■組み込みソフト開発チームに勉強する気ゼロの人がやってきた

30代のSES会社のプログラマー。

ある常駐先での話。

そこはある大手企業の組み込みソフトを開発する小さなチームで当初のチーム構成はこうなってた。

• プロジェクトマネージャー(常駐先の正社員)
• プログラマーA (僕)
• プログラマーB (派遣社員)
• テスターA (僕と同じSES会社)
• テスターB (派遣社員)

僕とテスターAは入社してからずっとこのチームに客先常駐していた。

でもテスターAが会社を退職することになった。

僕の会社は社員数1桁しかいなくて代わりのテスターを常駐させられなかったので、派遣会社からやってきたテスターがキラ・ワレ子(仮名)。

キラ・ワレ子はテスターAと約2週間、一緒に仕事をして引き継ぎすることになっていた。

3日も経たないうちにテスターAから「キラ・ワレ子はヤバいよ、テスト仕様書作成完全拒否だよ」と耳打ちされた。

組み込みソフト開発ってとにかくドキュメントが多くてプログラマーの僕はコーディングより設計書作成ばかりやってる。

テスターもメインの仕事はテスト仕様書の作成。

ソフトを組み込んだ製品が出荷されてしまったらもうバグ修正はできないから、バグは絶対出せない。

だから「このテスト仕様書のテストは確実にやった」という証拠が絶対必要。

なのにテスト仕様書作成拒否って?じゃあ派遣テスターとして何やるの?とテスターAに聞くと、システムを適当に触るのがテストだと頑固に言い張っているらしい。

僕には思い当たることがあった。キラ・ワレ子が切ったバグ票。バグ票ってのはテスターがソフトの問題を報告するバグ管理データベースのレコード。キラ・ワレ子のバグ票にはテスト仕様(製品仕様がこうなっているので期待する結果がこうで、こういうテストをした)のコピーがなく、エビデンス(テストをした証明)もなかった。

もしかしてテスター経験者というのは嘘(IT業界ではよくある)で勉強しながらなんとかする気の人じゃないかと思っていた(それで何とかなる人もIT業界には多い)。

でもテスターAが言うにはキラ・ワレ子は勉強する気はゼロだと。

さすがにヤバいということで、テスターAはテスターBと一緒にプロジェクトマネージャーに直訴した。

プロジェクトマネージャーは対処すると言ったらしいけど、なぜかキラ・ワレ子は切られないし、代わりのテスターも来なかった。

ちょうど納品が終わって暇な時期だったこともあってテスターAは「キラ・ワレ子、絶対ヤバいよ」と言いながら引き継ぎを済ませたことにして僕の会社を退職してしまった。

でも次の開発サイクルは当然やってきて最初に音を上げたのはテスターBだった。

キラ・ワレ子が自分のテスト仕様書作成をテスターBに押し付けようようとしたから。

テスターBはなぜ仕事を他人に押しつけてまでチームに居座ろうとするんだと大変な剣幕だった。

プロジェクトマネージャーも含めてチーム全員で話を聞くとキラ・ワレ子は、

• ITの専門学校にもITの大学にも行ってないのでテスト仕様書は作れない
• テスト仕様書以外の仕事ならなんでもやる

と言ったがプロジェクトマネージャーが派遣契約の作業内容がテスト仕様書作成なんだから認められない、派遣契約どおりの仕事をしてください、と突っぱねた。

そりゃそうだ。

キラ・ワレ子はその場では勉強しながら頑張ります、とは言ったが僕はもう彼女は切られて消えると思っていた。

ところが、消えたのはテスターBだった。

なぜかキラ・ワレ子は切られることなく勉強する気なしの姿勢も改まることがなく、テスターBがキラ・ワレ子の分までテスト仕様書を作っていたのだから当然だった。

テスターBが消えてから1週間位で経験者のテスター(SESでなく派遣)がチームに加わった。

でもキラ・ワレ子と仕事をしていて何かを察知したらしく、わずか3日で「自分には無理です」と消えた。

納期が迫っていた。

プロジェクトマネージャーは僕とプログラマーBにキラ・ワレ子を手伝ってくれと頭を下げた。

そしてプログラマーBが消えた。

相変わらずキラ・ワレ子はテスト仕様書から逃げまくり、僕とプログラマーBが詳細設計書とテスト仕様書の両方を作ってたんだから当然だった。

僕はプログラマーBが羨ましかった。僕は社員1桁のSES会社で実質派遣とはいえ、一応は正社員で簡単に辞めることはできなかったから。

自分の会社の社長にもプロジェクトマネージャーにも全力でもうキラ・ワレ子と一緒に仕事はできないと訴えた。

その甲斐があって(その時はそう思った)、プロジェクトマネージャーからプロジェクトは3ヶ月リスケ(納期が後ろに伸びること)されたと言われた。

後日、会議室に呼び出された。そこには部長(プロジェクトマネージャーの上司)、プロジェクトマネージャー、複数の(僕の会社の顧客の)顧客と思われる人がいた。

顧客の中にかなり年齢が高い人がいるのとその表情から何か大変な問題が起こってることがわかった。

プロジェクトマネージャーはずっと下を向いていて、ほとんど話したことのない部長が僕に「テスト仕様書を持ってきてください」と言った。

でもプロジェクトはリスケされたし、そもそもテスターのキラ・ワレ子はテスト仕様書拒否だからテストは頓挫してる。

僕は「テスト担当じゃないのでわかりませんが、テスト仕様書はできてないですね?」とプロジェクトマネージャーに向かって言ったが彼は下を向いたままこちらを見ない。

顧客で一番年齢の高そうな人が「だったらテスト担当者を呼んでください!」と大声を張り上げた。

部長が誰かにキラ・ワレ子に会議室に連れて来るように電話で指示した。

キラ・ワレ子登場まで10分以上かかった。

その間に地獄の会議室で聞きかじった話から推測すると、プロジェクトのリスケは嘘で実は納品されたらしい。でもテスト仕様書がないからテストは無理。それなのにテストしたと嘘をつき、テスト仕様書は整理中(聞いていた僕も意味不明)とお茶を濁していたらしい。

顧客の製品テストで問題が発覚し、一体どういうテストをしたのか整理中でもいいからテスト仕様書を出せ、という話のようだった。

そして、やっとキラ・ワレ子が会議室にやってくると「私は言われた通りにテストしました」と言ってしまった。

それを言ったらテスト仕様書なしにテストして納品したことになってしまう。

当然、顧客は「だからそのテスト仕様書を見せてくださいと言ってるの!!」とヒートアップ。

なんとキラ・ワレ子は泣き出した。彼女の年齢は知らないけど30歳は超えていると思う。それなのに泣きながら自分の仕事について「私は知りません」を繰り返した。

顧客は呆れて「もうこの人達に何を聞いても仕方ないでしょう」と言ってくれ、僕とキラ・ワレ子は地獄の会議室から解放された。

そしてキラ・ワレ子も消えた。切られたのか自分から辞めたのか僕にはわからない。

そして(僕の会社の)顧客の別の部署から2人の社員が来て急ピッチでテスト仕様書を作り始めた。

僕は自社の社長から「月末で全ての仕事が終わるようにしてください」と連絡をもらって全てを悟った。

予想どおり、月末で組み込みソフト開発チームは解散となった。

プロジェクトマネージャーは来月末で退職すると聞いた。

僕の会社の社長は顧客の別の部署に営業してみたが相手にされなかったそうだ。

長年常駐した客先だったけど、全てが終わった。

なぜすぐにキラ・ワレ子を切らなかったのか僕にはわからない。退職するプロジェクトマネージャーに聞く勇気もなかった。

技術を勉強する気もないキラ・ワレ子がなぜテスターにしがみついていたのかもわからない。

確かなのはキラ・ワレ子1人のために全てが終わったということだけだった。

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