2008-01-10

うつに対するモヤモヤしたものを書き出してみる

初めにいっておくと、自分はかれこれ2年近く抗うつ剤を処方されている。そして、今の精神状態を保っていられるのも、薬の効果に因るところが大きいよう思う。しかしながら今になっても、「うつ」というものが一体何なのか、と考えたときに明確な答えはわからない。自分の経験からいえば、とにかくしんどくて死にたいという思いが四六時中頭から離れず、仕事勉強はおろか、食事・睡眠といった根幹的な行動すら不能になり、生活が全く立ち行かなくなってしまった状態が長期に渡っているとき、だと思うが、結局は人それぞれのことだろうし、第三者が判断するのも難しい。

とはいうものの、ふと「うつ」という言葉を目にしたとき、同情するよりも、何か不快な感情が沸いてくるのは自分だけではないと思う。それは「うつ」という言葉に"やる気がでないのはうつのせいだ。だからきつい言葉を浴びせないでくれ…"という意味合いが含まれているのを感じ取ってしまうからだ。だから、圧倒的なネガティヴさによって精神が腐食され、それが周囲に伝播する前に、病院へいって治療を受ける必要がある。自分も以前は、また今でもそのような気持ちを少し引きずっているので、誰かと接するのには注意を払わなければいけない。恣意的な悪意はなくとも、相手をネガティヴの渦に巻き込んでしまうからだ。

さらに思うことは、人生における一時期の停滞を簡単に「うつ」と理解してしまっていいのだろうか?ということだ。それまでバリバリと働いていた社会人なら、一呼吸おいてリフレッシュすればまた復帰できるかもしれないが、思春期から青年期にかけては、誰しもが成長途上で様々な問題に直面し、ある程度乗り越えていかなければいけない。その過程で落ち込むことはたくさんあるだろうし、うつっぽい状態に陥ることも珍しくないはずだが、それを「うつ」という視点からのみ解決するのは適していると言い難いように思う。また、一時的に退避した状態から元に戻るのは、大変に困難なことだ。しかし、世の中には想像するよりはるかに理不尽な状況があるだろうし、自殺に追い込まれる状態になることだけは、絶対に防がなければいけない。

結局のところ、自分にとっての「うつ」というのはあくまで副次的なものにすぎないのであって、精神論で解決できるものではない、ということだ。「うつ」だから行動できない、といういいわけはもうしたくない。ベタなことだが、できないことを悩むヒマがあったら、"今"できることをひたすらにやるしかない。そして、働いて生きていくしかない、という現実を受け入れなければいけない。体がどうにも動かない状態なら無理だが、今の自分は動ける。だから今、何かをやりたい。

  • この記事を見て思った事とか。 「うつ」というものが一体何なのか、と考えたときに明確な答えはわからない。 いいえ、明確な答えはあなた自身がこの直後に書いているではありませ...

    • 従来、ただの「甘え」だと思われていたものが「うつ病」や「自律神経失調症」、「起立性障害」などなどの病気であることがわかってきたわけだけど、それでも「ただの甘え」としか言...

    • 脳の疾患の症状として出ているものを「ただの甘え」としか考えられないバカって疲れるよね。 もう相手してやらなくていいよ。説明してやっても理解する脳みそないみたいだから。

  • 正確な知識は他の増田が言っているからそちらに譲るけれど 元増田はとても今前向きになろうとしているから応援してあげたい。 でも、経験的に一歩進んで二歩下がる、というか、ピー...

  • おぼろげに書いたことに対してつっこみを入れてもらい、だいぶ今の気持ちがわかってきた気がする。 気分変調や意欲減退を引き起こす、脳内物質の変調といった内因的な要素と、何も...

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