2010-07-02

「誰かの奴隷になりたい」と言ったらドン引きされた

「誰かに隷属して、一生命令に従うだけの人生を送りたい」

大学食堂

月曜日の2限が終わり、学生教職員が昼食の為に行列を作る。

ガラス窓の向こうの中庭では音楽系のサークルが一昔前の音楽演奏していた。

僕は何とはなしにそちらに耳を傾けつつ、次の言葉を発した。

「別にマゾだとか被支配欲とか破滅願望って訳じゃないんだ」

「むしろ、誰かが僕を支配しなければならないという状態に縛られてる状態が欲しいんだ」

「こんなにどうしようもない僕なんかを、ね」

ここまで話して、日替わりラーメンの新作「麻婆ラーメン」に口を付けた。

麺を何口か啜り「これは罰ゲームに使えるな」と呟いた。

「谷倉に食わそうぜ。最近後半組の瑞希さんと仲良いしな」

対して、向かいの席に座った芦原は定食Aのステーキを切り分けながら相槌を打った。

「今度の必修のレポートが終わったらまたやろうか。北森も呼んでさ」

良いなそれ、と言いつつ芦原の視線は配膳に固定されている。

いつもの事だと流して、左で菓子パンを手にこっちを見ている凪川を見た。

「話を戻すとさ、支配されてるのに支配してるって言う矛盾みたいのが良いと思うんだ」

幼女二次元は?」

芦原がニヤニヤして横やりを入れた。

「それ十分条件……いや、必要条件だな」

「このロリコンが。お前が捕まったらネットで晒し者にしてやる」

はいはい、と流して話を続けた。

「この矛盾はね、結局相手も隷属してるってのが素敵なんだよ」

「犬の散歩で言うなら、縄の付いてる部分こそ違えど、飼い主と犬は繋がってるって事でしょ」

「けど、飼い主は自分から縄を離せる」

凪川は眉根を詰めて言った。

「都合の良い対象として扱われたいのか?」

「いいや、違うよ」

「もし、飼い主も自分で縄を離せなかったらどうする?」

「僕は、その状態が欲しいんだ」

「形としては支配されてる、けどそれは惰性に過ぎない」

「いつ支配され返されるか分からない。それでも支配し続けなければならない、離れられない」

奴隷となった相手の従順な姿に安心しつつも、時折絶望に浸って欲しいのさ」

「…………お前の考えは変態すぎる。俺には良く分からん

凪川は渋い顔をしてこちらを見ている。

場違いだと思いつつ、こいつに倒錯的な性体験をさせたいと思ってしまった。

顔に出ないように取り直しつつ、言い返して反応を見ることにした。

死にたいと四六時中言っているよりは良いだろ。性的エネルギーは活動の活動源だ」

「方向性が道徳的ではないのは良いのか」

「0°がまともだとして、720°でも傍目には分からなければ良いのさ」

道徳的であるかどうかは過程じゃなくて結果にあると思うよ」

「その結果が支配関係なら180°だろ。それに、俺らに言ったら過程が分かってるから意味ないだろ」

依存してるから良いのさ。愛を受け止めておくれ」

「口唇期まで戻れ。歪んだパーソナリティ矯正してやる」

光源氏計画か、はたまたプリンスメーカーか」

フルメタルジャケットの方だ、良かったな」

軍隊プレイで男に撃たれるのがお好みかね?」

「お前に掘られるくらいなら石鹸リンチの方がまだ耐えられる」

「痛いのが好きなら、そうとはっきり言えば良いのに」

「どう解釈すればそうなる変態バイペドフィリア地獄に落ちろ」

今日も厳しいな、少々古いがツンデレ愛情表現かね……とにやりとした。

凪川の目にあるはっきりとした嫌悪については、今は深く考えたくない。

芦原は黒檀色の瞳を探る様に向けている。

「…………良いんだ、今さえ楽しければ。どうせ刹那的にしか生きられないし、受け止められないから」

「あっそ、好きにすれば」

「ごめん」

それから3限開始までは何事もなくいつもの日常が戻って、4限に解散した。

モノレールから見える景色は変わらなくて。

銀朱に染まる最寄りのバス停で降り、鍵束でドアを開放する。

その日 友人が一人死んだ。

午前6時、その報せが映ったディスプレイを見つめていた。

7月の初めに、人が死んだ。

名前以外はノンフィクションです。

読んで頂きありがとうございました。

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