殴る蹴るはいつもの事。あざになっても服で隠れるようなところをちゃんと狙ってくる。常に体のどこかしらが痛かった。太ももを蹴られた日は、歩いて帰るのが大変だった。背中に肘撃ちを食らった日の夜、布団の中で寝返りをうつと引きつるような痛みが走った。
持ち物を隠されたり捨てられたりする。移動教室から戻るとまず教科書やノートを探すのが習慣みたいになった。筆入れはゴミ箱の中から見つかった。シャーペンの芯が全部折れていたが、無くなったわけではないのでほっとした。
金を貸してくれと言われる。断れば殴られるので、貸す。返してくれることはないと悟ったのは数日後だった。
お前は臭いから近づくなと言われた。こっちに顔を向けるなとも言われた。このクラスから居なくなれとも言われた。ひたすら風呂で全身を洗い血が出るほど歯を磨いたが効果はなかった。
プリントを手渡すと、汚物を手渡されたようにあからさまに嫌な顔をする。
二人一組になれ、何人一組になれ。誰にも声をかけられず最後まで余った。人数の足りてないグループがいくつかあって、教師がどこか入れてやれと促す。じゃんけんで負けたほうのグループが嫌々ながら混ぜてくれた。
女子に握手してくれと言われる。遠巻きに女子の集団が見ている。罰ゲームだろう。おずおずと差し出した手にほんのわずか指先がふれただけで、彼女は逃げるように仲間のもとに帰った。
女子たちが俺を見て「うわ変な顔」「きもちわるい」と言っていた。という話をわざわざ俺に教えに来る。
女子たちが俺の似顔絵を面白おかしく紙に描いて授業中に回し読みしていた。という話をわざわざその似顔絵の現物を持って俺に教えに来る。
授業中に当てられると注目が集まる。何か可笑しなことを言おうものなら、次の休み時間がものまね大会になる。教師の質問に答えられず口ごもっていると「フレーフレー」とニヤニヤしながら囃される。
美術の授業で作った作品を散々けなされる。こいつこんなしょーもない絵描いてるよと笑われる。
偶然教室の前で耳にしたクラスメイトの会話。「ねえ、あいつで遊ぶのやめてあげなよ。かわいそうじゃん」「うるせー、やなこった」「もー、しょうがないんだから(笑)」楽しそうな話し声。教室には入れなかった。
トイレで用を足しているところを横から覗き込み、あとでチンコがどうだったと皆に吹聴する。
俺が着替えるときを見計らって更衣室のドアを開け放つ。着替えるのをためらっていると次の授業に遅れるだろ、皆が迷惑するだろとなじられる。
誰も守っていないような校則でも、俺が破れば奴らがちょっかいを出す口実になる。必然的に行動は優等生らしくなった。それがさらに揶揄の対象になる。
宿題をやってくれば見せろと言われ、忘れてしまった時にはお前最低だなと馬鹿にされる。あいつはまじめだから掃除だいすきなんだよ、と掃除当番を押しつけられ皆は部活に行く。
ある奴の持ち物が無くなった時、そいつは真っ先に俺を疑った。どうせお前が盗ったんだろさっさと返せと言われ、さんざん殴られた。もちろん盗ってなどいない。早く奴の気が済みますように、あるいは無くなった物がどっかから見つかりますようにと願うしかなかった。
ある日とうとう我慢できなくなって反撃しようとした。大声をあげて、相手に殴りかかった。けっこうな騒ぎになった。そいつは教師に呼ばれ注意を受けた。戻ってきた奴はこう言った。「先公には反省しますって言ったけど、これからもお前のことは標的にするから」
数ヶ月経つ頃には、毎日誰かに何か嫌な事をされるのは普通だと思うようになった。これが普通だと思っていたから、普通に学校に通った。
そんな中、丸一日誰からも何もされなかったという日があった。どんな偶然だったのかは分からないが、今日は誰にも殴られなかった。今日は誰にも嫌な事を言われなかった。帰り道でその事に気がついて、思わず泣いた。嬉しくて。
もちろん、次の日にはまた殴られていた。
今から十年以上前の思い出。
思い出してみたら意外といろいろ覚えていた。でも現実感は全然ない。自分が経験したことというよりも、ずっと前に観た映画の内容を思い出しているような感じ。
クラスメイトのほとんどは苗字も忘れかけているのに、中心になっていた奴らの名前はフルネームで覚えている。そいつらのことを今も恨んでいるかと言うとそんなこともない。苦しみながら死んでいてくれれば素敵かもしれないが、そうなったところで何の得にもならない。
こんな思い出は忘れ去って、どんなに思い出そうとしても思い出せないようになればいいなと思う。
とは言え、ここに書いたことが大した経験だとも思わない。この程度の事なら誰だって経験しているだろうし、俺は今も生きているから。