2009-03-27

無趣味のすすめ」

                              2009年3月27日発行
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
JMM [Japan Mail Media] No.524 Extra-Edition2
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
 http://ryumurakami.jmm.co.jp/
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
■「無趣味のすすめ」
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

まわりを見ると、趣味が花盛りだ。手芸、山歩き、ガーデニングパソコン、料
理、スポーツペット飼育や訓練など、ありとあらゆる趣味情報が愛好者向け
に、また初心者向けに紹介される。趣味が悪いわけではない。だが基本的に趣味は老
人のものだ。好きで好きでたまらない何かに没頭する子ども若者は、いずれ自然プロを目指すだろう。

老人はいい意味でも悪い意味でも既得権益を持っている。獲得してきた知識や技
術、それに資産や人的ネットワークなどで、彼らは自然にそれらを守ろうとする。だ
から自分世界意図的に、また無謀に拡大して不慣れな環境や他者と遭遇すること
を避ける傾向がある。

わたしは趣味を持っていない。小説はもちろん、映画制作も、キューバ音楽プロ
デュースも、メールマガジン編集発行も、金銭のやりとり契約や批判が発生する
「仕事」だ。息抜きとしては、犬と散歩したり、スポーツジムで泳いだり、海外のリ
ゾートのプールサイド読書したりスパで疲れを取ったりするが、とても趣味とは言
えない。

現在まわりに溢れている「趣味」は、必ずその人が属す共同体の内部にあり、洗練
されていて、極めて安全なものだ。考え方や生き方リアルに考え直し、ときには変
えてしまうというようなものではない。だから趣味世界には、自分を脅かすものが
ない代わりに、人生を揺るがすような出会い発見もない。心を震わせ、精神をエク
スパンドするような、失望も歓喜も興奮もない。真の達成感や充実感は、多大なコス
トとリスクと危機感を伴った作業の中にあり、常に失意や絶望と隣り合わせに存在し
ている。

つまり、それらはわたしたちの「仕事」の中にしかない。

村上龍

記事への反応(ブックマークコメント)

ログイン ユーザー登録
ようこそ ゲスト さん