2010-06-27

http://anond.hatelabo.jp/20100627220242

私も昔、無闇に自殺したくなる程考える事が暗くて憂鬱でしたが、いざ遺書をまとめたり自分の状況に適した方法(憾んでいる人の目の前でいろいろ文句を言ってからおもむろに死ぬか、山奥でひっそりと睡眠薬とロープで死ぬか、etc...)を考えている内にどんな選択が妥当か判断ができなくなり、自殺に対する社会価値観や処理、古今東西でどの様に捉えられているか等を満足が行くまで調べる事にしました。

そして分かった事ですが、

  • 近代まで
    • 記録に残っている部分では、やはり宗教階級制度上位の人が命と立場を天秤に掛けて結果的に自殺を選ぶ事が多い様でした。
      精神が錯乱して自殺してしまうケースもやはり存在しますが、どちらかというと社会問題倫理的課題ではなく猟奇的な事件と同列に書かれる事が多い様です。
      少なくとも(前提が宗教階級と言った不平等で非合理的なものであったとしても)明確な意思がなければ自殺は有り得ない世界でした。
  • 現代
    • 現代では原因に病苦や経済難、人間関係が挙げられます。
      生活の質(QOL)が自殺の根拠としている部分が特徴です。回復の見込みのない病気や怪我で生きていても意味がないほどの苦痛を味わっている場合自殺は合理的と認められます。
    • 私が引きこもっていた終盤で、支援団体の人の紹介で集団生活しているいろんな人を観察してきましたが、皆さん結構重大な悩みでも真正面から冷静に取り組んだり解決できない事は他の人に普通に相談していました。
      「できる事をして、できない事は助けを求める」当たり前ですが、私は当時独りでふさぎこんでいたので衝撃を受けた記憶があります。
      今は近代までの滅茶苦茶な価値観ではないので、自分の悩みを出した挙句自殺を仄めかすと意味が分からないと思われて狂人扱いされる事もその時理解しました。

結論ですが、自殺にも意味があるものとないものがありますし、やはり意味のある行動を取りたいという考えの元で私は自殺選択肢から外しました。

記事への反応 -
  • もうずっとさみしい。 ずっとずーっと、さみしい。 いつからかな、多分5年くらい前から。 しにたいなぁ、とかずっと思ってて、 そんで一週間位前に、そうだ、死のうって思った。 今...

    • 私も昔、無闇に自殺したくなる程考える事が暗くて憂鬱でしたが、いざ遺書をまとめたり自分の状況に適した方法(憾んでいる人の目の前でいろいろ文句を言ってからおもむろに死ぬか...

    • 単に軽度の鬱かもしれんぞ(重度だと自殺する気力もないらしい)。 一度神経内科に行ってみることをお勧めする。 薬とか人によっては(一時的には)多幸感に溢れるくらい利くらしい...

      • 神経内科は内科の一部門なので受診しても「心療内科か精神科に行ってください」と言われると思います。一部の地域では精神科が「神経内科」を自称していることがあるので(年配の...

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