2007-06-11

裸エプロンに関する考察

なぜ裸エプロンが世の男性の理想とされているのかについて議論が再燃しているが、私なりの見解をここに示しておこう。
(筆者が男性なので「男性にとっての理想」という形で考察しているが男女が逆のパターンを必ずしも否定するものではない事に注意されたし)

まず裸エプロン男性に対して次の二つをアフォードする事に成功している点で偉大である。

1.食事がすぐに食べられるようになる点
2.彼女がすぐに食べられるようになる点

帰宅してドアを開け、出迎えてくれる彼女を確認した瞬間、仕事帰りの男性にとって必要なものはすべて揃っている事が明白になる。
いちいち確認しなくても一目瞭然なのだ。気が利くというのはこういう事だろう。
また、確認するという行為には「用意出来てなかったとしたら何なの?」という反発を招くリスクがあり、心理的な抵抗がストレスになる可能性もあるので、この事も見逃せない。
ただし、上記2点だけではお風呂の準備が出来ているかどうか不明なので「すべて揃っている」とは必ずしも言えないという指摘を各方面から受ける事がある。
しかし筆者は裸エプロンの発生率が高いと思われる夏はシャワーだけでも問題ないだろうと主張したい。

さて、似たような概念カモネギがあるが、これは上記でいう1と2が同義である点に注意されたし。
つまり裸エプロンカモネギよりも網羅性が高く、より偉大であると言えよう。
(カモネギって偉大だっけ?という疑問はこの際忘れて欲しい)

また別の視点で見るとその偉大さが更に浮き彫りになる。
いったい彼女はそんな格好で他の事が出来るだろうか?(いやできない:反語)

言い換えると、彼女はその瞬間「帰宅する僕」の為だけに存在し、それ以外の事は想定していないという事だ。
なんという潔さであるか(感動のあまり涙目)。

まだある。

「結婚してしまったら裸エプロンは新妻以外には実行が難しい」

ΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩΩ<なんだってーーーーー!!

落ち着いて聞いて欲しい。
私もこれに気が付くまで、裸エプロンの希少性にはあまり思い至らなかった。
自分の不明を恥じるばかりである。穴があったら。。。穴が。。。穴。。えーっと何の話だっけ。

そうそう、つまり長い人生のうちで裸エプロンという現象を目の当たりに出来るのは、ほんの短い期間だけであるという事だ。
少なくとも子供が一定の視力を獲得した後は、自重せざるを得ないだろう。
だからと言って子供が自立した後に挑戦するのは更に自重して頂きたい所である。
もちろん子供を作らない夫婦などには当てはまらないかもしれないが、いずれにしても、そんな長期に渡って裸エプロンという現象を継続し続けるのは難しいだろう。

また、素っ裸よりもエプロンを一枚まとった方が興奮するという見解についてはあえて触れない事にする。
この点については個人差もあるだろうしあちこちで語り尽くされている感があるのでわざわざここで説明する必要は無いだろう。

ここまで読んでくれた方は裸エプロン男性にとっていかに重要であるかが明確になったと思う。
だからこそ逆説的ではあるが、裸エプロンを自分の彼女に強要する事は避けて頂きたい。
夏には蚊が居るし冬は寒い裸エプロンは無防備なのだ。
また油物の料理を作っていたら、その危険性を指摘してあげる事も忘れてはならない。
たとえ手作り唐揚げが大好きであったとしても、冷凍もので平気だと伝えてあげて欲しい。

すべては裸エプロンの為に。。。

関係ないが、このエントリーを思いついた時は自分のmixi日記に投稿しようかと思っていた。
書き終わった後に、割りとそれは無いなと思った。
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