ほんの少し西寄りに越しただけなのに、見渡す限りうどんの看板ばかり。
だしのきいた甘めのつゆが、故郷で食べていたよりやや細い気のする、コシのあるうどんにつるつる絡んでうまい。
甘いつゆと削り節とうどんの組み合わせは私にとっては大発見で、初めて入った店でうっとりしてしまった。
だが私は蕎麦が食べたい。
うどん、と大きく書かれたのぼりが翻る蕎麦屋ではなくて、何々そばという看板の、半分を使って黒々うどんと踊るように書かれている蕎麦屋ではなくて、蕎麦屋の蕎麦が食べたい。
よくしめられ持ち上げれば一本一本ばらばらとほぐれるような、口に入れれば押し付けがましさもなく、ただふわりと香りが鼻腔と口蓋をくすぐるような、うずらとねぎとわさびの混じった蕎麦つゆを、食べ終わったあともまだ名残惜しく箸でかき回したくなるような、そんな蕎麦が食べたい。