2010-05-02

大学制度を考える

高校の場合、教師から受け取る知識と教師に与えた知識はほぼ100:0だった。

大学では、教養課程を除いては、教官から受け取る知識と、教員提供する知識、労働力の比率が逆転した。

なにかを研究しようとしたら、教官が知っている知識は学生は知っていて当然、それ以上の情報をあつめ、仮説を立て、裏づけができないとならない。

もちろん、美味しいところは教官がもっていく。

それによって研究費をとり、しかしそれも結局は大学が吸い取る。

大学駅ビルで、研究室テナントで、教官はそれぞれのテナント店長

学生はそこのバイト

研究といっても、実務は華々しいことばかりではない。

掃除みたいな雑用から泥仕事危険な作業、そういうことのほうが多い。

いきあたりばったりの興味本位での卒論は許されなかった。

研究費に結びつかない(と思われる)研究時間お金を裂く時間も体力もなかった。

目的研究の過程で起きたトラブル対処から、追加実験をして新しい知見として卒論にする、そんな程度のつまらない卒論だった。

でも、大学時代先生と生徒ではなく、同じ仕事をする仲間として見てもらえたことを誇りに思う。

研究費が取れないラボは、学生お客様扱いされていた。

教官学生の関係は高校そのままでないにしろ、教官学生の指導に重点を置いていたし、学生教育を受けて当然という風に思っているようだった。

卒論学生の興味でのテーマのようだった。

丁寧な教育を施されたかったら、それほど受験で頑張る必要はないのかもしれない。

科研費がとれない大学ほど、受験料と授業料経営する大学ほど、教育熱心なはずだ。

でも、たぶん教育を施されるよりも共に働くほうが学びは大きいだろうと思う。

白状すると、学歴のおかげでずいぶんと得をしてる。

でも、教育機関としての大学なんて放送大学だけで十分なんじゃないかって思う。

今の自分があるのは、大学教育してもらったからじゃない。

放送大学って名前が嫌なら、全部東大でもいい。

東京大学青森分校、東京大学富山分校っていうふうに。

2年次の夏にでも、全国の大学研究室学生を募集する。

授業料をたんまり取るラボから、逆に時給を出すラボまであっていいと思う。

倍率によっては学力試験なり面接なりで選考する。

そうすれば、家庭の事情で進学できない人も減るはずだ。

なにせ授業料どころか時給、ときに年俸だって発生しえるわけだから。

どうだろうこれ?

  • 授業料をたんまり取るラボから、逆に時給を出すラボまであっていいと思う。 アメリカではRA(リサーチ・アシスタント)という奨学金みたいなものがある。名目上は教授の研究のお...

    • 学部生だと無給だけど、修士課程、博士課程だと教官が受け持つ授業と実習の手伝いをするという名目でもらえたりしたよ。 実際のところは、授業の手伝いはほとんどせず、実験に明け...

    • 日本でも博士課程なら金でるところあるよ 俺は月16万くらいもらってる

  • これは難しいんじゃないか。 そもそも日本の大学に学生に給料を与えるだけの財政基盤があるのかというのがまず1点 ハーバード大学が常に高い評価を得ることができるのは、質の高...

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