2009-10-29

笑顔の理由





 高校の部活の同期が結婚をした。

 御年28歳。

 数少ない親友の一人。

 何でも栄転で海外研究所へ行くという。

 さすが大手電機メーカーは太っ腹と思っていたが、どうも事情は違い、深夜残業続きで潰れかけたエース級をとりあえず安全なところへ飛ばそうという転勤だった。

 それで6年も付き合った彼女結婚しようという話になったらしい。

 転勤も急だったから、結婚式は急造のパーティーのような式。

 まあ、世の中どこも大変だよね、ため息をつく。

 部活のメンツの中で一番モテるだろうと思っていた。

 背が高く、まじめで、さわやかで、けっこう純真で、笑顔を絶やさず、部長をやっていたリーダー格で、人なつこさもあって、男から見てもまぶしいやつなのだ。どんな子と付き合っていたのかと新婦を見ると、まったくぱっとしない子でびっくりする。

 そう言うと女性諸君に怒られそうなので逆に考えてほしい。

 仲間内で一番モテるだろうと思っていた女性の旦那が、まったくどこがいいのか分からないぱっとしない男の子なのだ。

 さすがになんでと聞くのは失礼だが、ほどなくその理由が分かった。

 にこにこと笑顔挨拶に回る新婦のところへ、遅れて新郎(つまり親友)がやってくる。

 それで仲間にからかわれる新郎を見て、新婦がとびきりの笑顔を向けた。

 その瞬間の圧倒的なまぶしさは、今でも忘れられない。

 40Wの裸電球太陽になったよう。

 眼に焼き付くような、輝くような笑顔で、正直あんな笑顔を見るのは初めてだった。

 全面的に旦那を信頼し、純真な子供のようなひたむきさを、ぶつける。

 ああ、そうか。

 親友はこの笑顔を6年間も浴び続けたのか。

 どうやってもこれは落ちる。

 女性の魅力というのは、実際のところ姿形ではなく、その感情をどれだけ素直に相手にぶつけることができるか、なのだなあと思ったのだ。その中で笑顔がもっとも強烈なのは言うまでもなく、女性笑顔を守るのは、結局のところそのお相手の仕事なのだと、痛感した。

 式では、新郎新婦に向けて、反省文を読み上げた。

 残業続きで、どうも仲違いをしていた時期があったらしい。

 それに新婦は泣いた。

 式後に新郎雑談のする。

「なに、別れたんだって?」

「まあ、仕事の忙しさもあって上手くいかなくなった。もういいよ。疲れたよ」

「おまえが悪いだろう? 絶対そうだ」

 まあ、その通り。

 おまえは偉い。





 別れた彼女と出会ったのは職場で、社内で孤立していたところを偶然見つけた。

 はかなげで、弱々しく、これは危ないと思わせる女の子に弱いという脆弱性をぼくは持っている。

 いろいろ聞くと、いくつかの問題があり、それを解決しているうちに、その子に飛びつかれる。どうもホワイトナイトかなんかと思われたらしい。誰かの問題を解決することはしばしばやるのだが、たいていは、ぼくがそれを何となくほっとけないからやっているだけ、ということに気づいて、ありがとうと言われて、終了となる。

 ただ、その中には一定数、飛びかかってくる子がいて、その中でも抜群に口説き落とし方が上手かったのが彼女だったのだ。

 全力で落としに行った。

 と、だいぶたってから言われたのだが、たいていの奥手な男性は、あなたを信頼していますと身を投げ出されると、おろおろとその身をキャッチしなければならないと、慌てているうちに恋に落ちているものなのだ。

 守らなければと思ってしまうのだ。

 これはある意味必勝形かもしれない。

 彼女は、腰まであった髪を肩まで切って、茶に染めてぼくの前に立った。

 正直言うと、何でそこまでするのだろうと思ったのだけど、社内では、いろいろはなしをされて、もちろんぼくのせいということになっている。

 正直な感想聞かれたので、正直に答えた。

「癖毛でライオンみたい」

 怒られたけど、ライオンみたいな彼女だった。

 付き合ううちに、徐々に本性が現れてきて、気性の荒さが表に出てくる。

 そうなってくると、猛獣使いになっていく気分。はかなさの中から、その現れてくる激しい感情を拾っていく。心がヌードになっていく。それが、ものすごいたくさんの色彩を浴びるようで、幸せを感じる。

 たぶん、多くの人は、モネのような落ち着いて明るく静かな色調を好むと思う。

 だけど、明るく、激しく、落差の大きい、コンストラストの豊かなエネルギッシュな色調も刺激的なのだ。

 様々な感情をぶつけられるたびに、惚れていく。

 彼女とのつきあいはそんな感じだった。

 彼女と付き合って、1年ぐらいがたぶんピークだった。

 そのあたりの彼女の表情は当然に輝いていた。

 あまりにもまぶしくて、それから2年も経った別れ際には想像できないほど。

 そんだけ荒廃したんだろうなと、今になって思う。

 どうしたら、その輝くような表情を守れるのだろうって。

 姿形じゃないんだよね。

 どんだけ、素直な感情の放射を受けれるか、うそなしに、彼女とつきあえるかなんだよね、と思う。みにくいと言われたことはないけれども、やはり決定的に対立していた。だめなものは、しょせんだめ。それを痛感したのは、痛い。




 彼女から依頼されて、別の女の子を救う羽目になった。

 とにかく、その辺の危機管理だけは買われていたようで、女友達経由で彼女から大量に流れてくる。

 なんでも、学生時代結婚した30代の彼氏と別れたいという内容。

 なんでも、離婚書を提出したら、餓死するとか食を絶っているとかそういう内容。

 もうね、こういう案件は、預かり主が冷酷になる以外にない。

 死ねばいいじゃん。全然、おれ関係ないから。

 おまえが死んでもおれは痛くもかゆくもない。

 だからなに?

 情ないから。

 勝手死ねば。死せば、おまえなんか誰も哀しまないから。

 と、完全に冷酷な、完璧に冷酷で、なんの容赦もしない実に冷淡きわまる人に状況のハンドリングが渡ったことを示すのが最善。法は冷淡だけど、救済に至るルールを示している。

 ルールを守るように。

 その別の女の子彼氏を作った。

 彼女から言わせれば、ぱっとしない子らしい。

 たしかに、社内でもぱっとしない子だった。

 だけど、その二人は前途有望な感じらしく、二人ですんだ。

 彼女が言う。

 もうさ、なんか就業時間が過ぎると、わくわくしているのがわかるの。もうはやくいけっていうか、彼氏がいないいるとかの問題じゃなくて、頬とか照っちゃって。ぼくもあなたとつきあい始めの頃はそうだったんだろうなあと思ってしまうよ。

 今となっては厳しい言葉だ。




 それから、何年もの時間が経って、家族の中にいる。

 ぼくがずっと好きだった母はいつも通りに笑っている。

 マザコン気味なぼくは母の笑顔を受けて育ったけれども、その陰には父の献身があったんだなと、いまさらに気づいて、ショックを受ける。大嫌いなのに、父は。だけど、そのすごさは、分かった。

 結局、笑顔の理由を作れるやつが最強なのさ。

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