はてなキーワード: 見えない敵とは
http://anond.hatelabo.jp/20090131095520
私の経験から言えば、そういうぼっち大学生は大抵周囲の人間を見下している。
ま、ともかく彼らの基準ではちょっとでもチャラかったり遊んでたりするとバカ学生のレッテルを貼られる。
私はここに「あの葡萄はすっぱいんだ」理論が働いてると思うが、
そして、その戦いにおいて自分は常に優位であると思い込んでいる。
ただ、彼らは就職活動なんかでいざ周囲と同じ基準で比べる鏡を用意されると途端にチビマリオであった自分に気づく。
そうするともう立ち直れない。
なんでそんなことで?と思うくらい立ち直れない。
でも、実はそのシステムはぼっち学生にだけ適用されるシステムではなくて、
少なくとも大学生においては、よほどの強者でなければそのシステムに巻き込まれてしまっている。
「あの人はあんなに・・・なのに、自分は・・・」といった考えをやめる。特に、あの人はイケメン・美人なのにとか、あの人は身長が高いのに、という身体的なものは比べたところでどうにもならない。それなら、まず今のありのままの自分を全て受け入れてあげる。人の好みは本当に様々で、イケメン・美人が万人に好かれるわけじゃない。実際、自分も美人より、多少崩れてるくらいがタイプだったりする。不特定多数にいくらモテても、自分の好きな人にモテなければ全く意味がない。人はついつい他人の良いところばかりに目がいきがちだけど、普段見えないだけで、その人だって人間である以上、悪い部分もどこかに持ち合わせてる。他人は他人、自分は自分。お互い長所もあれば短所もある。
今の情報化社会は、毎日毎日メディアが新しい価値観を作り上げ、こっちに押し付けてくる。そしてそれを受け入れる事が出来ないやつは現代人失格だという風潮さえある。人生とは自分自身が生きる期間のこと。それだったら自分の価値観を大事にして生きる方が絶対に良い。
最近、勝ち組だ、負け組だって言ってるけど、人の人生に勝ちも負けもない。一流企業に勤めて高給取りなら勝ち組で、フリーターなら負け組?ハァ?それって比較の対象が「お金」だけしか見えてない。世の中にはお金よりも自分の時間を大切にしたい人だって沢山いる。そんな人にとってフリーターの方が人生の満足度は高いかも知れない。自分の幸福度を決めるのは、他人でも世間の基準でもなく、自分自身。自分が楽しい、幸せであると思えればそれでオッケー。
もちろん、原因が自分にあり、悪いのは自分だという時もある。だけど、まじめな人はなにかにつけ、原因が自分にあると考え、内に溜め込んでしまう。でも本当はそうじゃない。悪いのは本人ではなく、他人であったり社会であるという場合の方が多い。それに気付かず、自分一人でストレスを溜め込んでしまい、最後には鬱病になってしまう。とにかく、何でも自分一人が悪いという考えはやめる。
この世の中には大きく分けて、「外交的人間」と「内向的人間」がいる。それぞれに長所、短所があり、本来、どちらが良くてどちらが悪いといったものはない。だけど一部の外交的人間が世の中に対して「社交性(笑)」や「コミュニケーション能力(笑)」といったものを無理矢理に求め過ぎた結果、それらの能力に乏しいものは人間失格のような風潮が広まってしまった。人間の性格というものは生まれたときに既に決まっていて、表面上は変わったように見せることが出来るが、根本的には一生変える事ができない。だから無理矢理「社交性(笑)」や「コミュニケーション能力(笑)」を身につける必要なんて無い。確かに必要最低限は必要かも知れないが、必要最低限で良い。そんなものなくても内向的人間にはそれとは違う長所が必ずあり、これを読んでいる人も既にそれに気付いてるはず。
内気な人というのは何かをやる前に事前不安に駆られ、一人でその不安を肥大させ、直前になって怖くなって逃げ出してしまいやすい。引きこもりの原因に多いのがこれだ。とにかく一人で勝手に妄想して、不安を肥大させるのは避ける。それは、一人で見えない敵と戦っているようなものだから。今までの人生の中でも実際にやってみたら案外大したことなかったということも多かったはず。
みんな見えない敵と戦っていてほほえましい