- 1 -主文本件上告を棄却する。理由弁護人弘中惇一郎ほかの上告趣意のうち,判例違反をいう点は,事案を異にする判例を引用するものであって,本件に適切でなく,その余は,憲法違反をいう点を含め,実質は事実誤認,単なる法令違反の主張であって,刑訴法405条の上告理由に当たらない。所論にかんがみ,第1審判決判示第1の受託収賄罪の成否について,職権で判断する。1原判決及びその是認する第1審判決の認定並びに記録によれば,本件の事実関係は以下のとおりである。(1)北海道開発庁は,北海道総合開発計画について調査し,及び立案し,並びにこれに基づく事業の実施に関する事務の調整及び推進にあたること等を所掌事務とし,その権限の行使は,その所掌事務の範囲内で法律に従ってなされなければならないとされていた(平成11年法律第102号による改正前の北海道開発法5条1項)。そして,その長である北海道開発庁長官は,北海道開発庁の事務を統括し,職員の服務を統督する権限を有していた(平成11年法律第90号による改正前の国家行政組織法10条)。(2)北海道開発局は,北海道開発庁の地方支分部局として設置され(上記北海道開発法9条),開発建設部は北海道開発局の所掌事務の一部を地域ごとに分掌しており(12条1項),北海道開発局及び各開発建設部は北海道開発庁の下部組織といえるが,北海道開発局は,北海道開発庁の事務を分掌するほか,北海道総合開- 2 -発計画に基づく北海道における公共事業費の支弁に係る国の直轄事業で,農林水産省,運輸省及び建設省の所掌するものの実施に関する事務を所掌しており(10条1項1号),その直轄事業の実施事務に関しては,当該事務に関する主務大臣のみが北海道開発局長を指揮監督できるとされているため(10条2項),北海道開発庁長官にはこれに関する指揮監督権限がなかった。(3)北海道総合開発計画に基づく港湾工事(漁港工事も含む。以下同じ。)は,上記直轄事業であって,北海道開発庁長官は,その実施に関する指揮監督権限を有しなかったけれども,予算の実施計画を作製して大蔵大臣の承認を経ることとされていたため(平成11年法律第160号による改正前の財政法34条の2第1項),それに先立って,北海道開発庁,北海道開発局,同局の各開発建設部等は協議を行い,工事の施設,内容,規模,見積額,期間,発注の時期などを内容とする実施計画案を策定していた。したがって,北海道開発庁長官は,予算の実施計画作製事務を統括する権限に基づいて,港湾工事の実施計画案の策定に関し,職員を指導することができる地位にあった。本件当時,予算実施計画案の策定過程においては,競争入札が予定される工事について,落札すべき工事業者を北海道開発局港湾部長が指名して各開発建設部の職員を介して業者側に通知することが常態化しており,この通知を受けた業者らにより,入札金額の調整を伴う談合が行われていた。(4)被告人は,平成9年9月11日から北海道開発庁長官に就任し,その在任中である同年10月から平成10年1月までの間に,A建設株式会社の代表取締役らから,北海道総合開発計画に基づいて北海道開発局の開発建設部が発注する予定の港湾工事について,予算の実施計画案の策定作業が行われている段階から,A建- 3 -設が受注できるように北海道開発局港湾部長に指示するなど便宜な取り計らいをされたい旨の請託を受け,北海道開発庁長官室に上記港湾部長を呼び出して,予定される工事の表を提出させるなどした上で,A建設が特定の工事を落札できるように便宜を図ることを求め,平成9年10月から平成10年8月までの間,4回にわたり,その報酬として合計600万円の現金の供与を受けた。2以上の事実関係の下において,北海道開発庁長官である被告人が,港湾工事の受注に関し特定業者の便宜を図るように北海道開発局港湾部長に働き掛ける行為は,職員に対する服務統督権限を背景に,予算の実施計画作製事務を統括する職務権限を利用して,職員に対する指導の形を借りて行われたものであり,また,被告人には港湾工事の実施に関する指揮監督権限はないとしても,その働き掛けた内容は,予算の実施計画において概要が決定される港湾工事について競争入札を待たずに工事請負契約の相手方である工事業者を事実上決定するものであって,このような働き掛けが金銭を対価に行われることは,北海道開発庁長官の本来的職務として行われる予算の実施計画作製の公正及びその公正に対する社会の信頼を損なうものである。したがって,上記働き掛けは,北海道開発庁長官の職務に密接な関係のある行為というべきである。なお,所論は,談合にかかわる行為は正当な職務としておよそ行い得ない違法な類型の行為であるから,職務に密接な関係のある行為とはなり得ない旨主張するが,当該行為が密接関係行為に当たるかどうかは上記のように本来の職務との関係から判断されるべきものであり,その行為が所論のいうような違法な行為であることによってその判断は直ちには左右されないと解するのが相当である。また,所論は,受注業者の指名が港湾部長の職務権限に属することを認定することなく,上記指名について港湾部長を指導することが北海道開発庁長官の- 4 -職務権限に属するとした原判断が当裁判所の判例(最高裁昭和62年(あ)第1351号平成7年2月22日大法廷判決・刑集49巻2号1頁)に違反する旨を主張するが,収賄罪の構成要件である「職務に関し」は,当該収賄公務員の職務との関連性であって,本件のように,他の公務員に働き掛けることの請託を受けて収賄した場合であっても,働き掛けを受ける他の公務員の職務との関連性は構成要件そのものではないのであるから,一般的には,その職務関連性をそれ自体として認定する必要はないものというべきである。そうすると,上記働き掛けを行うよう請託を受け,その報酬として金銭の供与を受けた行為が受託収賄罪に当たるとした原判断は正当である。よって,刑訴法414条,386条1項3号により,裁判官全員一致の意見で,主文のとおり決定する。なお,裁判官金築誠志の補足意見がある。裁判官金築誠志の補足意見は,次のとおりである。私は,法廷意見に賛成するものであるが,所論にかんがみ,第1審判決判示第1の受託収賄罪における北海道開発庁長官の職務権限につき,若干の意見を補足的に述べておくこととする。所論は,上記のとおり判例違反を主張するが,所論引用の判例は,内閣総理大臣の職務権限に関するものであるところ,内閣総理大臣については,直接に行政事務を行うことを認めるのは相当ではないとする見解が有力であり,その指揮監督権限は行政全般にわたる反面,極めて一般性・抽象性が高いから,働き掛けを受ける公務員の職務関連性を認定することにより,ひいて内閣総理大臣の職務権限を認定せざるを得ない面があるのであって,これを一般化することは相当でない。もっとも,働き掛けた事項が他の公務員の職務と無関係なものであれば,働き掛ける行為- 5 -に職務関連性を認めることが困難となろうが,働き掛けを受ける公務員について,収賄公務員の職務関連性以上のものが要求されると解すべきではないから,少なくとも働き掛けを受ける事項と職務との間に密接な関係があれば足りると解すべきである。港湾部長は,港湾工事の計画作製・実施に関して職務権限を有する者として,慣行的,常態的に本命業者の指名を行っていたのであるから,組織的に事実上職務行為化した行為とも評価できるというべきであり,これが港湾部長の職務と密接な関係を有する行為であることは明らかである。所論は,官製談合における本命業者の指名は,正当な職務としておよそ行い得ない類型の行為であるから,収賄罪における職務にはなり得ない旨主張するが,収賄罪における職務が適法なものに限られないことは加重収賄罪の存在からも明らかである上,慣行化した官製談合の違法性及びそれによる信頼毀損と,そうした慣行を利用して賄賂を収受することの違法性及びそれによる職務の公正に対する信頼毀損とは,別個の評価が可能なものであって,上記のような行為に関して賄賂を収受することが,職務の公正に対する信頼を害する程度が低いとは到底いえないから,所論の点をもって,職務密接関係性を否定することは相当ではない。(裁 判 長 裁 判 官金 築 誠 志裁 判 官宮 川 光 治裁 判 官櫻 井 龍 子裁 判 官横田尤孝裁判官白木勇)
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