2008-10-30

ばあちゃんに恋をした

先日亡くなった祖母の遺品の中に、一枚の古い写真があった。モノクロ写真。長い年月のせいでかなり傷んでいるけれども、そこに写る人々の姿は、はっきり見て取れる。親戚のおばさんの話によれば、写真戦後まもなく撮られたもので、そこには二十歳前の祖母が女学校の同級生たちと共に写っているとのことだった。そこに写る数人の女生徒のうち、誰が祖母なのかわからなかった。ただし一人だけ、もの凄い美人が写っていて、この人ではないだろうということはわかった。

実際、おれはその美人に目を奪われた。昔の人の写真になぜか一人だけ現代の女性が写っているみたいで、異質な存在だと言ってしまっても良いほど、その人が美しかったから。

背が高く、百六十五センチはあるように見える。二重まぶたでぱっちりと開いた目から、こちらを射抜くような光がこぼれている。鼻は高くないけれども、鼻筋がすっと通っている。唇は少しぶ厚いけれども、だらしない感じは全くしない。白黒の写真だからこそ、透けるような肌の色がいっそう際立っている。頬は白磁を思わせるような白さと丸みを帯びていた。その時代の人なら化粧気などそれほどないだろうに、彼女はそれ以上何か手を加える必要を微塵も感じさせなかった。少し澄ました顔で、かすかに目元を緩め、ほんのわずかに口角をあげる、たったそれだけで艶のある魅力的な表情を作り上げていた。

おそらく当時の価値観では、そこまでの美人と言う認識ではなかったのかもしれないと思う。どちらかと言えば男好きはするけれども、派手めの容姿で他人に後ろ指をさされることもあったのではないか。だが、現代に生きるおれの目から見れば、そこに写るのは勝気そうでいながら慎ましさも備えた可憐少女だ。正直、祖母が誰かよりも、この人が誰かを知りたかった。

ところが、ばあちゃんはこの人、とおばさんが指したのがまさにその美人だったので、おれは自分の目を疑った。この人があのばあちゃんだと、にわかには信じられなかった。言われてみれば面影があるような気がしないでもないが、二十歳と八十歳では何もかもが違いすぎて較べようもない。それ以上に、そこに写る美人遺伝子が自分の体に受け継がれていると言うことが到底信じられなかった。

そして、彼女が祖母であると言う事実を受け入れたくなかった。なぜなら、困ったことにおれは彼女に恋をしてしまったから。一目惚れというのは実際にあるのだと知った。決して叶わない想いであるということが胸を締めつける。この美しい少女はもう、この世界のどこにもいない。

生前祖母が語ってくれた昔話も、この少女の姿を思い浮かべれば丸っきり違う印象になってしまう。もっと話を聞いておけばよかった。どんな青春を送ったのだろう。どんな恋をしたのだろう。どんな時に笑ったのだろう。何に心を痛め泣いたのだろう。そんなことを、うだうだと考える。考えれば考えるほど、おれの頭の中で彼女は可愛くなっていった。まるで、架空少女に恋をするような感覚だった。

もうずっと前に他界している祖父に、嫉妬せずにはいられない。その祖父がいなければおれ自身この世に生を受けることはなかったのだけど、それでも、なぜおれがじいちゃんじゃないんだと恨めしく思ってしまう。

もしかしたら血縁者の中に彼女の面影を残す人がいるかもしれない。そう思って、法事の際には疎遠になった親類をじろじろと観察したりもした。けれどそんな人はどこにもいなかった。

今はどうやってこの恋心に折り合いをつけるべきだろうかと迷っている。彼女への想いを抱いたまま、いつまでも過ごすことになるのかもしれない。もし、彼女によく似た女性が現れたら、即刻なびいてしまうのかもしれない。あるいは、結局こんな恋心はほんの一時の熱情に過ぎないのかもしれない。

とは言え、将来タイムマシンが実用化された場合の行き先は決まった。

トラックバック - http://anond.hatelabo.jp/20081030044931

記事への反応(ブックマークコメント)