2008-02-24

旅行

隣国で女王交代の儀が執り行われるとの話を聞いたので、愛用している小さく丈夫な革の旅行鞄に、筆と帳面とありったけの乾物を入れ早速出かけることにした。助平と思われるかもしれないが、私は人様に助平と申せる程に助平ではない。照れや恥からではなく、真実人並み程度の助平心しか持ち合わせていないのだ。それならば何故、女王交代の儀の知らせを聞くや否や隣国まで出かけることにしたのかと言うと、理由は三つある。

一つは私がしがない物書きであること。それも自らの世界を書く創り手ではなく、異境の珍奇なる事柄を面白可笑しく書く記し手であるからだ。十日程前に大家に納めた店賃で蓄えは全てなくなってしまったので、ここ何日かは温かい飯を食らうこともできずにひたすら乾物を囓っていた。何か書かねば飢えてしまうし、飢えはせずとも店賃を払えなければ追い出されて凍え死んでしまう。しかし書くことがない。諸国を放浪した際に見聞きした珍奇なる事はほとんど書いてしまっていた。どうしたものか。嘘八百を書いてしまおうか。そんな時に女王交代の儀の話を聞いたのだから、一も二もなく飛びついたわけだ。

二つ目は私が珍奇なる事柄が三度の飯よりも大好きであること。食うや食わずの物書きなど堅気の人間はやりたがらぬことを望んで生業としたのはそのためである。稚い頃から記し手の話を手に入れると飯を食うのも忘れて何度も何度も読み返し、頭に浮かべたその珍奇なる世界に思いを馳せていた。商家の倅として生まれた私だが、数をパチパチ弾くだけの変わり映えしない生活に飽き飽きしていたせいか、尋常ではない入れ込みようであった。そんな私だが隣国の女王交代の儀は未だ見たことがなかった。前回の儀は十六年前。既に珍奇なる事柄に興味を持っていたのだが、十をようやく超えたばかりの子には隣国は少し遠すぎた。夜明け前に荷を持って出かけたのだが、翌日の夜には親から捜索を頼まれた者たちに連れ戻されてしまった。三つ隣りの村だった。それ以来、女王交代の儀には並々ならぬ関心を持っていたというわけだ。

そして三つ目。いくら書くことがないとは言え、いくら稚い頃から関心を持っていたとは言え、隣国はそれでも旅に出るにはまだ遠い。容易ならぬ山道を幾日も歩くよりは、手っ取り早く嘘八百を記してしまうなり、それでなくとも以前に書いた珍奇なる事柄を記してしまった方が、良いではないか。そう考えるのが常であろうし、他の珍奇なる事柄ならば私もそう考えたかもしれない。しかしそれでも私は迷うことなく家を出た。すなわち三つ目の理由とは、二つの理由を後押しして迷わず出かける程度にはある、私の助平心ということだ。

そうして乾物を囓りながら小さな旅行鞄を片手に私は隣国へと旅立った。

隣国へ着いたのは儀の一日前だった。儀は取り決められてから十と五日後に執り行われる。噂を聞いてからすぐに飛び出た御陰で間に合った。街の外れの安い宿屋でなけなしの銭を渡し部屋を取ってから、まずは儀の執り行われる広場へ足を向けた。広場には縦横五丈、高さ一丈程の舞台のようなものが造られていた。何人かの職人が最後の仕上げに舞台へ上がる段を拵えていた。明日執り行われる事を考えると何とも言えない気分になるが、それを見たさに来ているのだから我ながら始末が悪い。

陽も沈んできたので宿に帰ると何やら賑わっていた。先ほどは裏通りから入ったので気付かなかったがどうやら宿があるのは裏手であって、その向こうにある中央の通りと面してる方に酒場があるようだった。宿の奥にある細い通路を抜けると賑やかな酒場に出た。中央の通りに面してるとは言っても街の外れには変わりがないので上等な客層ではなかった。眺めていると顔を真っ赤にした日に焼けた中年男が声をかけてきた。私が旅の者で、しかも記し手であることがわかると、珍奇なる話を求められたので話してやると、大層気に入ったようで酒を奢ってくれた。こうして珍奇なる事柄を多く知っていると得なこともある。話をし尽くし、奢ってってもらい尽くした自分の街では使えないのが残念だが。男と話をしていると明日を大層楽しみにしていることがわかった。新たな女王誕生だ。これから国は良くなる。そうは言っていたが下卑た笑いからは、それが本心とはとても思えなかった。

男が酔い潰れてしまったので酒場を見回すと俯いて飲んでる男がいた。酔い潰れた男が注文していた酒を手に持ち、その男のもとへと行き、酒を注いでやった。特に驚くことも嫌がることもなかったので、そのまま前の椅子に座り酒を飲むことにした。しばらくすると男は愚痴り始めた。幼いときから知っている。心の底から崇めていた。しょうがないことなんだろうが。やりきれない。自分より少し若い男はそう愚痴をこぼしやはり酔い潰れてしまった。恐らく初めての女王交代の儀なんだろう。もし自分がこの国に生まれてたらどう思うだろう。そんなことを考えながら酒場を後にした。部屋に戻るとすぐに睡魔に襲われ眠りに落ちた。久しぶりの酒のせいだろう。結局答えは出ずに考えだけがぐるぐる回っていた。

翌朝、太陽の眩しさに目が覚めた。朝は大分過ぎているようだったが、儀が執り行われる昼にはまだ時間があるようだった。乾物を囓りながら広場に行くと街中の人間が集まっていた。下卑た笑いを浮かべる男に、俯きがちな男。そんな男を呆れた目で見る女に、にやにやしながら待つ女。恐らく街中の人という人が集まっていた。そんな様子を見ていると太鼓の音が鳴り響く。後ろを見やると兵士に連れられた女王が、いや元女王がやってきた。手を縄で縛られ、襤褸切れの首の所だけに穴を開けた服で、歩く度にちらりちらりと肌が見える。しかし、それでもなお女王の風格を纏っているのだから、なかなかの傑物だったのだろう。囃し立てる男達に、罵声を浴びせる女達。その中を兵士達が道を作り、元女王舞台へと上がった。

そして仰々しい礼装をした老人が束ねた紙を手にして舞台へ上がる。女王を補佐してた中で一番の有力者が告げると聞くので彼がそうなのだろう。老人は恭しく女王の罪状を述べた。曰く不作。曰く日照り。曰く疫病。さしもの女王でも如何ともし難いことばかりだった。罪状を告げ終わると兵士が元女王の身を纏う襤褸切れを剥ぎ取り、性器を模した木型を手にした老人が女王の股間に突き刺す。女王の小さな悲鳴と共に赤い血が流れる。老人が破瓜の血を吸った木型を掲げると大きな歓声が沸いた。その後は代わる代わるに犯され続けた。脂ぎった男に、木型を持った女に、行為の意味もわからぬ稚児の拳に、そして昨日酒場で悩んでいた俯いてた男に。

陽が暮れるまで犯し嬲られ罵倒されつくした女王には、もう女王の威厳は宿っていなかった。それどころか人としての心さえも壊れてしまったようで、目の焦点は合わないままだった。そして呻き声しか発せられなくなった白濁の元女王が横たわる舞台に火がつけられる。人々はその周りを騒ぎながら踊る。夜が明けるまで。国を悪くした元女王がいなくなったことに喜びながら、新たな女王が国を良くしてくれることを祈りながら。

翌朝、国へ帰ることにした。金穴と好奇心と少しの助平心で来たものの、人並み程度の助平心しか持たない私には少し重すぎたようだった。満たされた好奇心以上に後味の悪さが残る。それでも飯の種ができただけいいかと街を出る途中、城の前を通りかかると新女王の戴冠式が行われていた。そこにはまだ物心もついてないだろう稚児が、数えきれないくらいの人間に崇められていた。何かわからない子ども達は不思議そうにしていたが、大人達は皆真剣に頭を下げて女王を讃えていた。

少し歩くと、酒場で出会った日に焼けた中年男がいた。周りと同じように真剣に崇めている様子だったが相変わらず下卑た笑みを浮かべていた。何かを期待するような下卑た笑みを。またしばらく歩くと、酒場で出会った自分より少し年下の俯いてた男がいた。彼もまた真剣ではあったが日に焼けた中年男と同じ顔をしていた。この街ではこうして大人になっていくのだろう。真剣に崇めれば崇めた分だけカタルシスは大きくなる。だからこそ、この街の大人は皆真剣なのだろう。不思議そうに大人の真似して頭を下げてる子を見て、一昨日の問いが再び頭に上る。小さな旅行鞄から取り出した乾物を囓りながら、私は隣国を去った。

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