まあ、テレビの人気司会者が無責任に紹介したのがそもそもの始まりなんだけど、欲望自体を悪とみなすようになってきた社会の風潮に微妙にマッチしていたのかもしれない。
痩せられないのは欲望に負けるからだ、じゃあその欲望を減退させちゃえばいいんじゃね?というのが
お腹がすくなら映画を見ましょう、TVゲームをしましょう。という水のごとく低きに流れる方向性は、とても受け入れられやすかった。
これに「ゲーム脳の恐怖」とかいう屁理屈で煽った(煽られた)連中は反対した。以前はその言説に乗っていたTV局はというと、現金なもので当時自社企画中のホラー映画が成功するためにならと「スプラッタ・ダイエット」を持ち上げ、その一方で科学的な特番をつくり、「ゲーム脳の恐怖」を徹底的に叩いた。巻き添えになって一緒に叩きのめされた「水からの伝言」にはえらい迷惑なことだったろうと思う。(もっともネットで見る限りではTV局の意図は周知の事実となっていて、「水からの伝言」たたきはめくらましにもなっていなかったのだけれど)
「ゲーム脳」の連中、「水」の信者が「陰謀だ、よくわからないけど大陰謀だ」の合唱を繰り返してはいても、「スプラッタ・ダイエット」はそれなりの結果を示していて、結果、推奨作品リストはレンタルショップでも枯渇し、ブルーレイでレアだった過去の名作のリマスターが発売されたりした。これはダイエットに関係のないファンにとってもありがたいことだった。コアなファンなら品揃えの少ないレンタルに頼るより買っちゃったほうが確実だったから、レンタルでスプラッタが全て貸し出し中でも別に困らなかった。
食えるとか美味いとか最初に言い出したのは誰なんだろう。
慣れというのは恐ろしいもので、初見で食欲を壊滅させるような映像でも二度三度と見れば、ジャンルを網羅する勢いで見れば先鋭的な怪作でも、それなりに対応できてしまうものだ。
そして人間なんて単純なので、腹が減っているときに見ていた映像がいつも似たようなものであったなら、それと食欲が結びついてしまうのもとてもよくあることだった。
でも、禁忌の壁は高く強固だ。ダイエットしていた人々が僕らのようにゲラゲラ笑いながらピザをコーラで流し込みながらスプラッタを見ていたら、あんなことにはならなかったんだと思う。でも彼らは飢えに目をぎらぎらさせ、食欲を押さえるためと称して、ゾンビが人間に齧りつく様を見ていたんだ。だから、かれらの背中を押すには一言でよかった。
「人肉って美味いらしい」
騒動が治まるまでには、デマもかなりあったけど、少なくない数の真実もあったと思う。実際、件のTV司会者は逮捕されたわけだし。でも、あの司会者は騒動の前から食ってたよねというのは僕らのあいだだけでの共通認識。