2008-09-01

「死んじゃえばいいのに」

彼女はそういったけれど、僕にはよくわからなかった。

夏の終り/肌寒い風、気温/蝉は鳴いているけれど、もうまばらで。

彼女の顔よりも、ぼくはそっちのほうをよく覚えていた。

彼女は、生きているのが辛そうだった。

彼女が発する言葉には主語がない。

それは、主語を設定したら矛盾が生じるからなんだと思う。

彼女が世間を呪う時、彼女は自分自身をも呪っているからなんだと思う。

彼女は、世界と同一だったといえるのかもしれない/その、ちっぽけな彼女世界の中で。

それは、たぶん大人びた彼女からすればとても幼児的な、行為だったろうけれど。

あれ、やっぱりぼくにはよくわからないや。

僕は彼女とよく川沿いの道を歩いた。

新しくできた図書館へとつながるあの道を。

彼女は本を読むのを嫌がった。

ぼくは本を読むのが好きだった。

彼女は車が好きだった。

ぼくは車なんてどうでもよかった。

車の中で、僕たちは何度も愛し合った。

公園で、トラックの運転手が覗き込んだときはどうしようかと思った。

でも、僕はどこか誇らしげだった。

彼女芸術的な白い肌が、このおじさんの目を虜せばいいと思った。

それは、ぼくのものだったから。

振り返ってみれば、ぼくはあまりにも科学のほうによりすぎていて、

彼女はあまりにも慣習のほうによりすぎていた。

僕が信奉したのは、見えざる手だったけれど、彼女が信奉したのは、彼女自身が住むコミュニティの慣習だった。

僕たちは、いつか、あたりまえのように、別れた。

彼女が別れを切り出した。僕は拒否した。

だが、現実は進行した。あとで人伝いに聞いた話によると、もうこのころから彼女には男がいたんだと。

だけど、それはもうどうでもいい。

重要なのは、今日、僕が、都市部から特急で帰ってきたときに、

駅のどまんなかで彼女を目撃してしまったことであり、

その彼女は、おなかを大事そうにさすっていて、そのお腹が少し……膨らんでいたこと、それだけなんだ。

君は、どこか幸せそうに見えた。すぐ、向こう側のホームに訪れた電車がその姿を覆い隠すまで。

僕は、やっぱり君が信じてる道徳や、慣習や、そういったものよりも、科学を信じるから、

嫉妬や、後悔や、恨みや、愛情や、NTRや、いろんな感情よりも、なんていうのかな、君に。

なによりも。

祝福を、送ろうと、思う。

どうか、あなたが幸せでいられますように。

それだけを祈ります。ずっとずっと、あなたが、誰よりも、幸せでいられますように。

今でも、そしてこれからも、ずっとあなたのことを思い出すでしょう。

そして、そのたびに、いろんな感情を、ムリヤリに祝福で覆い隠すでしょう。

だいすきでした。さようなら。愛してました。ばいばい。

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