2010-01-02

言語学的センスの抜けた語学論……その1

以前、id:michikaifu さんの

国家生き残り戦略としての日本語リストラ http://d.hatena.ne.jp/michikaifu/20091031/1257023368

という記事が話題になり、それなりのブクマ数を集めたようである。今更ではあるが、言語学的視点からこの記事について言及してみたいと思う。

ひらがなは意外に簡単ではない

元記事では

人種が入り混じってしかもアジア人人口が多いカリフォルニアでも、中国系以外の人が中国語を習うのはなかなか大変。

> いきなり漢字しかない上、母音が多く発音も難しい。日本語世界で一番難しいのだ!と息巻く人もいるだろうが、

日本語母音が5つしかなくて発音がスペイン語イタリア語と似ているし、表音文字があるので、入り口の敷居は必ずしも高くない。

と述べられている。

日本語母音が5つしかなく」「表音文字があるので」とあるが、実はこれは意外と厄介なのである。外国人日本語を見たとき、驚く点の一つに、「ひらがなの種類が多い」という事項が挙げられる。確かに、日本語には「母音が5つしかなく」、「表音文字がある」が、その表音文字であるひらがなは、母音の少なさとは対照的に母音と子音の組み合わせで全て文字が違い、それが約50もある。

ひらがなは文字と音素の対応が一定ではない

また、多くの日本人は「ひらがなは必ず母音と子音の組み合わせになっていて発音が簡単」だと思うかもしれないが、外国人の視点からするとこれは必ずしも正しくない。

これを読んでいる日本人のみなさん、次の単語をそれぞれ音読してみて欲しい。

  • 新聞 : しんぶん
  • 心眼 : しんがん
  • 新鮮 : しんせん

それぞれひらがな4文字から構成される単語だが、2文字目の「ん」の発音は3語で全て違う。

「しんぶん」では、「ん」を発音する際、くちびるを閉じ、「むー」に近い発音をする必要がある。「しんがん」の場合は、口を開け、舌を上顎から少し離し、音が鼻に抜けるような感じで、次の「が」に続くように発音する(このときの「んが」という発音は鼻濁音と呼ばれる。国語の授業で習った記憶のある方もいるだろう)。「しんせん」の場合は、口を開け、舌を上顎にくっつけるような感じで、鼻に抜けない「ん」を発音する。

ひとつ実感出来ない向きには、それぞれの「ん」の発音を無理やり入れ替えて音読してみるとよりわかりやすいだろう。例えば、「しんぶん」の2文字目の「ん」を発音する際、なるべく口を閉じないように「ん」を発音しながら、次の「ぶん」につなげてみて欲しい。相当、口の動かし方に無理があることがわかるだろう。

これらの違いは、ヘボン式ローマ字表記にするとはっきりする。

  • 新聞 しんぶん → shimbun
  • 心眼 しんがん → shingan
  • 新鮮 しんせん → shinsen

「しんぶん」の2文字目に対応するローマ字は "m"、「しんがん」の2文字目に対応するローマ字は "ng"、「しんせん」の2文字目に対応するローマ字は "n" である。

日本人はこれらを全て区別せずに「ん」というひらがな一文字で扱う。しかし、逆にこれらの発音を全て区別して扱う言語母語とする人からすると、このような違いは習得時の障壁になる。音声で聞くと違う音に聞こえるのに、ひらがなにすると同じ文字になってしまい、混乱が生じるのである。(例として、英語では "n"/"ng", "m" は表記上区別されるし、中国語では "m", "n", "ng" 全て区別して扱われる)

わかりにくい「っ」という文字の存在

日本語以外の語を母語とする人がよく戸惑うのが促音、すなはち「っ」という文字の存在である。

促音はとにかくわかりにくい(参考に wikipedia:促音 の項目を見てみても、何が書いてあるかさっぱりである)。例えば、英語には促音という概念に相当する音素がない。日本語話者の方々、英語話者に「っ」という発音を説明することを考えてみて欲しい。 「バック」"back", 「キック」"kick" の "a" "i" に続く音と説明すればいいと思う方もいるかもしれない。しかし、英語では "back" を「べぁく」と発音しようが「べぁーーっく」としようが構わない。"kick" も同様である。「きぃく」、「きっく」、「きぃーっく」、どう発音しようが "kick" は "kick" である。

続く。かもしれない。

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