2011-01-01

わたしのための彼女との会話ログ

汗ばんだ手で、ひやひやしながら、ディスプレイに文字が再現されていくのを見守る

彼女はわたしに言った、まだ意地を張るのが好きなままなのね、そのままでは受け入れなくてもいい後悔に、免れられる筈の後悔に、いずれ立ち向かわなければならなくなってしまうわよ、あなた、それ、いやなんじゃないの

目前の身体のない彼女機械を通してわたしに問いかける、さきほどの話では、缶ビールをかたむけて、お箸でスナック菓子をつまんでいるそうだ

わたしはキーボードに添えられた手の水分を幾分か深くして、指をかじかませながら動かした

どうしようもないって、思いたい

はなにもかもが自分を追い詰めようとしているんじゃないかしか思えなくて、こわいの

きみの言葉だって、慎重に扱わないと、悪意が悪意にすりかえてしまう、ないはずのものを捏造してしま

怒られたくないよ

泣くよ

泣かないように、ちょっとくらいのふんばりをきかせてみなさいな、彼女は素早いレスポンスを打ち返す

びくりと肩を揺らして、ケトルからあわてて沸騰したお湯をマグカップにそそぐ

彼女はわたしが感情的になっていつもはできるはずの真っ当な判断をできなくさせているその生理現象を自分でなだめなさいと教えてくれている

手近に転がっているティッシュ箱を引き寄せて二枚のちり紙を引き抜くつもりが三枚引き抜いてしまったので一枚をティッシュ箱にかぶせた

ねえ、正しすぎることは苦手だって、前言っていたじゃない

そのひともあなたが正しすぎることがかなしかったんじゃないか

正しさの水準は一定じゃないし、ひとりひとりが把握している正しさの範囲も違うわ

あなた日常的な正しさはそのひとにとって非日常の正しさだったのかもしれなくてそれにびっくりしてしまったのかもしれない

そういうことって、ないかしら

洗濯バサミにぶらさげられているフェイスタオルを取ってきててのひらを、ぎゅぎゅっ、とぬぐって眼鏡をかけ直した

マグカップからは湯気が立ち上っている

あるかもしれない

でももう、起こってしまったことの原因がわかっても、対処の仕方がわからないよ

そのひとは自分意見を通すことに躍起で、その意見というのはわたしが配慮が足りないということで、わたしの意見は配慮してほしかったことをどうしてその場で言わずにあとから蒸し返すかってことなんだよ

わたしが黙るしかないんだよ

何を言っても取り合ってくれないことはこれまでの経験で身にしみているもの

ディスプレイに浮かぶウィンドウひとつ沈黙する

無遠慮な広告画面が後ろ側でちらちらと動いている

あなたは黙ることに決めているのね

そうだよ

それは自分の言い分を伝えないで、折り合いを取っていこうと思っている、そういうことなのね

そうしようと思った

思ったけど自分が不当な扱いを受けていて他のひとであればわたしの意見が真っ当と言ってくれるのにそのひとにだけ通じないということがすごく悔しい

あら、それは大変だわ

すごく、たいへんだよ……

ところでおなかはすいてない、つっけんどんに彼女は文字を打ち込んだ

え……すいてないことはないけど……、眉をしかめながらわたしはマグカップの持ち手を握った

おなかすいているときに考え事とか思いつめることはよしたほうが良いわ、お父さんがいつもそう言っていたの、何か食べるもの買ってくるか作るかしたらどう

はぐらかすの、ちょっぴりいじましい気持ちをちくりと持ちながら、追いすがるような目でわたしは文字を待った

ちがうちがう、ひとやすみ、こっちがおなかすいちゃったのよ、ごめんね

そう、なら、何か持ってくる、惣菜があるはず

うん、あとね、

そこで区切って彼女は次の言葉をこういうふうについだ

そのひとの話、毎度毎度きいているけれども、お互いにだめだわって思っちゃうわ、わるいけど

それってね、お互いのひとりひとりがだめということではないの

一緒に二人で対峙しちゃうからだめなのよ、そういうところで阿吽の呼吸を発揮してはいけないでしょう

もっと環境を変えてみた方が良いと思う、今まではその環境でなんとかなっていたのかもしれないけれどそういう時期なんじゃないか

それで、それをやりやすいのはどっちかって問題だと……、わかるよね

そのひとと知り合いじゃないかあなたにこういうしか方法がないし、わるくないと思うけどどうかな

しいことを言うようだけど相手にどうにか寄り添ってもらうというのは見込める様子ではないでしょう

駄々捏ねるの、やめちゃいなよ

やめたいんでしょう、本音では

中腰の体勢でマウスからしばらく手が離せなかった

彼女は知ったふうなくちをきいてわたしを諭す

……しらないもん

わたしはやっとのことで返答のようなものを投げる

許すの上手になりなよ、本音を言っても思っているより誰もこわくないよ

あなたはこわがりすぎだわ、そんなだから食事に人の倍時間がかかるのよ

それ関係ないと思うな

関係ないわよ、こわがりのあなたから派生したことを言っただけだもの

画面のスクロールがしばしの沈黙を許容する

…………すぐにはできないよ

うん、すぐにはできないね、すぐにしなくてもいいじゃない、締め切りがあるわけじゃないわ

でも自分かわいいならあまりまごついている場合じゃないと思うよ

あせらせないで

焦らせるつもりないわよ、知らないことがあっちゃいけないと思って、伝えているのよ、丁寧に

それでも焦らせてしまったのなら謝るわ、ごめん

きみと話しているとするする流れる気持ちがしてこわくなる

もっとつっかえつっかえするのが本意なのかい

そう、もっとゆっくりがいい

うまくいく、とか、よどみがないかんじって、こわいよ

何か罠が待ちかまえていて、油断するのを待っているみたいだもの

ふふ、と彼女は文字面で笑ってみせた

そういうのは、慣れ、だよ

不慣れなことだからこわいのでしょう

最初はそういうものだろうけどでもこわがるのが自分の使命みたいに思っていてはいけないわ

下手に悪者ぶるのはそろそろやーめ、あなたの使命は自分良心自分の本音だと肯定してあげることだもの

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