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2012-02-14

パリストン凄すぎ、つかハンターハンター凄すぎ

パリストンがいいやつだった件」

なんてまとめがあったが、いいやつって敢えて安っぽい表現してるのが、かえって深く考えさせられるね

結論から言うと、パリストンはいいやつ

とてつもなくいいやつ

なんせキメラアント作って放したんだから

理由、キメラアント編の結果を見ると

・東ゴルド共和国解体

・NGL自治国→非合法武器麻薬密輸組織の壊滅

ゴルドーは軍事国家正攻法で攻めたら戦争レベルだし、NGL自治国に至っては表向きが超自然回顧主義だから軍隊突入させる事すら不可能な完璧システムを構築している

それが、結果的に見ると、たった数人のハンターの命を犠牲に解決している

戦争起こすより、よっぽど少ない犠牲と言えるんじゃない

さらに言えば、キメラアント討伐の結果、ハンター協会は世界規模のピンチを救うという功績を残している

ハンター認定証を売ると人生遊んで暮らせる、それぐらいハンター特権階級だけど、それはハンターが今までに功績を残しているからで、今後においてもキメラアントの残党狩りのためにハンターの地位は確固たるものとなり続ける

しかゴン達の視点で見ればキメラアント編は苦難の連続だったし、親しい人をどんどん亡くしている

しかし、一般の人間や関わっていない大多数のハンターにとって非常に望ましい結果となっている

「いいやつ」の定義を「大半の人間が望ましい結果を出すやつ」と定義すると、パリストンすっげえいいやつって結論になる

そこで疑問、パリストンはどこまで計算してやったの、少なくとも会長達が失敗したとき世界規模でピンチになるんじゃねえの、てこと

ここで再考察したいのがキメラアントのシステム

キメラアントの社会システムは、女王、もしくは王を倒せば一気に崩壊するシステムになっている

そこで、世界規模のピンチ派遣されたハンターが、何でたった三人だったかと言う話

・貧者の薔薇をかかえているネテロ会長は、一対一の戦いにおいては、勝利か相打ちしかない

・モラウとノブ能力は、会長を一対一の戦いに誘導するのに最適な能力

キメラアントは、トップさえ倒せば崩壊するシステム

成功確率は充分な作戦に見える

それでも、万が一メルエムが予想外に強すぎたりして、会長一行が失敗した場合どうすんの?世界が終わるじゃん、って話になると、活きてくるのが先週の発言

「信じてますよ。決まってるじゃないですか」

パリストンは会長に絶対の信頼を置いていたからこそ実行できた、ていう根拠になる

結果的にネテロ会長は相打ちになったけど、ジン曰くハンター最高の快感

「狙いが自分の思った通り動いた時」

であり、パリストンもまたハンターの一人なんだよね

どこまで富樫が考えてやってるのかわからんけど、やっぱハンターハンターはすげえや、って事で

2012-02-12

http://anond.hatelabo.jp/20090727040837

しかにね、自己嫌悪している間は他者から傷つけられることはないからね。

私も仕事のことについては同僚に厳格さを求めてしまったりするよ。

お金もらってモノつくっているんだしね。

時に激しい言い合いになることもあり、そうなってしまった時は引きづらない

ようにその日のうちに世間話とかしながらお互い笑って終わるようにしているよ。

自分の考えや作ったものを否定されると自分自身も否定されたかのような気持ちに

なり、怒ったり悲しんだりする人いるけど、その人個人を否定したわけじゃなくて、

一緒に抱えている問題について、一緒に考察しているだけなんだよね。

自分自身の軸を確立した方がいいんじゃないかな、楽になると思うよ。

2012-02-02

http://anond.hatelabo.jp/20120202155752

日本文学史で、純文学大衆文学の論争が起きたときも、同じ理由だったんじゃないかという気がする。

そっちのほうは大衆文学の側の

純文学が“ありのまま真実を書いている”って、検証不能じゃないか

また本当に起きたことであっても、書いた人というバイアスを通った以上、その人の主観になる」

に傾き、そして「純文学大衆文学の境目が薄れてきた」現実で論争は終結した。

今の時代は「小説なんて作り話じゃん」が常識だけど、昔は「事実真実でないとダメ」と言っていた人が、

かなりの数いたんだよ。

それより「嘘がソースの話は信用するなボケ」をもっと考察した方がいいと思う。

なぜ多くの人は、言われたことをそのまま信じてしまうのか?

荒俣宏はそれを「アホの力」と名付けた。(と思う)

漫才で片方が何かを言うと、相方が「そうそう、○○ですね~」と復唱する。

疑わない、否定しないお約束なんだけど、(もちろんネタの核心部分に入ったら捻りが出てくるが)

一般人はなぜ素直に信じてしまうのか、せめて信疑保留にしないのか?

そのメカニズム考察する方が、よほど面白い

2012-01-16

途中でボツ。 もうちょっと具体的事例とかわかりやすさとか考慮シないといけない。私自身勉強が足りない。




橋下さんは学者意見を実効性がないとか現場を知らぬ机上論といって批判するが、学者機能できないのはあなたのせいです

森岡孝二が6年前に出版した『働きすぎの時代』にたいして、「働きすぎの要因の考察については「よくわかる」が、働きすぎ防止の指針については「実効性に欠ける」という」批判があったという。本書にたいしても、同じような批判があるかもしれない。しかし、それを大学研究者に言うのは酷である。「実効性に欠ける」のは、そもそも就職協定を守らない、企業コンプライアンス根本が問われるようなことを考慮に入れなければならない現状があるからだ。多少なりとも「守ってくれる」なら、研究者としてももっと違った対応の仕方がある。

学者原理原則を大事にする。積み重ねられた原理原則を元に

このチェックを受けることを拒否し、はなっからルールのことなんて考えずに好き勝手振る舞う政治家学者ができることなどない。

もしそれに置いて役に立つ学者がいるのだとしたら、それは学者という肩書きだけ持ってるが、学者としての仕事をしていない人である

ルールを守らないモヒカンにどもが「ルールの話なんかいいか野球やろうぜ!」と言われたら、審判仕事などできないのだ。

御用学者を好む人間には、まともな学者など何の貢献もできないし、原則としてゃ領分を越えてルール無視に加担すべきではない。外側でみんながルールに気づくのを待つしかない。




そもそも繰り返される現場重視のフレーズが、典型的日本人ビジネスマン勘違いにうまく便乗していていやらしい。

現場力」やら「現場第一主義」という言葉に対する根強い誤解は何とかしなければいけない。

日本の、この手の勉強に熱心でないサラリーマンは、文字ヅラだけ観て、あるいは自分たちに有利だからと積極的に誤読をする。

現場主義って言葉意味を聞いたらどういうふうに解釈するか100人アンケートをとってみたら

トップ現場を知らない。そんな奴のいうことを聞かなくてもいい」「現場意見こそが絶対」「現場を知ってる奴vが偉い」などと都合の良い解釈をするのだろう。

これは非常によろしくないことだと思う。


この手の「現場は偉い」思想の誤解は2点ある。

現場は確かに大事だが、本当に大事なのは、問題と顧客であって、現場で働いている人間ではない。

問題と顧客をうまく取り扱うために、間接的に現場で働く人間大事にされることはあるが、現場人間が大切にされることは目的ではない。

現場人間がこれを勘違いして、自己主観で好き勝手にして、結果として問題と顧客の扱いを誤るなら、その人は現場を知ってる「だけ」であり無能である

あくまで、現場において問題と顧客をよく理解し、彼らのために何ができるかを提示できる人が現場力のある人である

極論すれば、現場に一度も顔を運んだことがなくても、これが出来る人がいるなあ、その人が最も現場を知っている人である


橋下さんの今までの発言を見ていると、全然現場力がある人には見えない。(ただし「それ以上に」大阪教育委員会などは現場力が低いこともあわせて指摘しておく)

目糞が鼻糞を笑っている状態なのに、私は現場を知っていると言われても正直ひくわ。



現場はたしか大事だが、まず組織原理原則や理念が守られることが大事である

というか、議論のレイヤー自体が全く別である

現場顧客・問題)の論理組織って動いてないよね。

トップが考えるべきことと現場人間が考えるべきことは、単にレベルが違うというものではなく、考え方の性質そのものが違う。

現場人間意見だの情報などは、直接の判断材料ではない。

現場がこうだからトップの政策はこうなりました」というものではない。


あなた現場を知らないから頓珍漢な政策批判をする」という主張は論理的に成立しない。





とにかく、現場正義も、絶対的な権利もないのに、あれだけ自信たっぷりに喋ってれば

なぜかマスコミは「こっちが勝ち組だ」と誤解して尻馬に乗り、マスコミ報道は片面的だからすでに勝敗が決したかのように報道されてしまうと。

学者意見について実効性がないと批判するのはある種日本のお家芸であるが、これはアメリカだったらただの無能証明である

民衆に訴えかける段階ならともかく、政策論議段階で学者のチェックを受けない政治家などゴミである

日本ダメ政治慣習を錦の御旗にしてすでに勝ったつもりで官軍振る舞いをしている橋下さんはかなり気持ち悪い。

2012-01-13

おたくのみちはとおい

物事に熱中しやすい気質が、特定の物象に対して執着に近い形で長期に渡る場合おたくマニアと呼ばれるのだろうけど。



個人的に何かにはまればはまるほど、自分の知識なぞ到底おたくには及ばないと思い知る。

例えば漫画にはまったとする。

漫画を全巻そろえて、設定資料集と画集をそろえて、作者インタビュー雑誌をそろえて、

事前予約でサイン会イベントへいったり、作者の過去作品も全部読了し、

金銭があれば漫画派生フィギアを買い、二次創作同人誌に手を伸ばしたり、

コミケで始発から並んで限定資料集買ったりグッズ買ったり。

・・・それでも足りない。

感想考察サイトを覗いたり、2chの専門スレに常駐したり、それでも先人の知識とその知識を引っ張り出してくる早さに驚嘆する。

「何巻の何ページにだれそれのどういった台詞が!」みたいな程度はまだしも、

「どこそこのマイナー雑誌の数行のコラムインタビューでこういう裏設定」とかまでは極められていない。

ど忘れしていたり、設定は覚えていてもソース元まではすらすら出せなかったり。

そういう状況を見せ付けられるたびに、まだまだ自分おたくを名乗るのもおこがましいと常々思う。

たかが十年では全く。ちょびっとモドキになれたかな?ぐらい。

あと何年したらおたくと名乗れるのか、・・・多分何年経っても知識量と迅速な引き出し力の未熟さに叩きのめされそうだが。




周囲はおたくだというけれど、自分自身でおたくだと思える日がいつか来れば幸いで、

まだまだおたくを目指して歩いていく所存です。

2012-01-08

性的自信がない男や草食系男子ほど正常位が好きなのでは

自分のことなんですが。

正常位以外の体位の良さが全然からないレベルです。

正常位で密着して抱き合ったりキスしたりしてるとすごく気持ちいい。

AVとかだと後背位やら即位やらもっと複雑な体位やらが出てくるけど

とにかく正常位以外は試しても全く気持ちよくも楽しくも嬉しくもない。




それで考えたんだけど、

例えば後背位で顔も見えず体も離れた状態でセックスして気持ちいい男と言うのは

自信のある、いわゆる「男らしい」男なんじゃないだろうかと思い当たります

いちいち相手の反応や仕草を気にかけずに自分と相手について総合的な確信があって

自分の思うままに振舞って気持ちよくなれるのは、自信ですよね。




そういう属性を昔は横暴や傲慢かと思っていたこともありましたが、

そうではない、自分に欠けてる物なのではないかと。



自分が、

性器が合体していても

向き合って相手が見えて、

密着したり抱き合ったり首に腕を回されたりしないと気持ちよくないのは

自分と相手について自信が無いからなんじゃないのか。

その状態と言うのはどうなのかと。




ここまで読んでいただいた人、この考察についてどう思われますか?

自分はあまり経験豊富ではないし

身近な同性とも異性とも猥談しません。

はてな男性女性に正常位についての存念を伺いたいです。

他の男性は正常位についてどう考えているのかとか

女性からは正常位ってどういうイメージなのかとか。




トラバでもブクマでも、是非考えを聞かせてください。

2012-01-07

日本メディア間の隔絶について 続き

元記事

http://yorogame.blog137.fc2.com/blog-entry-513.html

9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高いこの文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

またこれらの考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高い蒼井そら社会理想希望について語りながら、性的な事を行う映像を創ることもまた効果であるといえる。

その理屈を使って、ネット上で論じられる著作権問題を憲法が持つ全体の利益という視点を重視して、多少厳密さを欠いたうえで語るなら、インターネット上の無料コピー日本人が一般的に思っているほど、あまり悪いこととも言えないという理屈も導ける。

ネット上の無料コピーによる、著作権侵害違法であるといっても、動画サイトで見るのは良いが、ツールを使って落とすのはよくないとかそういうのは根本的に考えたら些末な問題でやってることは本質的には同じとも云える。それを差異があるように演出しているのはあまり社会を善くするという意味は無いと云う事もできる。なぜなら、どのような方法であれネット上で無料コピーにより著作権侵害するという行為によって逮捕される人は現状、全然居ないに等しいからだ。なのでこのような違法としていて一部はそれを遵守せよ!と感情的になっているがその視点は近視眼的ということもできる。そういったあまり根本的に考えなていない意見によって脅迫をかけるような同調圧力と化していると思う。全体の利益という視点を重視したら、違法としててもろくに取り締まりもおこなっていないやったもん勝ちみたいな、現状の無料コピーに対する意識というのは不自然です。赤信号場合によっては無視してもいいという意識は誰でももっているように、無料コピーにしても、目立つ形でやった人間以外ととても運の悪い人以外には、取り締まりなど無いに等しいから、やるのは個人の判断で赤信号を渡ることと似たようなこと。という意識を多くの国民がもっていたほうが国家としては健全だと私は思う。その国民意識に応じて法を変えれば良い。

そのようなそこの浅いときに、脅迫的ともいえる同調圧力意見というのはネットにはありふれていて、その思考方法を変化させるためにも国家はどうあるべきかという形を分かり易く国民全員に伝えなければいけないと思う。

(終わり)

日本メディア間の隔絶について

日本メディア間の隔絶について 日本のおけるネットオールメディアの最適な関係の構築方法模索

この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、税金を使った事業、公務員などがどのような理念の元に動けと書いてあるか、そのことを強く考え思った人は日本人全体でどのくらい居るだろうか?憲法には全体の奉仕者という言葉が使われている。私はトルストイに感化されてからこの文章を読んだので、とても美しい社会を善くする概念だと勝手に思った。そしてその全体の奉仕者という概念に多くの税金により給料を得ている人間はそれほど熱意をもった意識をしていないかもしれないと思った。

また、ネットTVの間には断絶があると言うべきだろう。ネット人間TVで語ることはあるが、可能性の喚起という観点でみると、相互に繋がりを持たせることに、それほど効率的なやり方ではない。なんか知識人っぽいひとがごちゃごちゃ言う番組はみんないろいろ言うから、理解するコストが高い。これだ!という正解をしめすことよりはインパクトが無い。なのでネット人がTVにでても、ネット人に興味をもってネットのそんな情報を見るのは、もともとそういった資質の高かった人と言う事も出来る。

そして、日本を本当に良くする為に私は、ある程度国民に判断の指針となる理念をもってもらうため、近代国家の行動の拠り所である、法、をそれの最上である憲法重要さを多くの人に見られるように説くことではないかと思う。

現状の憲法の厳密な、正しい正しくないではなく、憲法理念に基づいた行動というのを国民意識するようになったら、憲法解釈は人によって多少差はあるにせよ、ある政治問題について考えるための、体系的な前提を持つことになるので、それを前提として政治意見を言えば同意を得やすくできるのでは無いかと思う。

そのための行動として最も効果的だと私が思うのは、選挙当選する見込みがあるか既に当選した政治家が、日本の様々な問題点を全て憲法に対する意識が欠けているということに帰結させるような理屈で、日本社会を善くしようという、国民ポジティブ意識モチベーションを喚起する理念を語ることが良いのではないかと思う。現在は断絶的なメディア間の差異で国民は虚無感を抱く可能性がとても高いが、その理念に基づいてTVネットも語るというある種の、政治意見がとるフォーマットを構築することが効果的では無いかと思う。

そしてネットTV新聞世界を繋げるために、政治家TV希望を語り人気を集め、その詳しい論拠はネット上にあると示すという形をとるのは効果的ではないかと思う。

大阪政治では根源的なありようのような希望を語ることによって支持をえてるように伺える。そういったやり方を模倣してその流れを促進すれば日本は今よりもっと良くなる可能性があるのではないだろうか。

また考え方をかなり飛躍させて言うなら、多少政治色をもった意味で、中国海外で人気があり日本でも知名度の高い

この文章は雑感のまとめであり厳密性には欠ける。

私がこの文章で問題にしたいのは、日本におけるネットTV新聞がどのような役割果たしているかということある

TV新聞といったオールメディアと、それと比べれば、まだ若いメディアといえるインターネット日本全体に相互に与え合っている影響を考察し、その問題点から今日本にいる政治的影響力を持ちうる人間はどのように振る舞うべきかと言う事までを書く。

まず、社会に対して書かれた文章というものは、文章を書く人間が、抱いた、(社会を)こうしたいという意識を、書くという方法を選択した結果生まれた成果物である

という見知でこの文章では、各メディア(主にネットTV新聞)の主張を捉える。

そういった視点として、メディアの主張の厳密な正しさより、そのメディアの志した方向性によって流れされた情報と、それによって喚起さうる国民感情について考える。

まず、311地震では、日本の各メディアはその問題に関して様々な意見が流れた。地震発生直後は地震その物の話題が大きかったが、原発の問題が発覚してからは少しずつ原発に関する情報が増えて行ったと思う。

この時とそれ以降に、私が感じた事を書く。

私が一番中もくしたのはツイッター上で様々な見解が流された点だ。私が一番印象的だったのは池田信夫である。彼は原発の取材をした経験があると語り、様々な自説を展開していた。それに対して色々な池田氏に対する意見が流れていた、私には批判的な意見が優勢にみえ、池田氏はあまり信用できないなという意識をもった。しかし、他の発言力の高かった人達の発言を見ても、実際どういうことなのかよくはわからなかった。

当然である原発問題初期は原発について情報が不足していて、推理のような部分が多分にあったからだ。色々な人が原発で何がおこっているかについて色々な意見をいっているように見えた。

そして時間が進むと、放射能の問題がでてきた、それに付いても様々な意見が流れていた。

私は無職なので、一日中でもその情報を追う事もできた。だがそんなことをしたいとは全く思わなかった。色んな意見交錯してかつ、正しい情報すら不確かな要素をもっているこの状況に情報を追うより、ある程度(半年一年くらい)立ってからそういった過程を経て生まれた、纏まった情報、例えば新書などを見たほうが確実に問題が良く分かるだろうと思ったから。それに、私が原発のことを知っても、対して社会意味は生じないという思いが意識の片隅にあった。

その間のTVと、ネットの関係はどうであったかは詳しくはわからないが、様々な原子力に関連のある組織善意ネット上で公開したものにたいして、TV側が紹介をするということはあったとだろうと思う。それによって、日本社会に対する情報の取得源としてTV比重が大きい人間に、ネット情報を参照するための意識を喚起した可能性は高い。

だがこのことによって、日本社会は対して良い影響を受けなかっただろう。何故なら、一般人原発に関して詳しい情報を知ること自体に私はあまり意味が無いと思うからだ。まず理解するのがコストが高い。そこで問題にたいする意識が削がれるだろうと思う。そして一般人政治的影響力があまり無いので、厳密に正しいという情報をもっていても有効活用はあまりできない。そしてそれらの厳密な情報政治的影響力の高い人間にとってこそ有効であることは云うまでも無い。だが日本ネット上では政治的な問題の意識の高い人間の間で、原発科学的に厳密な情報を求める意識が高くなっていたと思う。だが現在から見て見ると、科学的な厳密さを考える事をもっと専門化にアウトソージングして、その原発問題の結果が与える影響とそれにより、日本社会が取り得るべき選択の可能性に、日本国民意識というコストを割くべきだったと私は感じる。これはあくまでネット情報をあまり熱心に追わなかった私の感じたことである。本当にどのメディアも積極的に見ていなかった難しくてめんどくさくてついていけないと思ったから。

原発科学情報を流すという方法とることの理由の根本は、日本社会を善くしようという物であると思う。その方法がもつ目的効果を最大化させるために取り得る方法は何か。

国民に問題が起こっているが、対処にあたっていて良い結果を生むために努力をしているという姿勢を示すことである。それにより国民政治希望と期待などのプラス感情モチベーションが喚起される。よってあの次点で注目を集めるべき情報としては、正しいやり方でやっているという理念を示したものである。それにより希望をもてば人は情報自分から進んで集めるか、焦りのような感情をもって科学的厳密さを追うこともなかっただろう。

当時にこういう指摘をしたひとはいたかもしれないが、正直全然探す努力をしていなかったので全く知らない。何か政治に語りたいなら積極的に情報をあつめるのが筋だろうけど、そういう動機付け全然得られなかったんだ。そういった感情を掘り下げて得た見知で纏めているののがこの文章でもある。

それで原発初期から少しして以降の私の事を書く、私は精神病院入院していた、院内ではTVしか見られなかった。3週間くらいで退院したが、TV軽くみたりネット軽くみても、原発に関しても地震に関しても似たような話というか、個人的に目に付く範囲で見た場合、個別の問題とでもいうべき問題について色々書いた文章ばかりにおもえて、はっきり云ってこういう物を私が読んで何か考える事に何の意味があるのかという思いを持っていた。そういう問題点を指摘したひとはあったかもしれない、だけど目に付かなかったのでどうでもよかった。

病院から退院してからは、大帝国とかランスクエストをやったりしてた、他に適当に本よんだり、読書メーターというのを初めて読書の記録をシステム的につけるようになって中々本を読むのが楽しくなったり、英語勉強したりしていた、政治的なことに関してはそれなりに適当に見てたけどあまりよくわからなかった。だが10月02日にLeague of Legendsというゲームを始めて猿のようにやりまくっていた12月20日までやった。1試合平均35分前後かかる試合を900試合くらいしたと思う。その期間いつもみている政治的な主張の多いblogとか20サイトくらいいれているgoogle リーダー全然アクセスしなかった。

それで、League of Legendsを止めてからまた本読むのが楽しくなってきて、色々と読んでいた。LoLで得られた経験から、本を読んで色々より強い影響を受けて、適当blogにアホなおもいつき書きまくってた。どのような影響を受けたかというと、トルストイを読んで、社会全体の幸福志向する事の美しさみたいなものを学んだ。

話を戻そう、つまり、色んな人が色んな目的でいろんなことを言っていたと思うが、私は2ヶ月もそれを無視してゲームやり続けても何とも思わなかったのだ。それがどういうことかというと、メディアは私の理屈で言えば、私の行動を変えさせる、メディアがしたい問題提起に私のモチベーションを喚起させる行動をとることは不可能ではなかった、何故なら凄い影響力の高い意見なら、私の見ている範囲のネットblogにも情報は届くからだ。

そういう可能性をに影響を与える方法をとるということを考えることが大事であると思う。

その方法論を私なりに書きたい。

まず日本人には、共通のどういう社会を目指すべきかという根本的な理念が欠如しているように思う。たとえば憲法である憲法理論上は国家のありようを書いた文書だ。9条には問題があることを知っている人はいるだろう。だけど、Permalink | トラックバック(0) | 04:44

2012-01-06

2012年初頭でのライトノベル関連のニュースサイト考察雑感


ライトノベル総合情報サイトラノベニュースオンライン
http://ln-news.com/

ニュース更新頻度は、まあ普通レベルな印象。今のところオリジナルの企画としては、インタビュー記事が多い。(だが角川系レーベルへのインタビューができていないので、今後はMF文庫Jインタビューもできなくなる可能性も?この辺りは「このライトノベルがすごい!」あたりと事情が重なっている?)

今までのニュース更新を見ている限り、中の人ニュース更新スキルは(まだ慣れていないからか)中途半端な印象が強い。それにライトノベル全般の知識量も半端な印象があり、サイト構築に使っているブログツールの「WordPress」を上手く使いこなしていないようにも思える。せっかく「WordPress」を使っているのにスマートフォン対応用のページが用意されていないようだし。

あと正直なところ、単価が高いアニメ関連商品を除いて考えた場合、1冊の単価が安いライトノベルで商用サイトとして(Amazonアソシエイトだけで)儲けを出すことができるのか微妙ではないかと思うのだが、実際のところどうなのだろう?儲けが出なければ運営が先立たないので、長期間に亘る運営は難しいのではないと思うのが……。

どこかの小金持ち趣味で運営されていることを期待して、それなりに長くは続いて欲しいとは思っています




かつくらWEB(試行錯誤中)
http://katsukura.xxxblog.jp/

こちらもある意味では商用サイト的な存在。元「活字倶楽部」、現在は「かつくら」の編集部が運営されているブログ

ラノベニュースオンライン」と比べると商売気がかなり少なく、雑誌かつくら」を作る上での情報収集的なログみたいな印象が強い。その分、長く安定して運営してくれるようにも感じる。

情報はかなり多め。ただし少年向けライトノベル以外の情報も多く、というか少女向けのライトノベル情報や、若い人に人気の高い作家情報なども多いので、少年向けのライトノベル情報けが欲しい人には、やや不向きなところもある場合も。

しか現在のところ、更新頻度は高いので、チェックしていて損はないところだと思います




ライトノベルを書こう!!
http://lightnovel.jpn.org/

ライトノベル公式サイト更新情報を見るだけであれば、便利なところ。

ニュース過去ログはないみたいなので、情報を遡って探すというのには不向き。




リココのLieと述べる記憶
http://d.hatena.ne.jp/niconico_licoco/

ニコ生ライトノベル関連の放送をやっている方。

ブログ的にはライトノベルニュース専門でもないようだし、情報収集更新不安定なところがあるので、今のところは微妙な印象。




新装版 ライトノベル速報中
http://raitonoberusokuhou.blogspot.com/

更新頻度は高め。ただ公式情報というよりは、個人ブログまとめサイトなどの情報経由でのニュースが多い印象。




最後にこちらを。




気が向いたらのライトノベル週報
http://d.hatena.ne.jp/latio/

年末での更新終了が悔やまれます

自分の中では、ライトノベルのニューサイトスタンダード的なところでした。安定したニュース更新シンプルな記事構成、他では取り上げていない公式サイトからニュースを見つけてくる情報力の高さなど、ライトノベル情報を扱っているところとしては、トータルバランスの高さで隙がなく、非常に優秀なところでした。

ニュース記事のカテゴリー分けも細かく、はてなダイアリー機能を上手く活かして運営されていたので、過去記事の一覧性も良く、便利で完成されていたところだったと思います

下手なライトノベル感想サイトログよりも、大変貴重と思われるニュースログなので、是非ともプライベートモードの解除をお願いしたいところ。まだログの削除をしていないことを期待します。


長い間お疲れ様でした。





自分としては長く見ていた分、「気が向いたらのライトノベル週報」はライトノベルニュースサイトとして完成度の印象に非常に強いです。

ページを開けば、数日分の何個かのニュース記事を閲覧できるシンプルな構成で見れましたし、カテゴリーけがしっかりとされていて、レーベルごと、アニメ情報ドラマCD、部数情報など、キチンと分かれていていました。

基本的にはシンプルな記事構成でしたが、何気なく「関連記事」や「関連リンク情報も加えられていて、その記事で取り上げられていた作品や作者情報の中から関わりの深い最近記事などをピックアップしていたので、これらは他のところでは余りされていない付加情報でしたので、丁寧さを感じるある種の職人的な仕事ぶりだったと思います

復活、または後継サイトの登場を期待したいところです。

2012-01-01

http://anond.hatelabo.jp/20120101201015

全体として原因はわからないけど全方位的になんでもやる!みたいなリーダーほとんどで、たまに変種が出てくる。

変種っていうのは

小沢一郎:政策ってのは伸るか反るかしかないんだから二大政党制でガツガツやんないと。早く二大政党制に!

小泉純一郎財政投融資が悪い、ゆうちょが財源になるのが悪い、まずは郵政民営化

橋下徹二重行政無駄大阪都構想

みたいな人たちね。

それぞれ独自の視点でどこが問題なのか考察して、そこにターゲットを絞って遂行する。

その考察が正しいかどうかは別として、実行力がその他大勢とは段違い。

そりゃその通りで、なんのプランもなければ、局面局面でブレまくってる他のリーダーたちはちゃなにもできやしない。

ただ、有権者だって、原因がなにか一つで、なにかをやれば上手くいくってほど世の中甘くないことはわかってる。

でも、全方位的に際限なく金をばら撒いくその他大勢にはウンザリしてる。

2011-12-31

2011年内に出版されたワンピース関連書籍

商学部やら文学部学生が、卒業論文とかサークルの出し物でワンピースを取り上げればそのまんま本になるくらいの勢い。

この手の本を買うときは「書き手のプロフィール」をよく確認してから読むようにしたい。

逆に言えば、一生に一度くらいは本を出したいと思っている人は今がチャンスです。ワンピースコラボしてなにか本を出せないか企画を考えてみよう。



個人的に最も面白かったのは・・・モンキー・D・ルフィの「D」はドラッカーだった」 阿部美穂 <ドラッカー学会会員 

次点高校球児が仲間のことで悩んだときは「ワンピース」を読みなさい!! (野球指導書編集委員会) といい、

ドラッカーバブルに乗り遅れた方々が必死に次の寄s・・・コラボ相手を求めてさまよっている様がとても微笑ましいですね。




ワンピースビジネス

漫画ワンピースは、これから時代ビジネスバイブルだ! 徳永 秦  <Amaozn書評が全員身内褒めでかなり気持ち悪い

ルフィの仲間力  『ONE PIECE』流、周りの人を味方に変える法 安田雪 <「社会ネットワーク分析」が専門の教授

ワンピースに学ぶ勝利の交際術 平居謙              <詩人空手家

ワンピース」はなぜ人の心をつかむのか―「ONE PIECE」はなぜ売れるのか (ベストセレクト) 富田 英太 <ワンピース新世代の司馬遼太郎とかねーわ




ワンピース人生

ワンピース』に生きる力を学ぼう! 平居謙             <2冊目。この人どんだけワンピース好きやねん

ワンピース言葉 遠越 段   

  <1万冊を超える読書によって培われた膨大な知識をもとに、独自の研究を重ね、難解とされる古典を現代漫画をもとに読み解いていく手法確立って・・・ブログとかあるのかな?

ワンピース言葉が教えてくれること (ルフィと仲間たちに学ぶ生き方」の教科書) 方喰 正彰 <プロフィールなし

ONE PIECE STRONG WORDS 上下巻  尾田 栄一郎、 内田 樹 <内田樹ワンピース論は結構面白かった



ワンピース「世代」>

ワンピース世代」の反乱、「ガンダム世代」の憂鬱 鈴木貴博 :注目株。そういえば「ガンダム」程読者の顔が見えないのだよね。不思議




<なぞのコラボ

高校球児が仲間のことで悩んだときは「ワンピース」を読みなさい!! 野球指導書編集委員会

モンキー・D・ルフィの「D」はドラッカーだった  阿部美穂

ワンピース最強恋愛 ワンピわくわく研究会

ONE PIECE 海賊キャラ弁BOOK (FLOWER&BEE BOOK)




考察系多すぎワロタ ワンピファンで48作ればいいのに>

ワンピースルフィの謎   ONE PIECE考察

ワンピース』の教科書 ONEPIECE考察

ワンピース』王下七武海の謎  ONEPIECE考察

ワンピース研究ノート ONEPIECE考察

ワンピース』読解D ONE PIECE考察

ワンピースマル秘解体全書 (青春文庫) 海洋冒険調査団

ワンピースマル秘解体全書 (青春文庫) 海洋冒険調査団

ワンピース快読団 ワンピース世界研究所

ワンピース愛読団 ワンピース世界研究所

ワンピース最強読解 (ワンピース最強シリーズ) ワンピわくわく研究会

ワンピース最強読本 ワンピわくわく研究会

ワンピース究極解読 マニアックス解読委員会

ワンピース最強考察プラス ワンピ漫研

超読解 ワンピースが教えてくれた人生大切なこと自分の“宝”を守るために必要なもの 海賊行動学研究会

ワンピース最終研究海賊王の血脈と古代文明の謎 (サクラ新書) ワンピ考古学研究会

空想科学読本8 (空想科学文庫) 柳田理科雄近藤たか





やおい系の本が出てるけどこれどういう仕組み?

ジールアンドスウィート21 (ほくこみ同人アンソロジー)

海賊ゲーム外伝ゾロ×サンジ ラブディスカバリー」 (POE BACKS)

同人作家コレクション114 光葉 (POE BACKS) 光葉

同人作家コレクション103早乙女神楽 (POE BACKS) 早乙女 神楽

今田まことおまめ (K-Book Comics) 今田 まこと

エースタイル (ほくこみ同人アンソロジー)

同人作家コレクション99ケチャップ (POE BACKS) ケチャップ

海賊ゲームエース外伝2 (POE BACKS)





しかし、考察系が無駄に多いのを除けば、もっともっとたくさん出てもいいのにまだまだ少ないと思う。(ドラッカー関連本はこの3倍くらいある) http://uwasano3.web.fc2.com/druckertyo.html

ワンピバブルは2012年が本番になりそうですな。

2011-12-30

私が転職を決めるまでの考察

年末で落ち着く時間ができたので書いてみる。




私事ながら、この冬に転職をすることにした。

「新しい分野に挑戦をする」

これが私が転職の公の理由である

役員仕事をしないで遊んでいたこと

役員3.11震災の翌週に社員へ何も告げず遠く離れた地方避難していたこと

そういった不満は多々あったが、今回は個人の人生としての働く意味をまとめてみたい。




今までの会社IT系零細企業で、業績は横ばいだったがその状況に満足している会社であった。

業績が上がり仕事が増えれば人員が必要になるので横ばいを目指していたのかも知れない。

技術要員は自分一人であった。

会社として新しい技術採用せず、過去の安定した技術運用をしていた為回すことができていた。

社員の人数が少ない為に技術以外の経理や営業、総務仕事も行なった。

これは会社を回す基礎知識を知ることができて良い経験になった。

そんな会社で私は3年程満足して働いていた。

個人が会社へ貢献していることが実感できたし、会社からもそれ相応の報酬を与えられていた。

しかし、ある時からその働き方に満足できなくなってしまった。




そもそも、人が働くことの何に喜びを感じるかを考えたところ "個人・会社・世の中の3つ全てに貢献すること" なのでは無いかという結論に達した。

「世の中に貢献する」

漠然とした言い方ではあるが、少なくとも今までの会社は世の中に貢献できていないことはわかっていた。

私自身、いずれは起業するつもりでいた。

しかし実際に起業をした周りを見てみるとWeb制作会社アプリ開発会社など "そのネタ起業をして何が楽しいのかわからない会社" を作っていた。

"何が楽しいのかわからない" ことが今まではぼんやりとしていたが今回明確にすることができた。




世の中へ貢献できない会社には在籍したくない。作りたくない。

そう考えると、

今までの会社にいる意義はないように感じ、

転職したい会社もなく、

世の中へ貢献できる会社を作る自信もなかった。

そんな悶々とした日々を過ごしながらも、遂に世の中へ貢献できるであろう会社を見つけることができた。

その会社に個人が貢献をし、会社から報酬を得る。

良い循環の中に入ることが私の喜びであった。

世の中に貢献できれば、現職でも、起業でも、転職でも何でも良かった。

今回は目的を達成する最適な手段として転職を選択した。




会社に入り、会社に貢献をし、相応の報酬をもらい、満足するはずなのに満足できない。

そんなあなたは "世の中への貢献" を欲しているのではないだろうか。

http://anond.hatelabo.jp/20111229203616

うーん、そうかなぁ。今の男性の高い自殺率は、男性への期待値が高すぎるからでしょう。

Buss&Schmitt1993 このPDFのP21

http://www.psy.cmu.edu/~rakison/bussandschmitt.pdf

各国の比較日本人女性は他国に比べて男性への依存度が高い(アメリカっていうよりザンビア)

日本場合、男女で『パートナーに求める年収』に激しい差異があるのです。

日本人女性男性依存しすぎです。



平成17年版 国民生活白書 女性結婚相手に対して経済力を重視している

http://www5.cao.go.jp/seikatsu/whitepaper/h17/01_honpen/html/hm01020101.html

また過去から現在にかけて、女性雇用は拡大、平均賃金は上昇していますが、女性男性への期待値は下がっていません。

女性の92.1%は経済力も理由に配偶者を選択するが、男性は30.2%でしかない。

この事からフェミニストがいう

女性雇用社会的地位が低いか男性への期待値が下げられない』

という事が嘘であることが分かります



自殺にみる男女格差 - Chikirinの日記

http://d.hatena.ne.jp/Chikirin/20100616

男性経済的なプレッシャーを受けた結果、死んでいる、という事ですね。

未来永劫、男性自殺率を低下させることは無理なのかもしれない

うーん、そうかな?と私が思うのは

1. 女性男性への期待年収を下げる

2. 女性賃金を下げる

という方法がある、と思うからです。



「2」に関しては上昇指向をもった女性自身が少ないため自然に実現すると思います

アファーマティブアクション等の自然競争でない、不公平なバイアスがなければですが。

「1」に関しては

女性観点での自己評価が低くなる

結婚年齢を下げる

で可能なんじゃないかなと思います



女性全体の価値は若い女性の減少で下がります

それに応じて自己評価もじわじわ下がります

(10年前、まだ若い女性が多数いた時代、根拠のない自信にあふれた女性が沢山いました)

人口増加が見込めず、若い女性の数は減る一方なので不可逆的に女性全体の価値は下がりつづけるでしょう。

結婚年齢ですが、今、30歳以上の女性に関して男性からネガティブ意見が出まくってますよね。

あと数年続けばさすがに女性にも理解されると思います

(「anancancan読んでる女性2chまとめサイト見るか?」ってーと、そんな見てない訳で、

まだ数年続く必要があると思います)

また結婚年齢が下がると男性への期待する年収も下がります

若い女性は「豊かな生活」って分かってないです(年収低いですから)。二人で一緒に豊かになりましょう。

結果的に男性へのプレッシャーも減って自殺も減るでしょう。



また女性賃金が下がれば、女性の上昇婚志向を満たす社会が実現することになります

結果的に婚姻件数も増える、と思ってるんですけどね。



以下、ちょっとブコメ対応

2011/12/30 zions

え?なんで男性依存するかの考察は無し?女性結婚出産で失職(休職)し夫の経済力依存するから配偶者の選択で経済力重要だろ。女性賃金が下がれば、男性への依存は上がると思うのだが。

はい、貴方の言うとおりの理由から女性の上昇婚志向文化によらず全人類に見られます

これは最初リンク、Buss&Schmitt1993の国際比較を見てもらってもわかりますよね。

(ただ日本人女性経済依存度は他国と比較すると圧倒的に高いです)



ただ先進国になるに従って経済依存度は減るケースが一般的でしたが、

日本人女性では賃金上昇とパートナーへの経済依存度が反比例しなかったのです。

女性賃金が「上がれ」ば、男性への依存度は「減る」のが普通と思われていました。しか日本ではそうはならなかった。

女性賃金が上がれば、男性への依存度が下がる』ってのは幻想です。

2011/12/30 indication

期待値を下げるには、実際に家庭をもった女性を理解できないと、始まらない気がする。家内独身だとわからないだろうな的なことを言っていた。

ちょっと誤解があるかもしれませんが私には妻子がいます女性の上昇婚の事は把握していましたので、私は社員彼女派遣社員という組み合わせで結婚しました(職場は別です)今は上手く行ってます(w

2011/12/31 lcwin

自分世界だと世の中の女性ファッション誌みながら2chまとめブログも読んで釣られるし、BLギャルゲーも歴ゲーも楽しむものです

いいですねー。そういう女性が増えてほしいと思います。その女性、今は20代かな。

2011-12-29

自殺率が高い理由について考察

絶滅の森 〜アマゾン最後の民シクリン〜という番組でこういうシーンがあった

ある男「娘と結婚したい」

娘の父親「成人の儀式を受ければ認めてやる」

(翌日)

部族長らしき男「男として認められたければ、痛みに耐えろ!」

(踊りののち、スズメバチの巣へと向かっていく。男の母親儀式最中自分の体をナイフで傷つけていた)

シクリンという部族では痛みに耐えられない男は男でないという暗黙のメッセージが漂っている

日本でも、ぐちを言う男は嫌われ、ぐちを言いたくなる状況でも言わないように我慢してないと、女から恋人対象の男として見られることはない

男は男として認められたければ、どんな時も我慢して耐えるしかない

でも、我慢には限界がある

臨界点を超えれば自殺するかプッツン切れる以外に道はない

現実的に考えてみると、プッツン切れることは社会的に非常にまずい

下手すれば警察沙汰だ

それを避けるには自殺するかない

一部の国を除き、男性自殺率が高いのは自殺する以外に手段が限られていることが原因なのかもしれない

男性自殺率を下げるには我慢しないと男性として認められないという状況を変えるほかない

だが、フェミニストたちは男性の声を上げるだけで抹殺しようとする

それ以外の女たちも我慢しない男は男として認めない

頼るべくは周囲の男たち以外に道はないのだが、恋愛したければ、我慢しないといけない状況ある以上、頼りになりそうにない

未来永劫、男性自殺率を低下させることは無理なのかもしれない

2011-12-23

http://anond.hatelabo.jp/20111223203513

あとフェミニストは、なぜか主婦に冷たい。

もともとフェミは『家族』とか『家庭』という構造自体に反対している人間が多いってのもあるが。

WAN:Women's Action Network労働概念は変化したのか?  伊田久美子

私は70年代以降のフェミニズムは、以下の2点を明らかにしたと思っていた。

ひとつは、稼ぎのない妻の利害は「稼ぎ手」である夫と一致しているように思い込まされてきたが、

それは必ずしも一致しないこと、もうひとつは、「主婦」と「働く女」の利害は対立していると思い込まされてきたが、

実はけっこう一致している、ということである

ミクロ権力関係を含んだ「家父長制」と、一心同体とみなされてきた家族の中の仕事労働であると主張した「家事労働」という二大キー概念は、

これに呼応している。さらに言えば、ジェンダー論は労働/非労働の二項区分の自明を問い直す画期的ツールだったはずである

ここまでは解る。個人的にも、ある時点まではフェミニズム社会に有益な働きをしてきた、とも思ってる。

しかしこの日のシンポジウムを聞いていると、どうやら二つとも私の勘違いだったかのようである

むしろ女の多様化とか女女格差という議論の展開によって、上記の課題重要性は希薄になっているのだろうか。

しか70年代の「女」というアイデンティティは今の時代には既に齟齬があるだろうし、

この変化は機会を改めて考察したいテーマであるしかしあのとき開けた構造認識は、

運動にとって貴重な相互理解を可能にしたであろう。

なぜなら女たちが手探りで模索したフェミニズム理論とは、異なる立場の者、知り合うこともない者との連帯を可能にするためのツールだからである

私が衝撃を受けたのは、多くの発言の「主婦」についての辛辣で冷ややかな口調であり、

ほんの少し異なる立場への想像力と寛容の欠如であった。「主婦フェミニズム」という批判もあまりよく理解できなかった。

http://wan.or.jp/reading/?p=5396

運動が拡大する前は、どうしても頭数がいる、そういう利害もあって

活動に参加する時間がある専業主婦層を大量に取り込んだって感じなんだろうか。


そして今は女性側の権利もほぼ満たされ、より雇用の拡大をポジティブアクションで実現しようとしている、

そんな段階に達してしまうと、フェミ観点では主婦って面倒な存在なのかな、と思ったりもする。

2011-12-21

http://anond.hatelabo.jp/20111221051928

全体的にとても納得な内容だった。

共感できるところもあるし、共感できなくても理解はよく出来た、ありがとう

「一時的にでも生身を他人の自由に任せる」というところはまぁそりゃたしか重要だよね。

確かに、色々な危険がつきまとうという意味でも、そういうこと大きいような気もする。

あとは、やっぱり性(性欲)に対する特別な意識なのかな。と理解。

# 僕は性欲も単なる欲望の一つとして、食欲とかと一緒に捉えちゃってるから、あんまり嫌悪感を感じないんだろうなと。

# あと、友人と恋人愛人の差もあんまり感じないし、線を引きたいとも思わない。

# だいたい、見た目がとびきりステキな(主にお金目当ての)女の子って、普通にお付き合いしてもお金かかること多いし。

# とびきり美味しい物を高い値段で食べるのと、とびきりステキ女の子と高い値段で遊ぶ(抱くことも含め)のと同じイメージなんだよな。

# 食事も女の子も気に入ればリピートもするし、女の子なら一緒に旅行にも行く。

# おいしいお店なら貸切で仲間と一晩楽しませてもらう。

# おいしいお店の料理人と仲良くなって別のお店にご飯一緒に食べに行くことも(これは食欲ではなく友人だな。。。)。

# どれも楽しい時間好きな人や仲間と共有する、ってことなんだよね。

# 以上、自分語り終わり

元増田に対しては、一括りに卑しいと決め付ける態度がなんかなぁ、と思いコメントした部分もあったので、

今回の内容については(元増田とは別人だし)、冷静な考察と共にどう考えているか分かった。どもです。

割合についてはデータが無いのでなんとも言えないな。

人をひと括りにタイプ分けするってのは効率いいけど、一方安易な思考停止をよびそうなのと、人を見ていない感じが嫌だなーという程度の意見

増田は違うみたいなので、問題ないっす。

[てるあき]http://anond.hatelabo.jp/20111221220839

はじめまして♪非常に読みにくい文章ですね。

ゲハ厨セカイ系という奇怪なタイトルからある程度覚悟していましたが、最後一言が「なんだかセカイ系のような気がする」と意味不明しかし書いてある内容は非常に興味深いですね。

ゲームあんまりやらない僕がいうのもなんですが

ゲームがつまる所ソフト依存なのは同意できますしかソフトハード依存しているのではないでしょうか?たとえばwiipspでは操作や錨鎖が変わってっくるはず。当然ソフト系統がにかよってくると思います。そういった意味での好き嫌いは当然でてくるのではないでしょうか?

最後に、セカイ系について考察させてください。

僕はゲハ厨に限らず、全ての人間セカイ系だと思っています人間認識できる範囲は限りなく狭く、小さいものであります。それはそれで構わないと思います。その中で他のセカイをもったセカイ系の人々と触れ合うなかで自分のセカイが少しずつ変わっていく。人はそうやって生きているのではないでしょうか。必要なのはまずは自分のセカイに自信を持ち、それを人に伝え、人から教えてもらう。そういった姿勢だと僕は思います

2011-12-16

http://anond.hatelabo.jp/20111216141301

要求するだけなら、実は簡単なんです。例えば、私は耳から聞き取ることが苦手です。だから、「指示はメモメールなど、目に見える形で頂けると助かります」と申し上げることは出来ます。ただ、「ボイスレコーダーを隣に置いて仕事をし、指示を上手く聞き取れなかったときレコーダーを聞き直しながら仕事をしてもいいですか?」でもいいと思うのです。また、私が思いつかないだけで、他に配慮して頂ける方法もあるかもしれない。

言うだけ言えばいいんじゃねそれ全部…

 その中で、どんな配慮がいい?と尋ねられても……申し訳ないですが、それは私には分からないですメモを渡す方が都合のいい職場もあるでしょうし、メモを渡す余裕のない職場かもしれない。どんな配慮が出来るかは、職場によりけりだと思いますから

それはあんたの「言うだけ言う」を受けて職場が考えることじゃね…

また、これは純粋に、他の方からのご意見を聞きたいと思っていることですが、

貴方が面接側の立場だったとして、一方的に「ああして欲しい」「こうして欲しい」と要求ばかりする求職者を採用したいと思われますか? 

どうして欲しいかからない人よりはニーズ述べる人のほうが入れ易いんじゃね…

例え障害を理由で要求しているにしても、自分からの譲歩を見せないように見える求職者を、

譲歩するとかしないとかは

互いのニーズすり合わせる段階で(入社した後で)考えることじゃね…

 だから、私は障害については出来るだけ説明するようにしており、

具体的な配慮については「実際にやっていかないと分からない」と答え、

事前資料から意図的に具体的な欲しい配慮例は書きませんでした。

意図的だろうとなんだろうと

具体的なことが何にも書いてない&聞くと口ごもる人は採用しづらいよね…

それって「私との連絡は全部テキストベースにして欲しい!ここは譲れません!」よりずっと採用しづらいってわかってる?

後者はただのリスクで、前者は予測不能のデンジャーだから





 貴方が私の立場なら、どう返答されるでしょうか。

私が貴方なら、自分のして欲しい具体的なことを思いつくだけ最初に全部言います

内容は広く、言葉としては簡潔に



その際の細かいコツとしては

>「指示はメモメールなど、目に見える形で頂けると助かります」と申し上げることは出来ます

>ただ、「ボイスレコーダーを隣に置いて仕事をし、指示を上手く聞き取れなかったときレコーダー

>聞き直しながら仕事をしてもいいですか?」でもいいと思うのです

こういうのはあまり良くない

あなたとしては誠実に様々なオプションを示しているつもりであっても、

口頭で聞いてる相手はなにか、扱いきれないほど膨大で煩雑なことを言われてる気になる可能性はある

例えば「指示はテキストベースで頂きたい」であれば

貴方が言っていたこと全てを含みながら簡潔で、相手も聞きやすくなります

なんでもないような感じに広範な事を要求するのが大事




あるいは、面接官の立場だったとして、

どう返答されたらわかりやすいものになるでしょうか。

面接官の立場としては、まず何より

あなたの障害に対して必要なコストが「自分達に対処可能なものか」について気にしてると思います

あなた自分の障害についてわかってる範囲で「こういうことが必要ですよ」と言えばいい

もっと言えば「それなりの便宜は必要ですけど、あなた達がコントロール不可能なほどの事は何もありませんよ」

と示してあげればいいだけ

まず、私の中では、

障害者=怒られない、は存在しない。また、障害者=必ず配慮されるべき者……ではないような気がする。

そもそも、間違えた部分は、注意されるべきだし、怒られるべきだと思う。指摘されなければ、間違いは分からないのだから

理不尽なのは、『何故』怒られるのかが『分からない』こと。なぜなら、『分からない』ままだと、『直す』事が出来ないから。そして、直す方法を考える手段がないまま、『直せ』と言われるのは、流石に理不尽だと思う。

ただ、それを説明するのは難しい。なぜなら、これまでの人生で口にした時は『言い訳』としか取られなかったから。

ーーと、その辺の所をぐだぐだ説明した(注:たしか、このあたりで泣き始めた)ところ、

あなたのこれは悪いけど面接という限られた時間、限られた目的フォーマルなシーンでは真面目すぎるし深すぎる

相手がそういう話を求めてなかったのはその場に居なくてもわかる

貴方にとっては障害が日常であるからそりゃ障害についての考察は深く深くなるだろうけど

相手はその道の初心者だと言う事を貴方の方から配慮しないといけない




他の面接の例にするなら

「在学中に〇〇の研究をしたそうですが、どんなものですか」って聞かれたとして

その会社と関連性のある部分だけダイジェストにして簡潔に喋るよね

その研究科学史上の深い意義や本質とか、それやってるとき自分史とか、研究完成間近に愛犬が死んだドラマとか、

そういうのは面接では悪いけどノーサンキューだよね






>「普通の人なら、間違えたら『違うやろ』って叱れる。でも、障害者の人を叱ることは出来ない。

>なぜなら、障害が原因で間違いを起こしていたとしたら、それを叱るのは理不尽でしょう? 

>それならば、そもそもその向かない仕事はしてもらわずに、出来る仕事をしてもらえばいい。

>でも、貴方のように目に見えない障害で、何を配慮したらいいかからないと、こちらもどうもしてあげられない。

>だから理不尽に叱ることにも繋がってしまう」

貴方はどう思いますか?、と聞かれたものの、私は最初「どう思う?」の『どう』の意味が分からなかった。

何が質問であり、疑問なのかすら分からなかったのだから

例えば

真剣なご懸念をいただきありがとうございます

 仰るとおり、私の障害は一目で見てわかるようなものではなく、ご心配趣旨はわかります

 そこで私は本日自分の障害のある分野を簡単にまとめたレジュメを持参いたしました。

 これに目を通していただくことで、私の障害の傾向やパターンのようなもの

 障害のない皆様にもご理解いただけるものと考えております

 どうぞよろしくお願いいたします。」

と述べれば

相手の質問が不明瞭なままでも話の流れはこっちの都合に沿って進むし

相手もそれに沿って会話を続行するよ




「どう思う?」っていう質問は確かに指示方向が広範で、あまり真剣に考え出すと意味がわからなくなる

そういう質問の仕方をする人は、慌ててるか、頭が悪いか、どっちにせよ混乱してる

私はそういう時は全部自分の都合のいい方向に回収して自分の演説おっぱじめちゃうしそれで得をしてきた

ただこれが貴方に真似可能なテクニックなのかよくわからない




ぱっと見ると貴方には「図々しさ」と「相手の立場を読む心」と「適当さ」が足りてないように見える

過去に「図々しい」とか言われた事があってその反動でそうなってるの?

それとも昔からずっと今の調子なの?

もし後者なら自分の考えや要求はどんどん言った方がいいと思う

ただし深いレイヤーは避けて、浅く浅くね

2011-12-12

コンピュータプログラミング概念技法モデル」の目次

第1章 プログラミング概念入門
	1.1 計算器
	1.2 変数
	1.3 関数
	1.4 リスト
	1.5 リストについての関数
	1.6 プログラムの正しさ
	1.7 計算量
	1.8 遅延計算
	1.9 高階プログラミング
	1.10 並列性
	1.11 データフロー
	1.12 明示的状態
	1.13 オブジェクト
	1.14 クラス
	1.15 非決定性と時間
	1.16 原子性
	1.17 ここからどこへ行くのか?
	1.18 練習問題

第1部 一般的計算モデル

第2章 宣言的計算モデル
	2.1 実用プログラミング言語定義
		2.1.1 言語の構文
		2.1.2 言語意味
	2.2 単一代入格納域
		2.2.1 宣言的変数
		2.2.2 値格納域
		2.2.3 値生成
		2.2.4 変数識別子
		2.2.5 識別子を使う値生成
		2.2.6 部分値
		2.2.7 変数の,変数への束縛
		2.2.8 データフロー変数
	2.3 核言語
		2.3.1 構文
		2.3.2 値と型
		2.3.3 基本型
		2.3.4 レコード手続き
		2.3.5 基本操作
	2.4 核言語意味
		2.4.1 基本概念
		2.4.2 抽象マシン
		2.4.3 待機不能な文
		2.4.4 待機可能な文
		2.4.5 基本概念再訪
	2.5 メモリ管理
		2.5.1 末尾呼び出し最適化
		2.5.2 メモリライフサイクル
		2.5.3 ガーベッジコレクション
		2.5.4 ガーベッジコレクションは魔術ではない
		2.5.5 Mozartのガーベッジコレクタ
	2.6 核言語から実用言語へ
		2.6.1 構文上の便宜
		2.6.2 関数(fun文)
		2.6.3 対話的インターフェース(declare文)
	2.7 例外
		2.7.1 動機と基本概念
		2.7.2 例外を持つ宣言的モデル
		2.7.3 親言語の構文
		2.7.4 システム例外
	2.8 進んだ話題
		2.8.1 関数型プログラミング言語
		2.8.2 単一化と内含(entailment)
		2.8.3 動的型付けと静的型付け
	2.9 練習問題

第3章 宣言的プログラミング技法
	3.1 宣言的とはどういうことか?
		3.1.1 宣言的プログラムの分類
		3.1.2 仕様記述言語
		3.1.3 宣言的モデルにおいてコンポーネントを実装すること
	3.2 反復計算
		3.2.1 一般的図式
		3.2.2 数についての反復
		3.2.3 局所的手続きを使うこと
		3.2.4 一般的図式から制御抽象へ
	3.3 再帰計算
		3.3.1 スタックの大きさの増加
		3.3.2 代入ベース抽象マシン
		3.3.3 再帰計算を反復計算に変換すること
	3.4 再帰を用いるプログラミング
		3.4.1 型の記法
		3.4.2 リストについてのプログラミング
		3.4.3 アキュムレータ
		3.4.4 差分リスト
		3.4.5 キュー
		3.4.6 木
		3.4.7 木を描画すること
		3.4.8 構文解析
	3.5 時間効率空間効率
		3.5.1 実行時間
		3.5.2 メモリ使用量
		3.5.3 償却的計算量
		3.5.4 性能についての考察
	3.6 高階プログラミング
		3.6.1 基本操作
		3.6.2 ループ抽象
		3.6.3 ループ言語的支援
		3.6.4 データ駆動技法
		3.6.5 明示的遅延計算
		3.6.6 カリー化
	3.7 抽象データ型
		3.7.1 宣言的スタック
		3.7.2 宣言的辞書
		3.7.3 単語出現頻度アプリケーション
		3.7.4 安全抽象データ型
		3.7.5 安全な型を備えた宣言的モデル
		3.7.6 安全な宣言的辞書
		3.7.7 資格セキュリティ
	3.8 宣言的でない必要物
		3.8.1 ファイルを伴うテキスト入出力
		3.8.2 グラフィカルユーザインタフェースを伴うテキスト入出力
		3.8.3 ファイルとの状態なしデータI/O
	3.9 小規模プログラム設計
		3.9.1 設計方法
		3.9.2 プログラム設計の例
		3.9.3 ソフトウェアコンポーネント
		3.9.4 スタンドアロンプログラムの例
	3.10 練習問題

第4章 宣言的並列性
	4.1 データ駆動並列モデル
		4.1.1 基本概念
		4.1.2 スレッド意味
		4.1.3 実行列
		4.1.4 宣言的並列性とは何か?
	4.2 スレッドプログラミングの基本的技法
		4.2.1 スレッドを生成すること
		4.2.2 スレッドブラウザ
		4.2.3 スレッドを使うデータフロー計算
		4.2.4 スレッドスケジューリング
		4.2.5 協調的並列性と競合的並列性
		4.2.6 スレッド操作
	4.3 ストリーム
		4.3.1 基本的生産者消費者
		4.3.2 変換器とパイプライン
		4.3.3 資源管理し,処理能力改善すること
		4.3.4 ストリームオブジェクト
		4.3.5 ディジタル論理シミュレーション
	4.4 宣言的並列モデルを直接使うこと
		4.4.1 順序決定並列性
		4.4.2 コルーチン
		4.4.3 並列的合成
	4.5 遅延実行
		4.5.1 要求駆動並列モデル
		4.5.2 宣言的計算モデル
		4.5.3 遅延ストリーム
		4.5.4 有界バッファ
		4.5.5 ファイルを遅延的に読み込むこと
		4.5.6 ハミング問題
		4.5.7 遅延リスト操作
		4.5.8 永続的キューアルゴリズム設計
		4.5.9 リスト内包表記
	4.6 甘いリアルタイムプログラミング
		4.6.1 基本操作
		4.6.2 ティッキング(ticking)
	4.7 Haskell言語
		4.7.1 計算モデル
		4.7.2 遅延計算
		4.7.3 カリー化
		4.7.4 多態型
		4.7.5 型クラス
	4.8 宣言的プログラム限界拡張
		4.8.1 効率性
		4.8.2 モジュラ性
		4.8.3 非決定性
		4.8.4 現実世界
		4.8.5 正しいモデルを選ぶこと
		4.8.6 拡張されたモデル
		4.8.7 異なるモデルを一緒に使うこと
	4.9 進んだ話題
		4.9.1 例外を持つ宣言的並列モデル
		4.9.2 さらに遅延実行について
		4.9.3 通信チャンネルとしてのデータフロー変数
		4.9.4 さらに同期について
		4.9.5 データフロー変数有用性
	4.10 歴史に関する注記
	4.11 練習問題

第5章 メッセージ伝達並列性
	5.1 メッセージ伝達並列モデル
		5.1.1 ポート
		5.1.2 ポート意味
	5.2 ポートオブジェクト
		5.2.1 NewPortObject抽象
		5.2.2 例
		5.2.3 ポートオブジェクトに関する議論
	5.3 簡単なメッセージプロトコル
		5.3.1 RMI(遠隔メソッド起動)
		5.3.2 非同期RMI
		5.3.3 コールバックのあるRMI(スレッド使用)
		5.3.4 コールバックのあるRMI(継続のためのレコード使用)
		5.3.5 コールバックのあるRMI(継続のための手続き使用)
		5.3.6 エラー報告
		5.3.7 コールバックのある非同期RMI
		5.3.8 二重コールバック
	5.4 並列性のためのプログラム設計
		5.4.1 並列コンポーネントを使うプログラミング
		5.4.2 設計方法
		5.4.3 並列性パターンとしての機能的構成要素
	5.5 リフト制御システム
		5.5.1 状態遷移図
		5.5.2 実装
		5.5.3 リフト制御システムの改良
	5.6 メソッド伝達モデルを直接使用すること
		5.6.1 1つのスレッドを共有する複数のポートオブジェクト
		5.6.2 ポートを使う並列キュー
		5.6.3 終点検出を行うスレッド抽象
		5.6.4 直列依存関係の除去
	5.7 Erlang言語
		5.7.1 計算モデル
		5.7.2 Erlangプログラミング入門
		5.7.3 receive操作
	5.8 進んだ話題
		5.8.1 非決定性並列モデル
	5.9 練習問題

第6章 明示的状態
	6.1 状態とは何か?
		6.1.1 暗黙的(宣言的)状態
		6.1.2 明示的状態
	6.2 状態とシステム構築
		6.2.1 システムの性質
		6.2.2 コンポーネントベースプログラミング
		6.2.3 オブジェクト指向プログラミング
	6.3 明示的状態を持つ宣言的モデル
		6.3.1 セル
		6.3.2 セル意味
		6.3.3 宣言的プログラミングとの関係
		6.3.4 共有と同等
	6.4 データ抽象
		6.4.1 データ抽象組織する8つの方法
		6.4.2 スタックの変種
		6.4.3 多態性
		6.4.4 引数受け渡し
		6.4.5 取り消し可能資格
	6.5 状態ありコレクション
		6.5.1 インデックス付きコレクション
		6.5.2 インデックス付きコレクションを選ぶこと
		6.5.3 その他のコレクション
	6.6 状態に関する推論
		6.6.1 不変表明
		6.6.2 例
		6.6.3 表明
		6.6.4 証明規則
		6.6.5 正常終了
	6.7 大規模プログラム設計
		6.7.1 設計方法
		6.7.2 階層システム構造
		6.7.3 保守性
		6.7.4 将来の発展
		6.7.5 さらに深く知るために
	6.8 ケーススタディ
		6.8.1 遷移的閉包
		6.8.2 単語出現頻度(状態あり辞書を使用する)
		6.8.3 乱数を生成すること
		6.8.4 口コミシミュレーション
	6.9 進んだ話題
		6.9.1 状態ありプログラミング限界
		6.9.2 メモリ管理と外部参照
	6.10 練習問題

第7章 オブジェクト指向プログラミング
	7.1 継承
	7.2 完全なデータ抽象としてのクラス
		7.2.1 例
		7.2.2 この例の意味
		7.2.3 クラスオブジェクト定義すること
		7.2.4 クラスメンバ
		7.2.5 属性初期化すること
		7.2.6 第1級メッセージ
		7.2.7 第1級の属性
		7.2.8 プログラミング技法
	7.3 漸増的データ抽象としてのクラス
		7.3.1 継承グラフ
		7.3.2 メソッドアクセス制御(静的束縛と動的束縛)
		7.3.3 カプセル化制御
		7.3.4 転嫁委任
		7.3.5 内省
	7.4 継承を使うプログラミング
		7.4.1 継承の正しい使い方
		7.4.2 型に従って階層を構成すること
		7.4.3 汎用クラス
		7.4.4 多重継承
		7.4.5 多重継承に関するおおざっぱな指針
		7.4.6 クラス図の目的
		7.4.7 デザインパターン
	7.5 他の計算モデルとの関係
		7.5.1 オブジェクトベースプログラミングコンポーネントベースプログラミング
		7.5.2 高階プログラミング
		7.5.3 関数分解と型分解
		7.5.4 すべてをオブジェクトにすべきか?
	7.6 オブジェクトシステムを実装すること
		7.6.1 抽象図
		7.6.2 クラスを実装すること
		7.6.3 オブジェクトの実装
		7.6.4 継承の実装
	7.7 Java言語(直列部分)
		7.7.1 計算モデル
		7.7.2 Javaプログラミング入門
	7.8 能動オブジェクト
		7.8.1 例
		7.8.2 NewActive抽象
		7.8.3 フラウィウス・ヨセフスの問題
		7.8.4 その他の能動オブジェクト抽象
		7.8.5 能動オブジェクトを使うイベントマネージャ
	7.9 練習問題

第8章 状態共有並列性
	8.1 状態共有並列モデル
	8.2 並列性を持つプログラミング
		8.2.1 さまざまな手法概観
		8.2.2 状態共有並列モデルを直接使うこと
		8.2.3 原子アクションを使うプログラミング
		8.2.4 さらに読むべき本
	8.3 ロック
		8.3.1 状態あり並列データ抽象を構築すること
		8.3.2 タプル空間(Linda)
		8.3.3 ロックを実装すること
	8.4 モニタ
		8.4.1 定義
		8.4.2 有界バッファ
		8.4.3 モニタを使うプログラミング
		8.4.4 モニタを実装すること
		8.4.5 モニタの別の意味
	8.5 トランザクション
		8.5.1 並列性制御
		8.5.2 簡易トランザクションマネージャ
		8.5.3 セルについてのトランザクション
		8.5.4 セルについてのトランザクションを実装すること
		8.5.5 トランザクションについてさらに
	8.6 Java言語(並列部分)
		8.6.1 ロック
		8.6.2 モニタ
	8.7 練習問題

第9章 関係プログラミング
	9.1 関係計算モデル
		9.1.1 choice文とfail文
		9.1.2 探索木
		9.1.3 カプセル化された
		9.1.4 Solve関数
	9.2 別の例
		9.2.1 数値例
		9.2.2 パズルとnクイーン問題
	9.3 論理プログラミングとの関係
		9.3.1 論理論理プログラミング
		9.3.2 操作意味論理意味
		9.3.3 非決定性論理プログラミング
		9.3.4 純粋Prologとの関係
		9.3.5 他のモデルにおける論理プログラミング
	9.4 自然言語構文解析
		9.4.1 簡単な文法
		9.4.2 この文法に従う構文解析
		9.4.3 構文木を生成すること
		9.4.4 限定記号を生成すること
		9.4.5 パーサを走らせること
		9.4.6 パーサを「逆向きに(backward)」走らせること
		9.4.7 単一化文法
	9.5 文法インタプリタ
		9.5.1 簡単な文法
		9.5.2 文法のコード化
		9.5.3 文法インタプリタを走らせること
		9.5.4 文法インタプリタを実装すること
	9.6 データベース
		9.6.1 関係を定義すること
		9.6.2 関係を使って計算すること
		9.6.3 関係を実装すること
	9.7 Prolog言語
		9.7.1 計算モデル
		9.7.2 Prologプログラミング入門
		9.7.3 Prologプログラムを関係プログラム翻訳すること
	9.8 練習問題

第2部 特殊化された計算モデル10グラフィカルユーザインタフェースプログラミング
	10.1 宣言的/手続き的方法
	10.2 宣言的/手続き的方法を使うこと
		10.2.1 基本的ユーザインタフェースの要素
		10.2.2 GUIを構築すること
		10.2.3 宣言的座標
		10.2.4 リサイズ時の宣言的振る舞い
		10.2.5 ウィジェットの動的振る舞い
	10.3 対話的学習ツールPrototyper
	10.4 ケーススタディ
		10.4.1 簡単なプログレモニタ
		10.4.2 簡単なカレンダウィジェット
		10.4.3 ユーザインタフェースの動的生成
		10.4.4 状況順応時計
	10.5 GUIツールを実装すること
	10.6 練習問題

第11章 分散プログラミング
	11.1 分散システムの分類
	11.2 分散モデル
	11.3 宣言的データの分散
		11.3.1 オープン分散と大域的ネーミング
		11.3.2 宣言的データを共有すること
		11.3.3 チケット配布
		11.3.4 ストリーム通信
	11.4 状態の分散
		11.4.1 単純状態共有
		11.4.2 分散字句的スコープ
	11.5 ネットワークアウェアネス
	11.6 共通分散プログラミングパターン
		11.6.1 静的オブジェクトモバイルオブジェクト
		11.6.2 非同期的オブジェクトデータフロー
		11.6.3 サーバ
		11.6.4 クローズド分散
	11.7 分散プロトコル
		11.7.1 言語実体
		11.7.2 モバイル状態プロトコル
		11.7.3 分散束縛プロトコル
		11.7.4 メモリ管理
	11.8 部分的失敗
		11.8.1 失敗モデル
		11.8.2 失敗処理の簡単な場合
		11.8.3 回復可能サーバ
		11.8.4 アクティブフォールトトレランス
	11.9 セキュリティ
	11.10 アプリケーションを構築すること
		11.10.1 まずは集中,後に分散
		11.10.2 部分的失敗に対処すること
		11.10.3 分散コンポーネント
	11.11 練習問題

第12章 制約プログラミング
	12.1 伝播・探索法
		12.1.1 基本的考え方
		12.1.2 部分情報を使って計算すること
		12.1.3 例
		12.1.4 この例を実行すること
		12.1.5 まとめ
	12.2 プログラミング技法
		12.2.1 覆面算
		12.2.2 回文積再訪
	12.3 制約ベース計算モデル
		12.3.1 基本的制約と伝播子
		12.3.2 計算空間の探索をプログラムすること
	12.4 計算空間定義し,使うこと
		12.4.1 深さ優先探索エンジン
		12.4.2 検索エンジンの実行例
		12.4.3 計算空間の生成
		12.4.4 空間の実行
		12.4.5 制約の登録
		12.4.6 並列的伝播
		12.4.7 分配(探索準備)
		12.4.8 空間の状態
		12.4.9 空間クローン
		12.4.10 選択肢を先に任せること
		12.4.11 空間マージすること
		12.4.12 空間失敗
		12.4.13 空間計算を注入すること
	12.5 関係計算モデルを実装すること
		12.5.1 choice文
		12.5.2 Solve関数
	12.6 練習問題

第3部 意味

第13章 言語意味
	13.1 一般的計算モデル
		13.1.1 格納域
		13.1.2 単一代入(制約)格納域
		13.1.3 抽象構文
		13.1.4 構造的規則
		13.1.5 直列実行と並列実行
		13.1.6 抽象マシン意味との比較
		13.1.7 変数導入
		13.1.8 同等性の強制(tell)
		13.1.9 条件文(ask)
		13.1.10 名前
		13.1.11 手続抽象
		13.1.12 明示的状態
		13.1.13 by-need同期
		13.1.14 読み出し専用変数
		13.1.15 例外処理
		13.1.16 失敗値
		13.1.17 変数置き換え
	13.2 宣言的並列性
		13.2.1 部分停止と全体停止
		13.2.2 論理同値
		13.2.3 宣言的並列性の形式的定義
		13.2.4 合流性
	13.3 8つの計算モデル
	13.4 よくある抽象意味
	13.5 歴史に関する注記
	13.6 練習問題

2011-11-24

魔法科高校の劣等生が凄く気持ち悪い

魔法使いがいなければ成り立たない世界(というかない共同体蹂躙される)で、魔法使い権力の裏に回っているということは、

これは政治主権実質的市民にない。

選挙をしても、最終的に魔法使いが決める社会

更に、その魔法使い罷免できない。そして、魔法使いはほぼ世襲制

まり貴族性に社会が退行したと考えるのが妥当

これは確実に市民近代自我を歪める。

で、実際歪んでるのを利用されてテロ組織に利用されたりしている。

で、その論評を近代自我に勝る主人公達が断罪する。

それって貴族が農民を下賤としたのと一緒では?

それを俺達はがんばってるんだとロンダリングしてる。

2章途中までで通常兵力部隊が出てこないけど、

おそらく近代教育ベースとしたいわゆる富国強兵、散兵戦術はまともに機能せず、

戦力の主体は魔法使いによる火力戦と化している。

この条件下で、一般人にやらせて貰えるのは、おそらくはつまり時間稼ぎとしての盾と、弱い者虐めだけ。

しれっと普通に高潔な軍隊を出しそうだけど、んなもん嘘っぱちだと鼻で笑えるレベル

歩兵が尊重されない軍隊がどうなるか、考えればわかるっちゅーの。

教育レベルが高い状態で社会が逆行せざるを得なかった時の精神社会的葛藤考察が甘く、

貴族を高潔な近代自我の持ち主と讃えるような感触が、何なんだこれは、という感じで非常に気持ち悪い。




この作品に限らずの話、俺TUEEEEEが悪いとは言わないが、その場合は、中途半端世界観広げないで限定があるべきだと思う。

エムゼロで、学校の外を出ても記憶能力も消されない、というか学校の外に出ても能力使えるだったらどうよ。

09ルール規制のないマルドゥック・ヴェロシティとか笑えない。絶チルじゃないけどそりゃ「普通の人々」は怒るで。

しかもこの「魔法科高校の劣等生」ではすでに魔法使い陣営が制圧完了してんだよな・・・

この世界観だと30年後には鬼哭街と同じもので出来上がってると思うだ。




横浜騒乱編まで読めば印象変わるらしいです単行本で言うと何巻あたりになりますか?

2011-11-23

考察レオリオさんの名字と出自について考えてみた

まず、レオリオさんは貧乏な家か、一般家庭の出身だと思う。



根拠は↓

1.原作での庶民的な描写

・友人の治療費が払えなかった

・裕福ではない友人がいた(上流階級出身なら、下々の者と知り合う機会があまりない)

医大の学費を負担に思う

・ゾルディック家の富豪っぷりに驚く

・値切り交渉に長けている



2.アニメでの出身地の描写(参考程度)

・旧作では地中海沿岸みたいな国の一般家庭出身ぽい。

・新作では子供とき下町っぽい所に住んでいる。新作はトガシが口出ししてるらしいので、多少信憑性があるかも?



3.レオリオの性格からの推測

・気さくで素直、かつ世話焼き

チンピラ的言動

・情に厚く、自己犠牲をいとわない

レオリオの性格なら、友人のためにできることは全てやったはず。実家が裕福なら、調度品をちょろまかすくらいできただろう)




次に、なんで「パラディナイト」なんて名前なのか考えてみた。


A.元々は由緒正しい家だったが、落ちぶれた

庶民の友人がいたことから、遅くともレオリオの子時代までには家は零落していたはず。



B.下層階級の出身だから

自分奴隷や使用人に、わざと「王」「貴族」みたいな名前をつけてニヤニヤしてた奴が歴史上に存在した。

レオリオの実家悪趣味な主人に仕えていたのかもしれない。



C.レオリオが自分でつけた

名字が「パラディナイト」って素敵やん?

彼がまだ10代(たぶん)であることを忘れてはいけない。




(2011/12/03追記)

・本誌が発売されてしばらく経ったので、ネタバレについての警告を削除。

2011-11-18

女の子ブログは読むべきか

ちょっと考えててまだ結論が出せないんだけど、知り合いの気になる女の子ブログを書いてて、その子日常会話する場合

  • 読んでいることを伝えて話題にしたほうがいいのか
  • 読んでいることを伝えず、ブログに書いてあったことが話題に出たら「へぇ~」といちいち驚く

のどちらが良いのか。

前者は「読んでくれている」と好感度上がるのか、「そこまで見てるなんてヲタクみたいでキモッ」と思われて警戒されるのか、わからん

後者は好感度変化なしか、「読んでねーのかよ」と内心がっかりされるか、どっちなのか。

考えられる注意点として、相手と自分の関係、相手が自分に少しでも好意を持っているかいないか、相手の性格、などによって答が変わると思うので、奥深い問題だと思う。

誰か考察してまとめた先人はいないのか。

2011-11-17

http://anond.hatelabo.jp/20111117141215

自身を男性化させておいて、処女を奪う能力との「認識の衝突」に勝利して「転校生」化。

つかさ、作品中のTRPG的なメタ構造を捨てて、この辺をちゃんと考察するなら、それこそ「無敵」とかないだろ。

2011-11-05

[][] ウィキペディア日本語版観察記 31

ウィキペディア日本語版では、ユーザー世代交代が進みつつあるという感じがある。

特に今年4月くらいから、それを象徴するような出来事がいくつかあった。



まず一つ目は、管理者二人がアカウント不正に共有しているのではないか、という疑惑に端を発する、管理者辞任の騒動。

詳細は「Wikipedia:コメント依頼/婚姻・それに準じる場合のCU権限について」あたりから


多重アカウントの方針の改訂

そもそものまりは、荒らし目的の多重アカウントに対抗するためにルールが厳格化されたことだった。

多重アカウントによる荒らしというのは、典型的には、

荒らしが何かやらかす→それを見つけた管理者が荒らし投稿禁止にする→荒らしが新しいアカウントを作ってまた同じことをする」とか、

荒らしが複数のアカウントを使ってあたかも別人のように議論に参加し、特定の意見を多数派に見せかける」とかがそれにあたる。

古いルールでは、「悪いことをしないなら、非公開の多重アカウントを持っていてもいい」となっていた。

要するに、普段は歴史系のお堅い記事ばかり書いてる人が、

アニメの記事を書くときは恥ずかしいから別アカウントにしたい、というようなことが許容されていた。

新しいルールでは、非公開にしてはいけない(つまり同一人物だと明記しないといけない)、ということになった。

それだけではなく、同一人物でなくても同一世帯に住んでいてIPアドレスが同じであるなら、

事実上見分けがつかないので、その場合も「同一世帯にいるよ」と言っておかないといけないことになった。


管理者がルール抵触する

二人の管理者はこの新しいルール抵触していた。

といっても、抵触しようが普通は分からないはずだった。

ウィキペディアでは、アカウント持ちユーザー接続IPアドレスは、

ごく限定された管理者数名(チェックユーザー権限が必要)にしか見られない秘密情報だし、

よほど露骨に互いを持ち上げ合ったりしていなければ、疑いをかけられることもない。



ことが公になり始めたのは、本人たちが同居を臭わせる発言をしたところからだった。

片割れが、エイプリルフール冗談の一環として、相手の人と「新婚旅行のため」ウィキペディア休みます、という発言をした。

これと前後して、チェックユーザー権限持ちの管理者がIPアドレスをチェックし、

接続元を共有しているにもかかわらずそのことを明言していない」という点でルール違反の状態にあることを公表した。



明言していないのが問題なら明言すればいいんじゃないの、となるだろうけれど、

なかなかそうは行かなかった。

まず、同居というのは(少なくともこの二人にとっては)けっこうプライベート情報で、積極的に公開したいものじゃない。

おそらくそれに加えて始まりがうっかりした失言だったこともあって、本人たちは対応を1ヶ月近く渋った。



他のユーザーからは、問題の二人自身がチェックユーザー権限持ち、ということが深刻に受け止められた。

非公開のIPアドレスの記録からIPアドレスの一致を確認して、多重アカウントを摘発する立場である人たち自身が、

形式的には、多重アカウント荒らしと同じことをしていて、

しかもそれを指摘されてから長い間、何も対応しようとしないのは明らかにまずい、と考える人が多く出た。



一方で、「特に悪いことはしてないし、ルール精神に照らし合わせれば問題はない」という意見もあった。

二人は古くから別々にウィキペディアで活動していて、

オフラインで会っているユーザーも何人かいるし、

「同一人物なのに複数の人物を装って議論に参加していた」わけがない。

あくまで形式的には抵触するというだけのことだから、目くじらを立てることはないという意見

特にベテランで、当人たちと親しくしていると見受けられる人からは同情論が目立った。



その後の顛末は「Wikipedia:コメント依頼/婚姻・それに準じる場合のCU権限についてからたどれるけれど、

結果としては本人たちが管理者やチェックユーザーの権限をすべて返上することで収束した。


考察

状況説明が長くなったけれど、この一件から読み取れると思うのは、

ウィキペディアユーザーの世代による考え方の差のようなもの

古いユーザーには、

ルールではなくルール精神重要

実質的に問題でないのなら神経質にルール違反をとがめる必要はない」

という傾向が強い。

新しいユーザーは、

ルールは守るために作ってるのだから、形式的に守って当たり前」

チェックユーザー管理者ならなおさら厳密に守らないと、示しがつかずルール形骸化してしまう」

と考える傾向が強い。



ウィキペディアの古い時代には、そもそも活発なユーザーは互いの活動を知っていて、

誰が信用できる人なのかは分かっていた。

からルールはそもそも少なかったし、形式的なことで細かくとがめる人もあまりいなかった。

最近ではそれが、個人個人の信頼と裁量に任せたやり方を、形式化されたルールで置き換えていこうという風になっている。

というのも、信頼ベースでやっていると、それ自体が新しい人に対する参加障壁になってしまからだ。

新しくウィキペディアに来た人から見ると、誰が常連で信頼されているのかというのはすぐには分からない。

そこで「この人は常連さんだから、例外的に大目に見られてるんですよ」などと言われても困惑するだろう。

「昔は活動的で信頼されていたけれど長い間休んでいる」というような人の扱いにもややこしくなりがち。

久しぶりに戻ってきて昔の感覚で自由にやると今はルール違反、みたいなこともよく起こる。



今回の場合、二人が古い意識でいて、ことを大きくせずに終わらせたいと考えていたところ、

他のユーザーあいだには厳格派が思いのほか多かったために、

本人たちにとって不本意な結果に終わってしまった、というように見える。



形式化されたルールを重視する人が多数派になっている、という意味で、

この出来事はユーザー世代交代を象徴する出来事だったように思う。



もう一つは「秀逸な記事」からいくつかの記事が除去されたという話、だったんだけど、

1件めですでに長くなったので、こちらはまたあとで書く

- 転職ならen
- 派遣ならen
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