2009-12-28

スネ夫

本当は、金持ちの家に生まれた事が、とても嫌だった。

親の財産が、ずっと憎かった。

 

皆が自分家族の話をしている時、僕が同じように話に加わろうとすると、「お前の家は金持ちだからいいよな」と嫌味を言われる。好きなオモチャの話でも同じだ。僕が、自分の好きなプラモを挙げただけで、他の皆は僕の事を宇宙人でも見るような目で見る。

僕はただ、彼らの会話に加わりたかっただけなのに。

親にその事を言っても、気にするなと言われただけで、何も解決にならなかった。

 

そんな事が続いて、やがて僕は話し方を変えた。

どうせ憎らしい自慢話だと思われるのなら、本当にそのように話せばいい。

理解されようと思って話したことを否定されれば傷つくけれど、理解される事を諦めれば、傷は軽くて済む。「こいつは自慢話しかしない」という相手の期待を裏切っていないという、ある種自虐的な満足感すら得られる。

それで嫌われたとしても、誰とも話が出来ないよりはマシだ。

 

三十路を越えた今になれば、周囲の人間達も、そんな明け透けな敵意を見せてきたりはしない。僕の方も話術が巧みになり、金の話を絡ませずに自分プライベートをある程度語れるようになった。

だが今でも、創作物などで金持ちのいけ好かない悪役が出てくると、ひどく息苦しい気持ちになる。

 

これは、あの頃の僕だ。

と同時に、金持ちはかく在るべしという、皆の無意識の強制だ。

親の収入がもっと少なければ、僕はこんな嫌な奴にならずに済んだのだろうか。

人達と何の屈託もなく笑い合う事ができたのだろうか。

 

今、僕はある計画を胸中秘かに抱いている。

先日、父が不治の病に倒れ、医師に余命半年を宣告されてから、考えた事だ。

それは、「遺産の相続放棄」。

幸いにも今の僕にはある程度安定した職があり、自力で生きていける目処は立っている。

僕が受け取らない分は、母と弟のスネツグの手に渡るだろう。それでいい。

長らく僕を苦しめてきたこの鎖を断ってやれると想像すると、こんな状況で不謹慎かもしれないが、実のところワクワクが止まらないのだ。

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