少し前から一つの疑問を抱き続けているのです。果たしてそれが常識的なことなのか、私が知らなかっただけなのか。そして、その疑問から浮かび上がる私の感情を、もしそれが嘘ならば、いったいどこにぶつければいいのか、全く判らないのです。
自分の運営しているブログに書こうかとも思ったのですが、素性が知られているし、それまでのエントリーとはあまりにかけ離れた、異質な内容になってしまう。匿名で書きたいのなら、それこそ2ちゃんねるでも良かったのですが、茶化されて終わりそうな気がして、踏ん切りがつかず、迷った挙句、こうして匿名ダイアリーに書くことにしました。疑問とは妻のことです。
二十歳のころに大学で知り合った彼女は、少し大人しめな印象を受けました。遊びが主体のサークルとしては珍しく、彼女はいつも部屋の隅で本を読んでいて、時折起こる笑い声に、長い黒髪の奥からチラリと目を向ける程度でした。
ただ、他のサークルの仲間から疎んじられていたかというとそうでもなく、皆で何かを決めている時に、勢いだけでやってしまいそうなところに疑問をぶつけ、話し合いの方向性を正すようなところがありました。そんなことから、彼女は仲間内から「一目置かれている」という形容が一番似合うような立ち位置にいました。
彼女と最初に話をしたのは、飲み会の席での事でした。私はあまり人付き合いが得意な方ではなく、騒ぐことが好きな仲間たちとはあまり上手く馴染めませんでした。
しかし、たまたま隣に座った彼女の雰囲気。真綿で優しく包まれているような雰囲気にひかれていき、ぽつりぽつりと、私は彼女と話すようになり、彼女もまた、ぽつりぽつりと、私に話をしてくれました。
以後、私と彼女はサークル内で、二人だけで話すことが多くなり、自然と一緒に外出し、当然の成り行きのように付き合い始めました。
初めて彼女とセックスをした夜のこと。とても崇高な時間を過ごした後の、穏やかな流れの中で、彼女は私の顔を覗き込み、微笑みかけてくれました。枕元の照明から放たれる、淡いオレンジ色の光の中での彼女の笑顔は、まるでこの世のすべてのようでした。
卒業後、仕事も決まり、この不景気の中、何とかやり通せる見通しがついた時に、私は彼女に結婚を申し込みました。彼女はそれを快く受け入れてくれました。文金高島田に髪を結った彼女は別人のようで、私は少し恐ろしくなりましたが、そのあとに投げかけられた水面のような目線に、私はすっかり取りこまれて、気が付くと式は終了していました。
結婚生活は順調だったと言えるでしょう。郊外のマンションに新婚が暮らすくらいにはちょうど良い間取りの部屋が見つかり、私たちはそこに住んでいました。やがて産まれてくる子供のために取ってある、がらんとした部屋も、私にはなんだか誇らしく感じられました。
結婚生活に不満を感じていたことがあるとすれば、食事のことでしょうか。一緒に暮らすまでは判らなかったのですが、妻はあまり料理が得意ではないようなのです。味自体はとても良いのですが、なぜか毎回、食事を口に運び咀嚼していると、糸のような歯触りを感じてしまうのです。私はあまり細かいことにこだわらないタチだし、それを感じるたびに「糸くずでも入ってしまったのだろう」と、そのまま飲み込んでいました。
そうした生活を続けていたある日の朝。いつものように糸を租借した私は、用意を整え、玄関で靴を履いていました。見送ってくれる妻を背中に感じ、立ちあがって振り返ると、妻の肩に妙なものが生えているのを見つけました。
何かのトゲのような、爪のような。うっすらと毛が生えているようにも見えました。
私の視線を感じ取ったのか、妻は恥ずかしそうに肩に手を置き、「もう、やだ」と笑いながら洗面所に向かっていきました。一人玄関に残された私は、先ほど見た妙なものを頭に浮かべながら、「行ってきます」と部屋を後にしました。
電車の中、仕事中、あの爪のことが思い出されました。彼女の肩にひっそりと置かれていた、黒く光るその爪は、しかし私は見間違いだろうと、思い出すたびに打ち消しました。
仕事から帰ると、いつもと同じ妻が出迎えてくれました。私は少し、ホッとしました。
不景気のせいでしょう、その頃の私は毎日サービス残業を強いられており、彼女にはいつも先に夕飯を済ませるようにしてもらっていました。
白い蛍光灯の下で浮かび上がる食卓に、電子レンジのメロディーが流れるたびに、おいしそうな食事が運ばれてきます。私がレンジ特有の暖かさに満ちた食事を口に運ぶのを、彼女はいつもそうしているように、ほほ笑みながら見つめてくれていました。
「おいしい?」
と、彼女が珍しく聞いてきてくれました。彼女が自分の料理に感想を求めるなど滅多にない事で、私はここぞとばかりに褒めちぎりました。テレビレポーターのような私の口調に、彼女は今朝玄関で見せたような、恥ずかしそうな笑みを浮かべてくれました。
「いいもの、見せてあげようか?」
芝居がかった口調で、彼女は言いました。予想外の言葉に私が戸惑っていると、彼女はおもむろに席を立ち、自分の着ている服を脱ぎ始めました。セックスを誘っていると思ったのですが、そのような誘惑を彼女がするとは思っていなかったので、私の戸惑いは増していき、思わず立ち上がって制止しようとしました。
彼女は私を言葉だけで止めてしまいました。産まれて初めて聞いた、ハッキリとした否定の言葉は、私を母親に叱られた子供のような、とても悲しい気持ちにさせました。私は立ち止まり、ブラジャーを外す彼女をただじっと見つめていました。
「あなただから、見せるんだからね」彼女は露わになった乳房を隠しもせずに、ついと私に背中を向けました。白い光に浮かび上がった彼女の背中は、峰のように白く輝いていましたが、そこに私は八つの黒い点を発見しました。それは規則正しく並び、肩甲骨から尾てい骨に向けて弧を描き、背骨を囲むようにして左右に四つずつ付いていました。爪でした。
私は、今朝見た黒い爪が彼女の背中に並んでいるのに気付くと、目を開き、そっと近づいていきました。右手の人差し指で軽く彼女の白い肌に触れます。ビクンと体を震わせた彼女の背中を伝って、私の指は爪に触れました。冷たくて、すべてを拒むようなその爪は、彼女の体の中から、新芽のように浮きあがっていました。
「女の子はね」妻は説明をしてくれました。「女の子は、生理が始まると同時に、こうして背中から脚を出せるようになるのよ」
「脚?」
私が問い返すと、彼女は背中にグッと力を入れました。すると爪は震えだし、ゆっくりと、彼女の肌を掻き分けながら伸びていきました。それには関節があるようで、二度ほど肌を隆起させ、折れ曲がった部分を現わしていきました。
やがてできったそれは、彼女の言うように見事な脚でした。硬くて黒い外骨格は、表面に透明の産毛をなびかせて、彼女を包み込むようにして生えていました。
彼女はくるりと振り返り、優しく包み込むような、それでいて誇り高い視線を私に向けてきました。それに射られると私は、電気で打たれたように、彼女を強く抱きしめました。彼女は背中の脚で私を抱きとめてくれました。
以降、彼女は、マンションの部屋の中では脚を伸ばしっぱなしにすることが多くなりました。彼女によると、それを背中にしまっているのはとても窮屈らしく、私が仕事に出ている時などはそうして、足を伸ばして休めていたそうです。女性は皆そのような脚を持っているそうで、女だけの空間では、気が抜けて、爪がうっかり顔を覗かせていることもままあるようで、それを指摘すると大抵、笑いが起こるとのことです。
「当たり前のことよ」と彼女は言いました。「あなたが知らなかっただけ。女の間では当たり前すぎて、普段話題にも上らないわ」
ある日曜の昼下がりなど、私が個人的な買い物から帰宅すると、彼女は上半身裸で、胸をあらわに、脚を伸ばし放題に伸ばしながら掃除機をかけていました。面喰っている私を見て、彼女は掃除機を止めて「お帰り」と何気ない口調で云ってくれました。
そして、彼女のことを知った日から、セックスがそれまでと比べて何倍も楽しくなりました。
私たちはいつも正上位で事を為すのですが、私が上になって彼女の中に入り、覆いかぶさるようにして腰を動かしていると、彼女の背中から伸びた足、その爪が、私の背中をカリカリと引っ掻くのです。時に優しく。時に、傷ができるほど強く。私がその痛みに苦悶しながらも、セックスの快楽を止めることができず腰を振っていると、彼女は上気した顔で、艶めかしく、嬉しそうに笑うのです。その顔を見た私はさらに興奮し、彼女の爪もまた、私の背中を強く掻き、いつしか快楽と痛みが混ぜあわされ、同一となったところで、私はいつも果てるのでした。そんな私を彼女は、脚と腕で優しく抱きとめてくれる。それはまるで、母の中にいるような気持ちでした。
そうして私は、いつしか彼女の足に掻かれるだけで、ひどく興奮してしまうようになってしまったのです。
私は床にひざまづき、椅子に座っている彼女に見下ろされながら、自慰行為にふける。彼女は私を見下しながら、背中の脚で体中を引っ掻いてきます。胸を、腹を、背中を。私の体は蚯蚓腫れだらけになり、会社のトイレでズボンを脱いだ時に思わずその傷を目に留めてしまい、興奮し、一人でしてしてしまったこともあります。
ただ、私は彼女の言葉に信じることが出来ない部分があります。それは、「女の子ならだれでも脚を持っている」という部分です。本当にそうなのでしょうか。今まで私は生きてきたけれど、そんな話は聞いたことがないし、もちろん見たこともありません。私はこれまで妻一人しか経験がないので、他の女性の肌を見ることが叶わなかったのです。
「誰にも言ってはダメ」と、彼女は最初の晩、初めて脚を出しながらセックスした時に言いました。「これは私たちだけの秘密なの。もし男の人にバレたら、それを知っていると知られたら、大変なことになる」
しかし、私はどうしても知りたくて、こうして匿名で筆を取らせていただきました。
最近、朝の通勤電車に灰色のブレザーを着た女の子を見かけます。近所の女子高生であろう彼女は、毎回私のマンションの最寄駅から二つほど行ったところの駅で降り、私の会社の最寄駅から三つほど離れた駅で下りていきます。ある日、たまたま仕事が早く終わって家路についている時、彼女が部活仲間らしき子供たちと一緒に乗ってきたことがあります。私はマンションの最寄駅から二つほど手前の、彼女の最寄駅で降りて、彼女の後を追いました。ボブカットの黒い髪と、健康そうな肌が私の目には瑞々しく映りました。彼女は私の見ている前で、自宅へと帰って行きました。
彼女にも脚があるのでしょうか。妻の言い分が本当だとするならば、彼女もあの艶めかしい脚を持っていることになります。彼女の脚の爪に引っ掻かれることを思うと、私の体は火をつけたように熱くなります
つ ま らぬ
読んでいて、小学生のころ怖いもの見たさで見ていた、「環境汚染の実態を告発する!!」みたいな本に出ていた 背中から4本の脚生えた奇形の牛の写真を思い出した。なんでそんな本が...