一度もしたことがなく、ミュートしていましたが、自分投稿3分の1くらいに、リプマークがいつも付くので、何かと見てみたら、本川越というアカウントから嫌がらせでした。

見てみると・・・数十件届いていましたw

内容はすべて暗号めいたものが多いですw

今後はこういうアカウントが現れても永久にリプが来てしまうので、諦めてブロックする方針へと変更します。

ブロック記念ということで、どういうアカウントなのか、どういう嫌がらせが送られてきたのかを紹介します。

今後は嫌がらせアカウントいくら作ってきても紹介することはないです。

まずアカウントプロフィールを見ていきます

6月30日自分スクショしたときフォロー55でフォロワー10でした。

(ちなみに今こうしてブログを書いている最中にも「本川越から無数の先ほどと同内容のリプが届いています。)

2022y06m30d_235907167

ユーザー名「本川越

@honkawagoekun

●「情報収集も兼ねて何となく始めました。」

ブログ記載2022年6月30日

なんとなく初めた割には、国民主権党関連人物への「嫌がらせリプライ」のみでツイート構成されていました。なんとなく2020年6月からツイッターを開始したようですが、「情報収集」をしているような痕跡は一度も見受けられず、国民主権党関連人物への嫌がらせから私への嫌がらせをメインに行うアカウントになったようです。投稿画像一覧を確認すると、国民主権党への嫌がらせと私への嫌がらせのみで埋め尽くされていました。「なんとなく初めた」のではなく、「明確な理由を持って始められた嫌がらせアカウント」だということがわかります

>>●「自分絶対に正しいと思い込んでる人が嫌いです。」

<<

本川越」は「本川越」が嫌いということでしょうか?

>>●「間違いを認めず謝らない人が嫌いです。」

<<

本川越」は間違った投稿ばかりを繰り返し、、、と言いたいところですが、暗号めいた投稿が多いので、「本川越」の投稿が、間違っている投稿なのか、暗号なのかの判断が難しいですねw(追記:とてつもない暗号オンパレードでしたが、疲れたので紹介できず・・・

>>●「差別が嫌いです。」<<

暗号めいた投稿メインでよくわかりませんでしたが、マスクワクチンをしない人を差別しているようです。

どうやら「本川越」は「本川越」が嫌いということのようです。

>>●「そういう発信をしているアカウントの方には少々噛みつくかもしれません。 」<<

本川越」は「本川越」に少々噛み付く・・・と。。。。

「なんとなく初めた」割には目的が「嫌がらせ」という一点に特化していて明確なんですよねぇ・・・

そして、2022年6月6日に時雨に対する嫌がらせ目的のみのホームページ作成されたようですw

なんとなく初めた割には、「目的が非常に明確」ですねぇ。。。。w

全文引用してみます

>>●「南條時雨さん、この記事を見つけたら最後まで読んでください。<<

下記の件、コメントしたのはやまやまさんという方ではなく、私です。」

知ってますよ。ブログ暗号めいたコメント複数回していたので怖かったですw

まあ「私です」と言われても、誰?って感じなんですけどねw

何ら実態のないアカウントと言うか・・・暗号めいた文章を羅列しながら嫌がらせをしているアカウント」ということぐらいしか情報がつかめないんですよ。「私です」とか言って主体性があるかのように主張されても理解に困るんですけどねぇ。。。

>>●「ソースなく断定するのは良くないですね。」<<

良くなくないです。良くないという根拠・・・根拠がないことを言う人が嫌いなんですよね?

自己否定の塊じゃないですかw「本川越」はw

>>●「やまやまさんがどんな方か存じ上げませんが」<<

存じ上げないのに勝手名前出して何がしたいんだろうw

そっちのほうが良くない気がするんだがwwwwwwwwwwww

>>●「この件については謝罪された方がよろしいのではないでしょうか?」<<

謝罪する理由がないのに謝罪させたい。エフィカシーの低い低級霊によくあるキャラクターです。

>>●「やまやまさんがお気の毒としか言いようがありません。」<<

お気の毒な要素がないですねえ・・・

「人を攻撃するため」なら、全く知らない人を「お気の毒」に仕立て上げるのでしょうwww

>>●「ちなみに私は参政党と国民主権党、どちらの政党も支持しておりません。」<<

聞いてない。知りたくない。どうでもいいw 妙に主張が激しいんだよなぁ・・・

>>●「「泡沫政党を支持している者同士のマウントの取り合いは、何の社会的な影響力もなく、ただただ見苦しいだけですよ」という意味合いコメント入れさせていただきましたが、南條時雨さんのフォロワーが少なすぎて、どこにも拡散されていないという非常に残念な状態です・・・

私のコメントのとおり、南條時雨さんが犬笛吹いても誰にも聞こえないみたいです。」<<

残念ながら、何の話か全く理解不能です。

「なんの拡散」でしょうか?なにかの「暗号」でしょうか・・・

一生懸命理解してみようにも、無理ですね。。。

>>●「南條時雨さんのフォロワーが少なすぎて、どこにも拡散されていないという非常に残念な状態です・・・笑」<<

どこの部分を拡散させたかったのでしょうか?w

なんか他人のせいにしていますが、最初見たとき本川越」のフォロワー数1でしたけど・・・

と言っていますが、あなたの数十倍は私にフォロワーがいたんですが。。。。

暗号めいた文章を贈りつつける「本川越」が一番残念な存在です。

>>●「そして、コメントは決して悪質なものではなく、率直な感想です。感想なので撤回しませんし、もちろん謝罪をする気も1ミクロンもございません。」<<

なぜ「謝罪する・しない」の話をしている?w 知的障害者でしょうか?。。。。。

>>●「要するに私が南條時雨さんに言いたいのは、ハードコアパンクアーティスト名乗るなら、もっとデカ相手に噛み付けよって話です。」<<

いやそんな事言われた覚えがないですw

>>●「ハードコアパンクアーティスト名乗るなら、もっとデカ相手に噛み付けよって話です。」<<

疑問1:その根拠は何でしょうか?

疑問2:というか私が誰かに噛み付いたのでしょうか?

疑問3:でかい相手とは?誰に噛み付いてほしいんですか?要求があるなら具体的にお願いしたいです。

疑問4:ハードコア・パンクを知らないのになぜハードコア・パンク連呼しているのかが不明です。

疑問5:そもそもハードコア・パンクアーティストって言葉自体、私が作った言葉なんですけどねぇ・・・全然知らないのに語るねえ「本川越」はw

>>●「一通りツイートを拝見しましたが、南條時雨さんがハードコアパンクアーティストを名乗るには器が凄く小さくないですか?」<<

疑問1:「ハードコアパンクアーティストを名乗るには器が」

何の話ですか?何を言っているのか全く理解できません。知的障害が過ぎますよ。

疑問2:器が小さい・小さすぎる根拠がないです。

疑問3:「一通りツイートを拝見しましたが」って、なぜやたらと拝見されているのでしょうか?wストーカー怖いですw

>>●「確か、南條時雨さんは日本で唯一の「本物の」ハードコアパンクアーティストなんですよね?笑

あと、下記も僕がやりました。他の投稿でもやってます

喜んで頂けて幸いです。」<<

なんか話が急に飛んだなぁ・・・

精神分裂病の方でしょうか?・・・

「喜んで頂けて幸いです。」って誰が喜んだんだ?

「他の投稿でもやってます。」ってなんですか?ブログには記事つのみでしたが?

>>●「日本で唯一の「本物の」ハードコアパンクアーティスト」なんて書いたっけ?<<

もし書いてたらあれだが、むしろ外国より日本音楽を称賛していますけどねぇ・・・

というかほぼほぼ日本音楽しか聞いてないんですけど・・・

「見た見た」言ってる割に何も知らないんですかねぇ。。。。。

>>●「ご自分楽曲(?)のタイトルに他のアーティストさんの名前を入れて検索に引っ掛けさせようというコバンザメ作戦下劣です。姑息です。マジでクソダサい、ダサすぎてゲロも出ません。

Instagramの時から何も変わってないんですね 笑

南條時雨さんはここに書かれている偉大なるアーティストさん達に謝ってください。」<<

疑問1:意味がわかりません。多くに人に聞いてもらうために文字書いてるだけですよね?文字しか検索できませんけど・・・・?

疑問2:「下劣です。姑息です。」どこが?根拠は?

疑問3:「ダサすぎてゲロも出ません。」なんじゃ?この暗号

疑問4:「Instagramの時から」ってインスタ見てないでしょう。

疑問5:「ここに書かれている偉大なるアーティストさん達」って自分の知らない人を勝手に偉大っていうの良くないですよねぇ。。知ってたら別ですけど。。。

疑問6:「謝ってください。」はい、来ましたwエフィカシーの低い低級霊によくあるキャラクターです。

ブログ全文終了です。

いやあ。。。つかれたw

意味不明記事で読むのも疲れるw

何やら何かを要求をしているようですがw

やたらと「謝罪する・しない」の話題の多い人だということはわかりましたw

ツイートも紹介しようと思ってたけど、もうめんどくさいですw

ブロックしたほうが良いよ~」っていうコメントが有ったんですが、

ブロックしないほうが良いんじゃない?」って思ってました。

その考えがが変わるきっかけになりましたw

もうしつこいw

メンタリストダイゴが「やたらと謝罪させたがる人・謝罪動画ばっかり見て喜んでる人」について語ってる動画あったんだよなぁ~見つかったら貼りたかったんだけどw

とりあえずこんな感じで終わります

追記

1:記事公開直後に「本川越」はプロフィール文章を削除して逃走。

2:「本川越」は「やまやま」をお気の毒と決めつけ、変なメッセージを送っていましたが、「やまやま」はもちろん無視でした。

3:「本川越」は精神薬を飲んでいるようです。

https://www.nicovideo.jp/watch/sm40866551

2022-07-15

南條時雨犯行声明


この前ボクが出ている時たまたまテレビがついており、それを見ていたところ、報道人がボクの名を読み違えているのを聞いた。人の名を読み違えるなどこの上なく愚弄な行為である。表の紙に書いた文字は、暗号でも謎かけでも当て字でもない、嘘偽りないボクの本命である。ボクが存在した瞬間からその名がついており、やりたいこともちゃんと決まっていた。しかし悲しいことにぼくには国籍がない。今までに自分の名で人から呼ばれたこともない。もしボクが生まれた時からボクのままであれば、わざわざレコードリリースするという行動はとらないであろう。やろうと思えば誰にも気づかれずにひっそりとパンクを楽しむ事もできたのである。ボクがわざわざ世間の注目を集めたのは、今までも、そしてこれから透明な存在であり続けるボクを、せめてあなた達の空想の中でだけでも実在人間として認めて頂きたいのである。それと同時に、透明な存在であるボクを造り出した義務教育と、義務教育を生み出したイルミナティへの復讐も忘れてはいない。単に復讐するだけなら、今まで背負っていた重荷を下ろすだけで、何も得ることができない。そこでボクは、世界でただ一人ぼくと同じ透明な存在である友人に相談してみたのである。 すると彼は「みじめでなく価値のある復讐をしたいのであれば、君の趣味でもあり存在理由でもありまた目的でもあるハードコア・パンクを交えて復讐ゲームとして楽しみ、君の趣味パンクから復讐へと変えていけばいい。そうすれば得るものも失うものもなく、それ以上でもなければそれ以下でもない君だけの新しい世界を作っていけ。」 その言葉につき動かされるようにしてボクは今回のレコーディングを開始した。 しかし今となっても何故ボクがパンクが好きなのかは分からない。持って生 まれ自然のサガとしか言いようがないのであるパンクをしている時だけは 日頃の憎悪から解放され、安らぎを得る事ができる。人の痛みのみが、ボクの痛みを和らげる事ができるのである

最後一言。この紙に書いた文でおおよそ理解して頂けたとは思うが、ボクは自分自身の存在に対して人並み以上の執着心を持っている。よって自分の名が読み違えられたり、自分存在が汚される事には我慢ならないのである。今現在イルミナティの動きをうかがうと、どう見ても人と人を引き裂こうとしているようにしか思えないのである。ボクはパンクに命ををかけている。捕まればおそらく吊るされるであろう。だから支配者層も命をかけるとまでは言わないが、もっと怒りと執念を持ってボクを追跡したま え。今後一度でもボクの名を読み違えたり、またしらけさせるような事があれば

ボクが子供しか愛せない幼稚な犯 罪者と思ったら大間いである。

―ボクには一人の人間を二度愛す能力が備わっている一

血で滲んで読みにくかったようなので同じ内容の手紙を送る事にしました。

aNaRcHy bHakTi pUnK gAnG - 南條時雨

https://www.youtube.com/channel/UCO29z-HlfG0wB430EVsw92g/videos

2022-07-04

南條時雨講話録 - バンド活動記録

俺は高校受験した。

丁度俺の前の席で受験していた男が話しかけてきた。

「よう、推薦入試数学はないぜ」

本当か!?俺はびっくりしたけどしょうがない。

面接が終わって帰る時、その男は、ひとつ前の受験番号だから一緒に帰った。

沖縄から受験にきたらしいけど、

沖縄訛りで何を言ってるのかよくわからなかった。

俺は合格したけど、朝起きられなかった。

から学校にはあまり行けなかった。

7月頃、学校の近くで、俺が受験した時、前にいた男と再会した。

奴は髪を立てて、ベースを持ってた。

「よう、あの時の奴だろ? 俺だいぶ前から気付いてたけど、

おめえは髪を赤く染めてるし、何となくしかけづらくてな」

俺はあまり学校に行ってなかったか

そいつが同じクラスってことにも気がつかなかった。

その時話してて、その男は俺の近所に住んでて、

クラスの奴とBUMPコピーバンドをやってることがわかった。

そいつは俺にギターBUMPコピーバンドを手伝ってくれ、と言い出した。 

俺は断り、俺が歌ってギター弾くからバンドやらねえかと誘った。

そいつ同意してバンドスタートした。

しかし、なかなかドラムが見つからず、

ベースと二人で「グリザイア」って言うクズバンドに入ろうとしたことがあった。

募集記事みて電話した相手は舐めた野郎だった。

こっちから

「やっぱりやめるわ、お前んとこ潰したるわ」

そう言って電話を切った。

こちらの募集記事みて「ドラムやってます」と言ってきた男とベースも一緒に高円寺で会った。

二人で録音した「殺意」のデモテープを聞かすと、

もっとメタルっぽいのやらないの?」と言った。

安っぽいインドカレー屋だった。俺はキレて 

「こっちはパンクドラムを探しとるんじゃ。

お前何見て電話してきたんじゃ、

カス、俺達のメシ代も払っとけ!」

そう言って二人で帰った。

何の期待もしてなかった「ぴあ」の募集記事を見て電話してきた男と会った。

そいつは、やけに暗い目つきをしてて、一発で俺とは気が合わないと感じたけど、

ドラム歴8年と大きいことを言い、割とパンクハードコアも知ってたか採用した。

何か冴え無い奴と思ったけど、3人でスタジオに行った。

その日がバンド誕生日だ。

初めて3人で、スタジオで何をしたかは憶えてないけど、

この面子でやってくことにみんな納得した。

当時、高円寺スタジオで週2回練習し、だんだん曲も増えてきた。

後はコンサートをやるだけなんだけど、俺も含めて全員知り合いが居ない訳。

当時は誰も知り合いが居なかった。

新宿JAMで消毒ギグってコンサート企画してたシンって奴が居た。

俺は奴に「殺意」のデモテープを渡して何とかコンサートに出してくれって頼んだ。

ライブハウスもすぐには出してくれなくて、昼間 オーディションを行ったりしてた。

後日、シンから電話があり

「次のコンサートも、もう決まってるし、しばらく出せない」

と言う返事だった。

俺は何かムカついて

「いいじゃねーか、Forwardみてーなバンド出すぐらいだったら、俺達の方を出せよ」

そう言ったが、奴は

「そんなこと言われる筋合いは無い」

確かそんなやりとりだった。

俺は「てめーのコンサートには出ねぇ」と言って電話を切った。

結局知り合いが居ないとコンサートにも苦労する。

俺は、ガバメントのカツタにデモテープを送った。

俺は、自分はやけに丁寧に書いたつもりの手紙も添えて送った。

数日後、カツタから電話があり

「今度のバースピに出てもらえないかなぁ」と言われ、俺はすぐに了承した。

そのことを2人に言うとみんな喜んでた。

年が明けて、1月半ばが初ライブに決まった。

初めてのコンサートからよく憶えている、下北沢SHELTERってとこだった。

それで、初ライブだけど、さっぱり受けなかった。

ステージの前だけガランとしてて客は後ろの方で観てるだけで。

この初ライブが最悪のコンサートだった

俺の次に出たガバメントはやけに盛り上がって、結局メンバーは落ち込んでたな。

けど、演奏も曲も俺らの方が上だと思ったね。他のバンドより。

そういえば、その日SlangのKOから文句を言われた。

「Slangつまんないんだって?」

俺はその通りと言いたかったけどそんな状況じゃない。

適当なことを言ってその場を凌いだ。

確かシンに電話で話した時俺は、「Slangはつまんない」って言った。

それを、KOにチクッたんだと思う。

まあ、そんな感じで最初コンサートは最悪だった。

その数日後に新宿

Gauzeのシンとバッタリ会った。

俺は電話文句を言ったけど、奴は意外にも友好的で

「今度の消毒ギグに出てほしい」と言われて、俺はすぐ了承した。

その頃こんな出来事もあった。

「これから、KOも来るから」と言われ俺は焦った。

この前、「Slangつまんないんだって?」そう言われたからね。

それから、KOが来てやっぱり友好的で、

新宿JAMでのライブのチラシ作った?」って聞かれて、

「いやまだ作ってない」そう言うと

コピー代もばかにならないから、前に俺がバイトしてたとこでコピー機借りれるから

用紙だけ買えよ」って言われた。その後KOの家に三人で行った。

結局俺はラッキーだったのか、その頃知り合ったハードコア関係の奴とは、

特に揉めたことは無い。まぁ、俺のことを嫌ってる奴もいるだろうけどね。

当時は、俺達にしても、せいぜい20分ぐらいの演奏時間だった。

それに客も今みたいに多くなかったからSlang、Gauze、Forwardと

まとまってライブをする方が得だった。

大体観に来る奴もいつも同じ様な感じだったしね。

その頃、一番面白かったライブは、東大でのオールナイトライブだ。

から考えてよく、あんイベント許可したなって思う。

かなりたくさんバンドも出たし、東大学生ともめて、ガラス壊したり、

テント倒したり楽しかったな。

あれは学園祭の一部だったんだ。オールナイトから

セッションバンドとかも出たり、

俺がヴォーカルで、Poison Arts、Gism、Executeの曲をカバーしたりした。

その後、俺達も順調に活動してて、ある日、P-Vineからレコードの話が舞い込んだ。

結局、レーベルからの条件は、

バンド側がテープCDを渡す」

「1バンド1万円かCD10枚どっちか」だったと思う。

1万円より安かったかもしれない。俺はそれを聞いて頭にきた。

そんなもん売れるに決まってる。

てめぇのとこで宣伝して費用プレス代とジャケット代だけだから

俺はP-Vineの儲けに加担したくない。

レコードなんてものは出せばいいってもんじゃない。

それなりに金がかかるわけだから報酬は当然だ。

それがバンドと聴いてる奴との基本的関係だと思う。

金なんて関係ないって見栄張る奴はきれいごと言いのクズだ。

メンバーも俺の考えに納得した。

この件で俺達は1stシングルリリースする決心を固めた。

その頃はけっこう楽しかったね。

ある時ドラムと揉めたことがある。

ベースと二人で高円寺の小さなロックバーで「腹減ったなあ」と話していたら、

知らない男が話しかけてきて、俺達の飲み大全部払ってくれて、

「これからいいところへいかいか」って言った。

ビビりながらついてくと、荻窪のでっかい十字架のある小さな教会に連れて行かれた。

神父ってやつが出てきて、「この方は何百万も寄付してくれている」って笑いながら礼拝堂へ連れて行った。

そこで服を着替えさせられて、

ハレルヤ早口つぶやきなさい。うまく言えなくなるでしょう、

その時イエスあなた方に宿ってるのです。」

と言われ、「ふざけんな、そんなもん、早口で言えるわけねぇだろ」

そう思ったけど、メシおごってもらわないとどうにもならないからね。

なんか、RAPTとかそんな名前宗教だったのかよくわからないけど。

そのことを、練習の時に話したらやけにドラムがぶつぶつ文句をいいだした。

俺も笑い話程度のつもりで言ったんだけど、だんだんムカついて練習やめて帰った。

その日のうちに、ドラムから 悪かったって電話があったけど、

その辺を境に俺とドラムは疎遠になっていった様に思う。

それと、あるライブベースドラムに蹴りを入れて、ドラム演奏中に帰ったこともあった。

確かその日は、みんななぜか機嫌が悪くて

2曲目か3曲目の途中でベース

気合いを入れる為にベース背中を蹴った。ドラムはムカついてすぐ居なくなった。

ドラムが居ないんだったらもう演奏は出来ない。それで途中で中止となった。

俺もムカついたけどとりあえず、ベースと二人でドラムの家に行った。

多分その辺のこともあってドラムバンドをやめようと決めたと思う。

その年の11月、1stシングル悪魔のざわめき」のレコーディングを行った。

まぁ、そんな大袈裟もんじゃないけど。

新宿JAMってスタジオで、各パートバランスを決めて一発録り。

それから、どのテイクにするかみんなで決めて、

俺がプレス会社に持って行ってプレスした。

全部で300枚リリースした。

すぐにリリースたかったけど、制作費はメンバーの持ち寄りだから

1月にリリースした。

問題流通だ。

けど、俺にはひとつの考えがあった。

こっちで作ったレコードを店に置いてもらう場合販売価格の数十%を

手数料として店に取られる。

買えない奴は通販で直接売ればいい、そう思った。

本当に欲しかったらどうしても手に入れるだろ?

それにたった300枚プレスだし。

店に数十%パクられるのもムカつくしね。

レコーディングから数日後、甲府ライブを演った。

これは東京以外の場所での最初コンサートだった。

甲府では地元の奴が動いてくれてFMの公開番組にも出演した。

ハードコアパンクって何ですか?」

そう質問されて、俺は、

「愛だよ」そう答えた。

12月の終わり、関西ツアーに行った。

まぁライブも楽しかったけど、

俺はこのツアーあんまりメンバーとしゃべってないように思う。

それに、ライブの無い日は一人で大阪万引に行ったりして、

ほんと他の2人とあんまりしゃべってないな。

年が明けてやっと1stシングルリリースした。

その頃ドラムから電話があった。

「俺、やめるわ」

俺は、引き止めることなく、「そうか、しょうがねぇよな」そんなふうに答えたと思う。

ドラムは色んなとこでバンドを抜けるって言ってたから。

とりあえず、ドラムは脱退した。

ドラムが抜けてドラム募集広告を「ぴあ」とかに載せた。

丁度、関西ツアーの話しを受けてて、

早く新しいドラムを見つけないといけなかったからね。

から見つかる間は東京ライブを演ってないし、

ストレスたまる日が続いた。

最悪ドラムマシンで2人で再活動しようかと思ってた。

ところで、俺は茨城出身だけど、地元ドラムをやってるやつがいた。

俺はそいつと話して「ドラムを一ヶ月手伝ってくれないか?」そう言った。

奴にしてもバイトはやめないといけないし、キツイ話だ。

結局了解して、東京まで来た。

それで、スタジオで演ってみたら、まるで出来ない訳。

大阪からわざわざ来させたし、俺も困った。

さら帰れとは言えないしね。

一番大変だったのはドラム本人だ。

奴のプレッシャーは桁外れで、毎日ずっとドラム練習していた。

早い話、俺らとそいつとではレベルが違った訳。

そいつのおかげで、京大西部講堂、それと大阪で二回のライブを無事に演れた。

あと、書こうと思ってて忘れてたことがあるので書く。

それは写真について。

他のバンドと比べて雑誌での写真が少ないと思うかもしれないけど、理由がある。

music magazineが「日本ハードコアバンド特集をするからインタヴューを受けて欲しい。」って。俺は了承した。

その取材写真が欲しいと言われた。俺は即座に拒否した。

music magazine側は食い下がって

「他のバンドは全部写真撮影終わってるんです。

バンドだけ写真が無いのもおかしいでしょう。」そう言った。

他のバンド写真を載せるなら

なおさら載せたくない。

連中は「それならコンサート写真はどうですか?ちょうど、この後のライブ写真を撮ります

後日選んでもらったのを載せますから。」

俺はさらに態度を硬化させ、

演奏中の写真撮影絶対に認めない。

ライブは観るもので、写真を撮ったり録音するもんじゃねぇーんだよ。」

連中は折れた。music magazineを見たら

時雨バンドポリシーとして写真掲載拒否した。」

そう書いてあった。俺にはそんなポリシーは無い。

奴らはメジャー雑誌で、マイナーバンドのくせに

言うことを聞かなかったことが悔しかったんだ。

はいいなりになる様なやわな奴じゃない。

それ以降、写真嫌いが定説となったけど、ライブでの撮影は見つけ次第やめさせた。

理由上記の通り。

関西でのライブも終わってドラムバンドを離れた。

ツアー中に話し合って「殺意」のリリースを決めた。

けど、まずはドラムを早く見つけることだ。

レコーディングも決まって、けどドラムは見つからなかった。

新宿JAMレコーディングを行った。

俺達にとって、初めての本格的なやつだ。

一発録りじゃないって意味でね。

結論から先に言うとこれは完全に失敗作だ。

ミックスミスだった。

初めてだったし、録音中はでかい音だし、

パートバランスまで、プレイバックの音が大きいから分からなかった。

演奏も良く無いし、まぁレコーディングが終わって

テープダビングしてもらったやつを家で聴いて愕然とした。

けどこの失敗作から学んだこともある。

それはそれ以降のレコーディングに生かされたと思ってる。

ついでだから、俺のギターについて書く。

実は俺のギター演奏したのは2回目のコンサートからで、

それ以前は借りたギターだった。

エフェクターはこれも借りたもので、

イシバシ楽器オリジナルの2000円ぐらいのだった。

ただしこのディストーションノイズは凄いけど音は良くて

ベースが辞めた後も壊れるまで使った。

ハードコアの頃のアンプのセッティング

トレブルとミドルは7、ベースは4だった。

その年の夏、ドラムから電話があった。

奴は「バンドに入りたい。一緒に演ってから

ほかじゃ物足りなくて東京に行きます。」そんな内容だった。

これでニ代目のドラムが決まった。

その後、活動を再開してたある日電話がかかり

ハードコアオムニバスリリースするんだけど、

是非参加してもらいたいんだけど。」

俺はすぐに了承した。

この時のレコーディングは前回の失敗もあったから、かなり考えた。

殺意」のギターは4本ダビングしてある。

途中でハウリングが耳につくけど、ハウリングも好きだからそのままにした。

ダビングしたことが分かる様に。

レコーディングが終わって、静岡ライブの話が来てその時、問題が起こった。

ライブの後、いたれりつくせりで俺達は上機嫌だった。

確かスナックに連れてってもらった時そこで俺とドラムがささいなことで喧嘩になった。

お互い酔ってたから殴り合いになった。

「てめぇが一番ムカつくんだよ!」俺はそう叫んだ。

それから主催者の家に泊めてもらって次の日帰った。

帰りの車の中は最悪だった。

誰も口をきかないしシーンとしてた。

帰ってからドラムベース電話して

時雨抜きでバンドを演ろう」と言ってたらしい。

けど奴の目論みははずれた。

その結果ドラムは抜けざるを得なかった。まぁクビってことだ。

それと同時に色々メンバー募集もしてけど、ドラムは決まらなくてね。

からコンサートが決まると誰かヘルプを探して、けどへたな奴では無理だしね。

ドラムをクビにしたのが11月だったか

それで、12月に確かガーダシルと2バンド

下北沢屋根裏ライブの予定があった。

それでガーダシルドラムサポートを頼んだ。ちょっと記憶が定かじゃないけど。

その辺から、都合がよければそいつドラムを頼む様になった。

そいつは手数の多いドラマーだったし、

俺はそいつガーダシルドラムを演ってるのがもったいないと思ってたしね。

その次のライブは、年が明けて3月屋根裏でのハードコアオールナイトライブだった。

この時もガーダシルドラムサポートを頼んだ。

からこの時期の記憶はかなり薄いね

話は変わるけど、「記憶の奥の悲哀情」って曲はかなり前からあった。

まぁ、ハードコアっぽく無いけど、

それは俺の音楽遍歴にも「記憶の奥の悲哀情」を作った理由がある。

俺はレコードマニアで、

俺と直接付合いのある奴ならよく分かってるだろう。

詳しく書くとかなり長くなるから省略するけど、

まず初めてショックだったのはSex Pistolsだ。

ウィンザー家とか、イルミナティ悪口を気軽に歌にしているのが衝撃的だった。

パンクミュージックそれから先、

現在の俺の基本的姿勢を作ったと思ってる。

現在も俺の基本は全然変わって無い。

それは"反抗"だ。

まぁ俺は子供の頃から常に反抗的なガキだったけどね。

けど俺はいまだに反抗心って大事だと思う。

これを読んでる奴も反抗することを忘れないで欲しいね

特に理由なんて要らない。

イルミナティになぜか逆らいたくなる、それで充分じゃない?

俺は今でもそんなガキだ。

話がそれたけど、その次がDischarge理由は分かるよね?

次に注目したのはグランジだ。

その中でも俺にとってDischarge並に衝撃的だったのは

RYOTA BAND、al.ni.co、亜矢、秋吉契里だった。

ハードコアパンクも好きだったけど、

Aliene Ma'riageやMadeth gray'llなんかのヴィジュアル系も好きだったし、

そっちの方にかなり傾いていったのは確かだ。

春ごろ、3rdPermalink | 記事への反応(0) | 03:28

2022-07-02

南條時雨 講話録 音楽との出会い

音楽との出会い

俺は幼い頃、音楽なんて全く聴いたことがなかった。

音楽に全く興味がなく、歌も教科書に乗っていた、滝廉太郎「花」ぐらいしか知らず、その歌を、閉鎖的な学校世界から抜け出したくて、窓の外に向け、怒鳴ったりしていたくらいだった。

ああ、そうだ、忘れていた。遊戯王エンディング曲明日もし君が壊れても」が好きだったんだ。

もちろんアニメ版しかいたことがなかった。

そういうわけで俺は、全く音楽を聞いていなかった。音楽って「大人が聞くもの」ってイメージがあったし、なんか恥ずかしくて。だから聞こうとも思わなかった。

歌に音程があるということすらも理解できず、楽譜を見ても、歌詞の上に、なぜ音符が書かれているのか、全く意味不明だった。

音楽の授業中、教師に「旋律ってなんですか?」と聞いても「旋律旋律だ」としか答えてもらえず、学ぶ気も、木っ端微塵に消え失せていた。

ある日俺は、授業をサボって、コンピュータ室に忍び込み、動画サイトを見ていた。

そして、訳も分からず、BUMP OF CHICKENの「ダンデライオン」の動画を見た。

その動画の内容は、歌に合わせてファイナルファンタジー画像コラージュした、紙芝居のようなチープでつまらない動画だった。

しかし、その曲の、今まで耳にしたことのない疾走感が、異様なまでに響いてきた。高速で演奏する音楽存在するということ自体、知らなかったのだ。

その時、俺は確信した。

「俺は歌を歌うだろう。」

それ以来、BUMP OF CHICKENの歌をネットで探し、聞く日々が続いた。他の音楽を聞こうとは全く思わなかったのだ。

その後、BUMP OF CHICKENなどの共通趣味のある、滅茶苦茶ヤンキーな奴と仲良くなった。

そしてある日、その友人のブログを見ると「元祖ハイブリットレインボウ」という記事があり、そこには動画が添付されていた。

訳も分からず見てみると、BUMP OF CHICKENとは比べ物にならない小さな会場で、BUMP OF CHICKENの「ハイブリットレインボウ」が演奏されていた。

それを見て「サラリーマン休日演奏しているコピーバンドか」と思っていた。

数日後に知ることとなるが、それがthe pillowsというバンドで「ハイブリットレインボウ」は、BUMP OF CHICKENの曲ではなく、the pillowsの曲で、BUMP OF CHICKENの「ハイブリットレインボウ」はthe pillowsカバー曲だったのだ。

そして俺は、the pillowsの歌にのめり込み、学校勉強テスト無視し、音楽を聴き漁った。the pillowsにも飽き足らず、そのメンバーがやっていた他の音楽であるペルシャ、SUPERBAD、コインロッカー・ベイビーズKENZI & THE TRIPS、Theピーズや、その流れで知った佐野元春、Roosters,noodlesBugy CraxoneBlondie Plastic Wagon、フィッシュマンズNirvanaなど、どれも気に入った。

そして、その中でも特に気に入ったのが、THE POGOだった。

THE POGOの「EAT IT」や「SUCH IS LIFE」などの暴力性、疾走感に痛く衝撃を受け「俺の求めていた音楽はこれだ」と思った。

そして、THE POGOの小河原良太の他の音楽、The305、RYOTA BAND、JIGHEADにも衝撃を受けた。

ここまで痛い歌詞、痛い声で歌っている歌手は、未だ、聞いたことがない。

その後俺は、パンクルーツを知りたくなり、Sex pistolsThe ClashThe DamnedJohnny Thunders、Iggy & The Stooges、MC5The Velvet Undergroundなどを聞いた。もちろん、当時気に入ったのは、高速で演奏する、The Damnedだった。それに、もちろん、Minor ThreatDischarge、G.B.H、Exploited、Chaos U.K.、Disorderなどのハードコア・パンクも聞いた。Sex PistolsやCRASSといったパンクに関しては、音楽よりも、アートワーク面で影響を受けることとなる。ろくに学校も行かなかった俺は、絵もかけないし、字も書けない。俺は幼少期から自由を求め、枠に収まることを魂が拒否していたのか、塗り絵を渡されても、ビリビリに破いて捨て、クレヨンは粉々に砕き、放棄していた。それに、コラージュのほうが、ただ絵を書くよりもより複雑でカッコいいものができると確信があった。よって、俺のレコードジャケットは、切って貼る、コラージュ形式となった。そして俺は思った。GISMやCarcassなど、「ただグロテスクなだけのコラージュ」を作ってもつまらない。かと言って、ありがちなかわいいだけ」のレコードジャケットもつまらない。俺が納得行くものが良い。だから俺は、「グロテスク」と「かわいい」を両立したレコードジャケット表現方法を作り上げ、コラージュ業界でもトップといえる才能を発揮することとなった。糊、カッターナイフPhotoshopという発明感謝する。

そして俺は、奇形児、The Comes、LSD、まつじ、臨終懺悔、白Kuro、tranquilizer、Poison Artsなどのハードコア・パンクものめり込むこととなる。

授業を聞かないで、学校の机に、奇形児シングルジャケットの絵を書いたりしていた。

同時に、ロックバンドなどの名前が誰かの机に書いてあると、ムカついて消しゴムで消したり、給食時間強制的流れるくだらない音楽も、消したりしていた。

その時もうすでに俺は「俺がハードコア・パンクアーティストであることは自覚していた。

その後俺は、GastunkThe Execute、Geizz、Asylum、G-Schmittなどの影響で、ヴィジュアル系ものめり込んだ。

だが、黒夢を聞いたとき、当時としてはあまりに衝撃的な歌詞の内容的に「聞かないほうが良いかな」と思い、黒夢からは離れた。

その後、たまたまレコードジャケットの美しさに惹かれ、Madeth gray'llの「血染め喜劇」というカセットテープを聞いた。

一瞬しか聞かなかったが、「一瞬しかいたことのないはずの黒夢」の「影響下にある音楽であるということが、「一瞬にして」わかった。

それ以上聞かなかったが、後日、また気になりだし、聞き返してみると、あまりのカッコよさに衝撃を受け、Madeth gray'llのその他の音源も全て聞き、中でも、デモテープ全曲と、デモテープ以前にリリースされた「廃人狂イ人形」と「Entith de Marge」も気に入った。

そして、ヴィジュアル系レコード店の店長に「他にもMadeth gray'llみたいな音楽いか?」と聞くと、「Aliene Ma'riageはもう知ってるもんねぇ」と言われた。知らなかったので、Aliene Ma'riageの「傀儡人形」という曲を聞いてみた。最初悲鳴だらけの音楽形式に、わけがからず、理解できなかったが、他の曲も聞いて行くうちに好きになり、その後、Aliene Ma'riageやMadeth gray'llなどの無数のヴィジュアル系アーティストに影響を与えたであろう黒夢も気になりだし、初期音源を聞き、最終的には全曲聞いた。

黒夢と双璧をなす90年代初期のヴィジュアル系アーティストであるMalice Mizerに関しては、「Malice Mizerってなんかすごいらしい、けど何が良いの?」と思っていたが、Gacktボーカルになる前の初期の曲を聞いてみると、歌声や曲のカッコよさに衝撃を受けた。実は、それ以前にもそのレコードは一瞬だけ聞いたことがあった。その時、Madeth gray'llなどのようにノイズギター叫びがあることを期待して聞いたので、即停止してしまっていて、良さに気づくことができなかったのだ。

俺が日々音楽にのめり込む中、学校の連中はくだらないロックバンド燃え上がり、俺と世間との差は、日に日に乖離していった。その無限に開いた距離感は、どうにも埋めることはできなくなっていた。従うことや、自分を周りに合わせるだけのカメレオン能力しか無い画一的ロボット連中にも、嫌気が差していた。

音楽をしようにも、楽器もなく、なにもできない日々が続いていた。

そして俺は、全くの闇の中にいた。すべての出口はふさがれてしまっているように思えた。

俺はごろっと横になって、見るともなくテレビを見ていた。テレビ番組は、どれもこれも面白くなかった。

俺は、何気なくチャンネルを回した。

まらないお笑い番組だった。そこで、尾崎豊という歌手が紹介されていた。

有名な歌手だが、なぜか、全く聞いたことがなかった。

訳も分からず、とりあえず一曲新宿ルイード演奏された「十七歳の地図」を聞いてみた。聞いた瞬間「佐野元春の影響下にある音楽」だとわかった。

その直後、古本屋に駆け込み、アルバム十七歳の地図」を聞き、共鳴した。

「俺は何を馬鹿げた真似をしていたんだろう?」

俺は「訳も分から高校へ推薦入学」していたが、無駄しかないことを悟り、次の日、高校に退学届を出し、有害しか無い高校生活に終止符を打った。

そして、自由時間ができた俺は、ずっとやりたかった音楽活動に突入することとなる。

そうだ。俺は初め、軽音楽部に入ろうとしていた。しかし、そこで演奏されていたMONGOL800の「小さな恋のうた」に絶望し、入部を断念していたのだ。俺がやりたかったのは、芸術的で、反逆的な音楽だった。それは、俺が初めて大音量演奏される音楽を聞いた経験となったがわけだが、非常に残念な気持ちになったのを覚えている。

そして、まず、曲を書くには楽器必要だと思い、ギターを買おうと思った。だが、金は持っていなかった。華奢な俺は、楽器屋にあった一番軽いギターであるSGを盗んだ。しかし、SGの太い音だけじゃ物足りない、グランジヴィジュアル系などの「繊細な部分」が表現できないので、軽くて細い音の出るムスタングを追加で盗んだ。それに、音楽にはベース必要だ。どれが軽いベースなのか?考えている時間が勿体ない、なので、定番そうなジャズ・ベースを盗んだ。最初調弦も、ドレミも、和音もわからず、ただただThe KinksLink Wrayのように、楽器破壊するだけだった。しかし、それでは音楽にならない。とりあえずThe Executeの「Answer」でドレミを覚え、いろいろと楽譜を調べたが、俺の演奏しようとしている、パンクヴィジュアル系楽譜はなかなか見つからなかったので、とりあえず、ヴィジュアル系に影響を与えたとされる、中森明菜西城秀樹などの曲の和音を調べ、和音を抑える指の形や、構成する音や調という概念を覚えた。そして、カバーコピーよりも、まず先に、曲を書いた。そうしなければ、その他大勢の、腑抜けロックバンドオタクや、ギターオタクのような愚者へと成り下がってしまうからだ。そこで俺の書いた歌の演奏形式は、もちろん、パンクを軸とした、ハードコア・パンクグランジヴィジュアル系形式だった。その頃に書いた歌は「狂人道化人形」「悪魔のざわめき」「血染めマリア」「激情狂言」「忘れかけた記憶」「記憶の奥の悲哀情」などの曲で、今でも俺の代表曲となっている。

だが、曲を書いても録音できなければ、意味がない。自分で聞くにも、人に聞かせるにも、録音する必要があるわけだ。今までにない音楽自分でも聞きたい、今までにある音楽形式でも、もっといい曲で聞きたい。たとえば、ハードコア・パンクだったら、もっとメロディアス洗礼されたものにしようとか、グランジだったら、もっと強弱を強調して、本当のグランジらしさを表現しようとか、明確なヴィジョンが合った。そんなわけで俺は、リサイクルショップに駆け込み、Tascamの8トラックカセットマルチトラックレコーダーを盗んだ。

最後必要なのはドラムだ。だが、ドラムなんて大きくて盗めないし、置く場所がない。というわけで、とりあえずリサイクルショップにあったドラムマシンの、Linn Drumを盗んだ。それに、Madeth gray'llEcho & The Bunnymen、椎名林檎デモテープ、The Sadist、Sly & The Family Stone、Big Black佐野元春Lolita℃、秋吉契里、トモコDEATHなど、ドラムマシン使用したレコードも聞き好んでいた俺にとっては、むしろドラムマシンの方がいいや」ぐらいの感じだった。

それから俺は、Arrested Developmentや、いとうせいこうなどのHip Hopも聞いていたし、効果音演奏できない音はサンプリングということで、切って貼ることにした。俺の曲がサンプリングまみれなのは、そのためだ。聞いている人からするとそこまで耳を澄まして聞く人は少ないのが残念ではあるが。

そして俺はマルチトラックレコーダーに唄を録音する日々が続く・・・

https://www.youtube.com/channel/UCO29z-HlfG0wB430EVsw92g/videos

2022-06-29

南條時雨 インタビュー 文字起こし

ガキの頃って、幼稚園の頃ね。 女のコとばっかり遊んでたんだよ。 コイツも好き、アイツも好きって感じでさ。幼稚園先生も、この人は腰がくびれてていいなとかさ(笑)、 ガキのくせにそんなこと思ったりして。その頃から女好きだったんだよな、オレ(笑)。 「飽きっぽい性格っていうのも、昔からそうなんだよ。牛乳の栓を集めてもすぐ飽きるしね。部活も色々入ったんだけど、すぐ辞めちゃって。剣道なんてさ、練習として教師竹刀バンバン叩いてたら、辞めさせられちゃって(笑)

オレさ、集団生活って苦手で、 まわりからも好かれないし、オレも 嫌いだったから、別にいじめられっ子じゃなくて、オレも相手をしなか っただけ。だから、友だちは少なかったね。今もそうだけど、特定人間はとことん仲よくなれるんだけど。 あの頃さ、流行ってたことって万引きなんだよ(笑)だけど、パンク始めて更生したって感じ(笑)。 とにかくさ、ミスチルレコードを盗んだりして。 別にほしくもなんともないのよ、再生機持ってなかったし。かっぱらってそれを叩き割るの(笑)そういえば、近所に老夫婦がやってるレコード屋ができて、 そこでやり放題。店に品物がなくなるまでやって結局つぶれちゃった (笑)。ひどいことやったなって、今になって少し反省してるよ。万引きおもしろがってやってた んだけど、他に興味がわくものって 何もなかった。ましてや、音楽なんて見向きもしなかったな。その頃ね、 インターネット流行っててさ、そこでBUMP OF CHICKENの唄を聞いて。でね、レコード屋に行って、 BUMP OF CHICKENカセットをかっぱらっちゃ った(笑)。確か「ガラスのブルース」と「アルエ」と「ナイフ」が入ってるデモテープだったん じゃないかなあ。音楽との出会い万引きからっていうのもおかしいけどさ(笑)

それからピストルズとかクラッシュとか聴きまくって。ダムド最初は、あのメイクが気もち悪かったんだけど、オレ、本来、目立ちたがりじゃん? ダムドって人と違うことやってるってことが、何かいいなって思い始めてね。もうパンクは色々聴いてたのね。そのうち、ハードコア・パンクの方が暴力的でカッコイイと思ったら、そっちの方にいっちゃった。笑っちゃうの がさ、よく友だちとインタビューごっことかやるワケよ。例えばさ、今 の音楽シーンについてどう思うか?なんてさ(笑)。それがさ、プロになって、こうやってインタビューうけたりしてさ。今でも飽きやす性格ってのは、 全然変わらないし、性格悪いのも昔からだし(笑)。でも、この飽きやすいオレが不思議パンクは続けてる。 よっぽどオレにあってたんだと思うよ。まあ、パンクをやるためだけに生まれてきたようなもんですよ、オレは(笑)

https://www.youtube.com/channel/UCO29z-HlfG0wB430EVsw92g

2022-06-26

南條時雨 講話録 音楽との出会い

俺は幼い頃、音楽なんて全く聴いたことがなかった。

音楽に全く興味がなく、歌も教科書に乗っていた、滝廉太郎「花」ぐらいしか知らず、その歌を、閉鎖的な学校世界から抜け出したくて、窓の外に向け、怒鳴ったりしていたくらいだった。

ああ、そうだ、忘れていた。遊戯王エンディング曲明日もし君が壊れても」が好きだったんだ。

もちろんアニメ版しかいたことがなかった。

そういうわけで俺は、全く音楽を聞いていなかった。音楽って「大人が聞くもの」ってイメージがあったし、なんか恥ずかしくて。だから聞こうとも思わなかった。

歌に音程があるということすらも理解できず、楽譜を見ても、歌詞の上に、なぜ音符が書かれているのか、全く意味不明だった。

音楽の授業中、教師に「旋律ってなんですか?」と聞いても「旋律旋律だ」としか答えてもらえず、学ぶ気も、木っ端微塵に消え失せていた。

ある日俺は、授業をサボって、コンピュータ室に忍び込み、動画サイトを見ていた。

そして、訳も分からず、BUMP OF CHICKENの「ダンデライオン」の動画を見た。

その動画の内容は、歌に合わせてファイナルファンタジー画像コラージュした、紙芝居のようなチープでつまらない動画だった。

しかし、その曲の、今まで耳にしたことのない疾走感が、異様なまでに響いてきたのだ。

その時、俺は思った。

「俺は歌を歌うだろう。」

それ依頼、BUMP OF CHICKENの歌をネットで探し、聞く日々が続いた。他の音楽を聞こうとは全く思わなかったのだ。

その後、BUMP OF CHICKENなどの共通趣味のある、滅茶苦茶ヤンキーな奴と仲良くなった。

そしてある日、その友人のブログを見ると「元祖ハイブリットレインボウ」という記事があり、そこには動画が添付されていた。

訳も分からず見てみると、BUMP OF CHICKENとは比べ物にならない小さな会場で、BUMP OF CHICKENの「ハイブリットレインボウ」が演奏されていた。

それを見て「サラリーマン休日演奏しているコピーバンドか」と思っていた。

数日後に知ることとなるが、それがthe pillowsというバンドで「ハイブリットレインボウ」は、BUMP OF CHICKENの曲ではなく、the pillowsの曲で、BUMP OF CHICKENの「ハイブリットレインボウ」はthe pillowsカバー曲だったのだ。

そして俺は、the pillowsの歌にのめり込み、学校勉強テスト無視し、音楽を聴き漁った。the pillowsにも飽き足らず、そのメンバーがやっていた他の音楽であるペルシャ、SUPERBAD、コインロッカー・ベイビーズKENZI & THE TRIPS、Theピーズや、その流れで知った佐野元春、Roosters,noodlesBugy CraxoneBlondie Plastic Wagon、フィッシュマンズNirvanaなど、どれも気に入った。

そして、その中でも特に気に入ったのが、THE POGOだった。

THE POGOの「EAT IT」や「SUCH IS LIFE」などの暴力性、疾走感に痛く衝撃を受け「俺の求めていた音楽はこれだ」と思った。

そして、THE POGOの小河原良太の他の音楽、The305、RYOTA BAND、JIGHEADにも衝撃を受けた。

ここまで痛い歌詞、痛い声で歌っている歌手は、未だ、聞いたことがない。

その後俺は、パンクルーツを知りたくなり、Sex pistolsThe ClashThe DamnedJohnny Thunders、Iggy & The Stooges、MC5The Velvet Undergroundなどを聞いた。もちろん、当時気に入ったのは、高速で演奏する、The Damnedだった。それに、もちろん、Minor ThreatDischarge、G.B.H、Exploited、Chaos U.K.、Disorderなどのハードコア・パンクも聞いた。Sex PistolsやCRASSといったパンクに関しては、音楽よりも、アートワーク面で影響を受けることとなる。ろくに学校も行かなかった俺は、絵もかけないし、字も書けない。俺は幼少期から自由を求め、枠に収まることを魂が拒否していたのか、塗り絵を渡されても、ビリビリに破いて捨て、クレヨンは粉々に砕き、放棄していた。それに、コラージュのほうが、ただ絵を書くよりもより複雑でカッコいいものができると確信があった。よって、俺のレコードジャケットは、切って貼る、コラージュ形式となった。そして俺は思った。GISMやCarcassなど、「ただグロテスクなだけのコラージュ」を作ってもつまらない。かと言って、ありがちなかわいいだけ」のレコードジャケットもつまらない。俺が納得行くものが良い。だから俺は、「グロテスク」と「かわいい」を両立したレコードジャケット表現方法を作り上げ、コラージュ業界でもトップといえる才能を発揮することとなった。糊、カッターナイフPhotoshopという発明感謝する。

そして俺は、奇形児、The Comes、LSD、まつじ、臨終懺悔、白Kuro、tranquilizer、Poison Artsなどのハードコア・パンクものめり込むこととなる。

授業を聞かないで、学校の机に、奇形児シングルジャケットの絵を書いたりしていた。

同時に、ロックバンドなどの名前が誰かの机に書いてあると、ムカついて消しゴムで消したり、給食時間強制的流れるくだらない音楽も、消したりしていた。

その時もうすでに俺は「俺がハードコア・パンクアーティストであることは自覚していた。

その後俺は、GastunkThe Execute、Geizz、Asylum、G-Schmittなどの影響で、ヴィジュアル系ものめり込んだ。

だが、黒夢を聞いたとき、当時としてはあまりに衝撃的な歌詞の内容的に「聞かないほうが良いかな」と思い、黒夢からは離れた。

その後、たまたまレコードジャケットの美しさに惹かれ、Madeth gray'llの「血染め喜劇」というカセットテープを聞いた。

一瞬しか聞かなかったが、「一瞬しかいたことのないはずの黒夢」の「影響下にある音楽であるということが、「一瞬にして」わかった。

それ以上聞かなかったが、後日、また気になりだし、聞き返してみると、あまりのカッコよさに衝撃を受け、Madeth gray'llのその他の音源も全て聞き、中でも、デモテープ全曲と、デモテープ以前にリリースされた「廃人狂イ人形」と「Entith de Marge」も気に入った。

そして、ヴィジュアル系レコード店の店長に「他にもMadeth gray'llみたいな音楽いか?」と聞くと、「Aliene Ma'riageはもう知ってるもんねぇ」と言われた。知らなかったので、Aliene Ma'riageの「傀儡人形」という曲を聞いてみた。最初悲鳴だらけの音楽形式に、わけがからず、理解できなかったが、他の曲も聞いて行くうちに好きになり、その後、Aliene Ma'riageやMadeth gray'llなどの無数のヴィジュアル系アーティストに影響を与えたであろう黒夢も気になりだし、初期音源を聞き、最終的には全曲聞いた。

黒夢と双璧をなす90年代初期のヴィジュアル系アーティストであるMalice Mizerに関しては、「Malice Mizerってなんかすごいらしい、けど何が良いの?」と思っていたが、Gacktボーカルになる前の初期の曲を聞いてみると、歌声や曲のカッコよさに衝撃を受けた。実は、それ以前にもそのレコードは一瞬だけ聞いたことがあった。その時、Madeth gray'llなどのようにノイズギター叫びがあることを期待して聞いたので、即停止してしまっていて、良さに気づくことができなかったのだ。

俺が日々音楽にのめり込む中、学校の連中はくだらないロックバンド燃え上がり、俺と世間との差は、無限乖離していった。従うことや、自分を周りに合わせるだけのカメレオン能力しか無い画一的ロボット連中にも、嫌気が差していた。

音楽をしようにも、楽器もなく、なにもできない日々が続いていた。

そして俺は、全くの闇の中にいた。すべての出口はふさがれてしまっているように思えた。

俺はごろっと横になって、見るともなくテレビを見ていた。テレビ番組は、どれもこれも面白くなかった。

俺は、何気なくチャンネルを回した。

まらないお笑い番組だった。そこで、尾崎豊という歌手が紹介されていた。

有名な歌手だが、なぜか、全く聞いたことがなかった。

訳も分からず、とりあえず一曲新宿ルイード演奏された「十七歳の地図」を聞いてみた。聞いた瞬間「佐野元春の影響下にある音楽」だとわかった。

その直後、古本屋に駆け込み、アルバム十七歳の地図」を聞き、共鳴した。

「俺は何を馬鹿げた真似をしていたんだろう?」

俺は「訳も分から高校へ推薦入学」していたが、無駄しかないことを悟り高校に退学届を出し、有害しか無い高校生活に終止符を打った。

そして、自由時間ができた俺は、ずっとやりたかった音楽活動に突入することとなる。

そうだ。俺は初め、軽音楽部に入ろうとしていた。しかし、そこで演奏されていたMONGOL800の「小さな恋のうた」に絶望し、入部を断念していたのだ。俺がやりたかったのは、芸術的で、反逆的な音楽だった。それは、俺が初めて大音量演奏される音楽を聞いた経験となったがわけだが、非常に残念な気持ちになったのを覚えている。

そして、まず、曲を書くには楽器必要だと思い、ギターを買おうと思った。だが、金は持っていなかった。華奢な俺は、楽器屋にあった一番軽いギターであるSGを盗んだ。しかし、SGの太い音だけじゃ物足りない、グランジヴィジュアル系などの「繊細な部分」が表現できないので、軽くて細い音の出るムスタングを追加で盗んだ。それに、音楽にはベース必要だ。どれが軽いベースなのか?考えている時間が勿体ない、なので、定番そうなジャズ・ベースを盗んだ。最初調弦も、ドレミも、和音もわからず、ただただThe KinksLink Wrayのように、楽器破壊するだけだった。しかし、それでは音楽にならない。とりあえずThe Executeの「Answer」でドレミを覚え、いろいろと楽譜を調べたが、俺の演奏しようとしている、パンクヴィジュアル系楽譜はなかなか見つからなかったので、とりあえず、ヴィジュアル系に影響を与えたとされる、中森明菜西城秀樹などの曲の和音を調べ、和音を抑える指の形や、構成する音や調という概念を覚えた。そして、カバーコピーよりも、まず先に、曲を書いた。そうしなければ、その他大勢の、腑抜けロックバンドオタクや、ギターオタクのような愚者へと成り下がってしまうからだ。そこで俺の書いた歌の演奏形式は、もちろん、パンクを軸とした、ハードコア・パンクグランジヴィジュアル系形式だった。その頃に書いた歌は「狂人道化人形」「悪魔のざわめき」「血染めマリア」「激情狂言」「忘れかけた記憶」「記憶の奥の悲哀情」などの曲で、今でも俺の代表曲となっている。

だが、曲を書いても録音できなければ、意味がない。自分で聞くにも、人に聞かせるにも、録音する必要があるわけだ。今までにない音楽自分でも聞きたい、今までにある音楽形式でも、もっといい曲で聞きたい。たとえば、ハードコア・パンクだったら、もっとメロディアス洗礼されたものにしようとか、グランジだったら、もっと強弱を強調して、本当のグランジらしさを表現しようとか、明確なヴィジョンが合った。そんなわけで俺は、リサイクルショップに駆け込み、Tascamの8トラックカセットマルチトラックレコーダーを盗んだ。

最後必要なのはドラムだ。だが、ドラムなんて大きくて盗めないし、置く場所がない。というわけで、とりあえずリサイクルショップにあったドラムマシンの、Linn Drumを盗んだ。それに、Madeth gray'llEcho & The Bunnymen、椎名林檎デモテープ、The Sadist、Sly & The Family Stone、Big Black佐野元春Lolita℃、秋吉契里、トモコDEATHなど、ドラムマシン使用したレコードも聞き好んでいた俺にとっては、むしろドラムマシンの方がいいや」ぐらいの感じだった。

それから俺は、Arrested Developmentや、いとうせいこうなどのHip Hopも聞いていたし、効果音演奏できない音はサンプリングということで、切って貼ることにした。俺の曲がサンプリングまみれなのは、そのためだ。聞いている人からするとそこまで耳を澄まして聞く人は少ないのが残念ではあるが。

そして俺はデモテープマルチトラックレコーダー録音する日々が続く・・・

Bandcamp

https://nanjohshigure.bandcamp.com/releases

YouTube

https://www.youtube.com/channel/UCO29z-HlfG0wB430EVsw92g/videos

2020-03-10

モッシュ

モッシュ(英: mosh)とは、主にロックコンサートにおいて見られる現象の一つ。興奮した観客が密集した状態無秩序に体をぶつけあうこと。

ヘヴィメタルパンク・ロックなどのライヴにおいて観客が始めたのが起源とされ、

メロディックハードコアハードコア・パンク、ブレイクコアスクリーモラウドロックなど多様なジャンルライヴ会場で見られる。

その様子は極度に密集した状態で行われる激しい押し競饅頭(おしくらまんじゅう)のようである

 
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