2007-11-07

もう過ぎた昔のこと

ものごころついたとき、認識した自分像は、身体希薄精神偏重型だった記憶がある。身体リアルではなく精神で起こることだけがリアルだった。身体精神は別物だったし、身体で何かが起こっていても精神がそれを認識していなければ何も起こっていないのと同義であった。身体精神の操るマリオネットであり、時に私はマリオネットを放り捨て、精神だけが作用する世界に潜り込むこともあった。

その当時とても不思議だったのは、私の身体と他の人の身体が入れ替え不可能であり、我々の精神が溶け合うことや触れあうことがあり得ないという事実だった。

目を開けるとサイズの合わないマリオネット。見覚えのない顔。手の長さも足の長さも私が認識しているものとは違うという事実。それは私にとってストレスだった。精神の感じる身体と、実際の身体の間の隙間には、粘つくゲルが詰め込まれていて、その感覚はとても不快だった。痛みさえも私の痛みではなく、私の操るマリオネットの痛みだった。私はマリオネットを操りながら、痛みに苦しむマリオネットを眺めていた。マリオネットは私の意志には関係なく、泣き、笑い、怒り、人を傷つけたりもする。私は制御不能になったマリオネットをただ眺めている。それを制御しているのは誰?と思いながら。

人に見られるのはマリオネット、人に愛されるのもマリオネット、それを後ろで見る私。叫べども叫べども、人が見るのはマリオネットでしかない。何度叫んだことか「私を見て、私を愛して」と。しかし、誰もマリオネットの後ろに立っている私には気づいてくれなかった。

精神認識する身体と、実際の身体が一致するのは、強い刺激が与えられたときだけだった。痛み、苦しみ、快楽……精神認識する身体を取り囲むゲル状のものがない状態は快適だった。ゆえに私は強い刺激を求めて、様々な問題行動に嗜癖していくことになる。

男は、マリオネットに彼の中の何かを投影し、鏡になったマリオネットを抱いた。マリオネットは彼の望む通りに演技をした。私はその行為が終わるのをただ見ていた。彼が愛しているのは抱かれているマリオネットではなく、彼の中の何か。マリオネットはただの代用品。それを理解しながらマリオネットを彼に差し出す私。「あなたはいったい何を見ているの」私は何度も彼に問う。私の言葉は彼には届かず、私の疑問はいつになっても解消されない。何人もの彼が私の上を通り過ぎた、私は彼にマリオネットを与えたことを忘れた。綺麗さっぱり忘れた。代用品としての私は、私の中から姿を消した。

切り離し、切り離し、断片を切り離し、切り離し、切り離し、切り離し、切り刻み、身を切り刻み。

幾重にもなった断片の下から世界を見る。断片に囲まれた地の底から世界を見る。断片はバリゲード、私はその下で息を潜める。息を潜めていたい気持ちと相反する、誰かに見つけて欲しいという願い。ジレンマ。焦燥。斜に構えて深いところから覚めた目で世の中を見、その実は誰よりも愛されることを強く願い、願いが受け入れられない苦しみは、死への衝動へと変化した。

始めて腕を切った日に見た、肌の下にある醜い肉の様子は、今もまだよく覚えている。この醜さこそが、私が覆い隠して見ようとしなかったものだということに気づく。取り繕う外面、どろどろしたものが渦巻いた内面。その狭間で苛々するたびに私は何度も腕を切った。肉は気味悪い光沢を持ち、繊維が刃に引っかかって苛々した。時折感じる激痛がこめかみを貫いても、構わずに切った。血は穢れだ。全て流れだし、洗い流せばいい。血管の壁に触れたとき、鈍い痛みが寒気を呼び起こした。それは多分死ぬことに対する恐怖だったのだろう。私はそんなあたりまえのことさえも忘れていた。

最初にそれを意識した日から、すでに二十年近くは経過している。しかし今だに、精神の感じる身体と、実際の身体は異なる。指先までしっかりと神経が張り巡らされていないような感覚がある。実際はそんなことなどありえないはずなのに、私の中では厳然とそうなのである。あの当時感じたひりつくような気持ちも、腕を切った痛みも、皮膚の下にある醜い肉も、大量の吐瀉物と一緒に吐き出した呪いの数々も、私の上にしっかり根を張り、事あるごとに再生され私を苛む。

しかしそれらは、もう過ぎた昔のことであり、私が今ここにいる厳然たる事実に代えられるなにものでもない。

  • 痛々しくて気持ち悪くなった。 創作だよね?

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            • それは俺が見たいから是非やってくれ。 レーベンヘルツとかカタンとかプエルトリコとかあの辺を無理矢理紹介するのはちょっと見たい。 (無論ボードウォーゲームでも可)

              • 報告まだでした。 http://anond.hatelabo.jp/20080805205151 こんなもんでどうでしょうか。 私のこういう意図にそって、もっといい10本はこんなのどうよ、というのがあったら 教えてください。

          • 頑張れ!妖怪モトマスダ! もしかして「軽く紹介するための10本」シリーズは全て目を通しているのか! どんだけオタクだよ!かっこいいな! その二つを書いた人じゃないけど、ネタを...

        • ちょっと前のやつだけど、これ見てちょっと驚いた。 この中の5つのエントリ、自分が書いた奴だった。 地味に嬉しかった。

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      • いや、もちろんわかんないよ。ブクマした人の本心なんて。 私も同意です。 あなたは「ブックマーカーにはいろんな人がいるから、例のエントリへのブクマ数が不正だと思わない」...

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