2013-05-10

ごんぎつねの話や、さだまさしの『償い』を聞いていて思ったのだけど、

罪を犯す→償う日々→ある時報われる日が来る

みたいに綺麗なフェーズを描ける話って創作の中だけじゃないかな。

人を殺したとか、人に大怪我を負わせたとか、そんな大層なことではなくても

日常でやむなく嘘ついたとか、友人に今度貸すよ、使わないからと言ってた参考書を持ってくるのを二度忘れたとか、

そういった身から出た錆びのような一見軽い罪が、

つの間にか消えない傷になって心の底に溜まってることに、ベッドに就寝しようとしたその瞬間にはっとなる。

周りが自分の罪に耐えてきたことにある日突然気づかされる。

けれども、これからどうやって贖えばよいのかと考え始めた矢先に、知らず知らずのうちに自分は次の罪を重ねてる。

そうやって償罰が混在となったドロドロの物語日常なんだろうね。

犯した罪に、清算できるものなんてないけれど、節目がどれひとつないことはもっと辛いよ。

嘘をついたことのない人なんかほとんどいないと聞くけど、

みんなはどうやってこの罪を返済してるんだろう。

  • みんなはどうやってこの罪を返済してるんだろう。 そもそも「罪」とは感じていない そのうち忘れる むしろ自分が被害者だ、と憤懣を募らせる

    • 忘れることは自分も時々ありますね。 でも、否応なく、突然思い出すんですよね。 机の整理をしていたら借りパクしたままのシャーペンが見つかって うわああとなるような。 そんなこ...

    • 忘れることは自分もありますね。 でも、否応なく、突然思い出すんですよね。 机の整理をしていたら借りパクしたままのシャーペンが見つかって うわああとなるような。 そんなことば...

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