2006-12-29

ボランティアの使いかた

広島ドッグパークのグダグダさを見て思ったこと。

ちょっと前までは、ボランティアというのは無料で使える便利な労働力にしかすぎなかった。

Web時代になって様相が変わった。ボランティア武器を持った。

彼らは自分達のメディアを通じて、ボランティアとしての自分の意見を現場から

発信する、世論マスメディアをも動かしうる厄介な存在になった。

労働に対する対価を支払わなくてもいい」という、ボランティアを用いるメリットは依然としてあるものの、無償であるということは、ボランティア側にもメリットをもたらした。彼らは無償であるがゆえに、指導者に対して何ら引け目を感じることがない。NGO側に何か気に入らないことがあれば、彼らは嘘をつくことすらためらわないかもしれない。

ボランティアを使って何かを行う際には、こうしたボランティアの「目」、その背後にある世間の目というものを意識しないと、今回のドッグパーク騒動のようなことになる。

  • 「自分達は正しいことをやっている」という信念だけではだめ。理念を理解できないボランティアは敵に回る。「どう正しいのか」を全てのボランティアに説明できなければプロジェクトは失敗。説明目線の高さは、ボランティアの間でもっとも程度の低いものにあわせる必要がある
  • 知的な価値の低い仕事、汚い仕事こそ対価をもらっているNGO 側が率先して行う必要がある。ボランティアは、指導者一挙一動を全て見ている。誰かがそれをネットに発信する可能性を常に意識すべき
  • ボランティアの集団がひとつになってしまうと、最悪庇を貸して母屋を取られる。ボランティア集団の分断工作は必須
  • 具体的には、古参ボランティアの中で、人を仕切るのが好きな人(上手な人ではない)をいろいろと優遇して、「体制派」になってもらうよう努力する。「体制派」は、その他のボランティアからは不満のぶつけ先になり、NGO側から見ればいつでも切れる「トカゲの尻尾」になってくれる。泥沼化したとき、そういう人を切り捨てれば、組織は救われる
  • NGO側とボランティア側とで喧嘩になって、それをマスコミ報道しようとしたときには「どちらが悪いのか」を説明してはいけない。NGO側が話すことは「我々が全部悪いんです」の一言だけ。対話すべきは目の前の記者なんかではなく、その後ろにいる大量の視聴者
  • 視聴者は「事実」なんかには興味が無く、「どっちを悪者にすると面白いのか」だけにしか興味を持たない。「悪いのはボランティアではなく、全ては分かってもらえなかった我々の責任です」とバカのように繰り返せば、視聴者は喜んで「勝者」になったボランティアを叩きはじめる
  • 基本は全てオープンに、プロジェクトの期間は最小限に。ボランティアを使うのは、Winnyで違法なファイルを落とすのと一緒。期間が長ければウィルスだって入ってくるし、自分のハードディスクの中に公開されたくないものがあれば、それはどう防いだって一定の確率で公開されてしまう
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