まあもうどうせ何を言っても受け入れてくれないだろうけど。「どうせそのブログ主の個人的な感想でしょ?」なんつって。
でもいいわ。このログをどこかで見てくれている誰か、未来のどこかでたまたま検索で引っかかって読んでいてくれる誰かのために書く。
http://a-pure-heart.cocolog-nifty.com/log/2005/03/post_6.html
私が最近書いてきたスクールカーストについて、非常に鋭く分析されています。アメリカの話ですが、ほぼ日本の現状と同じです。あまりにも内容が濃く、まだ消化しきれていないのですが
http://blog.katei-x.net/blog/2008/01/000442.html
と
http://www.blog.net/nerds-jp.htm
の類似点。
知的水準は、他の条件、たとえば外見上の見た目とか、カリスマ性とか、運動能力といったものにくらべて、はるかに低い評価しか与えられなかった。
中高生にとっては、「一緒にいて面白いこと」「外見的魅力に優れていること」「運動能力が高いこと」が至上の価値を持ちやすいため、スクールカースト上位層は、自然とそういった者で占められることになる。
http://note.masm.jp/%B3%D8%B9%BB%B2%BD/
それが社会へ
http://mblog.excite.co.jp/user/manabisuto/entry/detail/?id=2656464
「実をいうと学校化社会とは、「家や地域社会が学校の出店になる」あるいは「学校的な機能をバックアップすることが、家や地域社会の機能だという風に自己認識する」要な状況だと僕は再定義します」(宮台真司「透明な存在の不透明な悪意」より)
そして元へ返ると
10 代の子どもたちは、かつて社会でもっと大きな役割を果たしていた。産業化が始まる前は、どんなティーンエイジャーも、何らかの形の徒弟だった。商売かもしれないし、牧場かもしれない。軍艦ということもあったろう。彼らは、勝手に自分たちの社会を作ったりはしなかった。大人社会の若い一員だったんだ。
今の大人には、これといったティーンエイジャーの使い道がない。オフィスにいたって邪魔になるだけだろう。だから、通勤の途中で学校に放り込んでいくわけだ。週末旅行に行く時に、ペット預かり所に犬をあずけていくのに近い。
実社会で大人たちが集団を作るとき、普通、それには何か共通の理由がある。リーダーは、結局、それがいちばん得意な人間になる。ほとんどの学校で問題なのは、そこに何の目的もないことだ。表向きの目的は学問ってことになっているけど、これは冗談みたいなものだ。それがいちばん得意な連中でさえ、まともには取り合っていない。でも、絶対に階層はできるはずだ。そこで、子どもたちは、無からそれを作りだす。
さしたる基準もなくランクづけするとどういうことが起こるだろう。それを表現する言いまわしがある。そういう時、ぼくらは「もはや単なる人気投票でしかない」というんだ。そして、これこそが、まさにアメリカの学校で起こっていることだ。この集団には、現実的な目的が何もない。地位の裏付けになる自然な能力の尺度がない。ランクづけは、ほんもののテストではなく、自分のランクを引き上げる能力を主体に測られる。ルイ 14 世の宮廷みたいなものだ。外部に敵はいない。だから、子どもたちはお互いを敵対視して、容赦ないゼロサム競争に突入するんだ。
前増田への返答としては
不運なことにスクールカーストの認知度は低く、「運動が出来ないくらいでいじめられるわけがない」「そんなに運動音痴が嫌なら上手くなれよ」「スクールカーストは僻みからの妄想」とリアルでもネットでも言う者がいるが、「そんなに言うならお前さん、サッカーの試合でオウンゴールしまくってみなさい」と言って、本人に身をもって体験させてあげると良い。
9割の根拠について。
目の前にあるからとしか言いようがない。ハンバーグがひき肉で出来てるという根拠を示せとファミレスでジュージュー言ってるハンバーグを目の前にして言われてるような気分だよとしか。
このカーストが低い人がうすうす気がついて担任に相談すると「そんなのはない!」と言い返す。でも、中間層以上の生徒には気づかなくとも、下の層の人間には、薄っすらとしても見えているのが分かる、あるものはあるのだ!また上層部には、断層としてではなくグループとして、並列に見える人もいる。
違う違う。「ある法則によって振り回される確率」が9割以上だっていう話。勝者の方になってもある法則に振り回された結果の勝者であればカウントされる。
ある法則によって振り回されたっていうのはこじつけなのでは? そもそもどういう法則かも知らないが。
http://www.blog.net/nerds-jp.htm
個人的な経験談で法則もみんなが振り回されてる根拠もかかれてないのでは?
そんな短時間で読めるわけがない。頼むから意地を捨てて虚心に読んでくれ。 個人的な体験は話の切り口で、ちゃんと社会のシステムとしてなぜそうなるかまで踏み込んで書いてある。 ...
まあもうどうせ何を言っても受け入れてくれないだろうけど。「どうせそのブログ主の個人的な感想でしょ?」なんつって。 でもいいわ。このログをどこかで見てくれている誰か、未来...
まあもうどうせ何を言っても受け入れてくれないだろうけど。 そりゃ「目の前にあるからとしか言いようがない」ならそういわれても仕方ないだろ。いくら小難しい言葉を並べたって...
収入の問題もさることながら、後々まで続く心の問題なんだよ。そして元増田の問題でもある。 71 :学生さんは名前がない :2007/01/18(木) 00:00:05 ID:rZgGgfvP0 このスレ見て俺のなにをやるに...
そういう人が一部にいるとは思うが、9割とかはないと思う。 自分も体育は苦手だったがそのスレの人ほど思いつめたりはしなかった。 心の問題なのに多くの人に共通する問題であるか...
んー、また振り出しに戻っちゃうけど ・9割いるのは「法則」(複雑だけど色んなものをそぎ落として言えば、小中学校体育勝者=自信、敗者=後に成功してもそれが受け入れられない...
「見えない人は見ず知らずに法則に従ってる」というけど、体育が得意だったかどうかを大人になっても気にしてるわけでもないのに、法則に振り回されたことになるのはおかしいだろ...
気にしている/していない、とか成功/失敗とかじゃないんだよ。 元から書いてるけど「自己肯定感」の問題なんだ。日常的に内面を覆う「気分の問題」と言い換えてもいい。 それ以上...
どんなに成功しようが、何兆円稼ごうが、自己肯定感が欠如してる人間は欠如してるんだよ。どんなに(大人になってから)他人から賞賛されようが、どんなにモテモテになろうが。 ...
どんなに稼ごうが自己肯定感ない、底辺でも自信あるというのは一部にそういう人がいるだけで多くの人はどれくらい成功するかと比例してるはずと思うけど。少なくとも自分の周りで...
少なくとも自分の周りでは子供時代スポーツできても非正規やってる奴は自信なさそうだし こうくると思ったから道路工事の例出してたのに、、、
早朝のコンビニ行っても自己肯定感に満ちた店員に出会うことなんてないけど。客の立場だから気づかないだけで店員の側から見ればそうじゃないということかもしれないが。それに昔...
ああああやっぱり少しもわかってくれなかった、、、 店員の話なんか1ミクロンもしてないのよ。 早朝のコンビニって言うのは土方がわーーーーーーーーっと買い物に来るの。その壮絶...
早朝コンビニのバイトは夜勤シフト明けならハイになってるだけだし、眠いから元気なつもりで自己暗示かけたりしてるだけだと思うけど。自己肯定感?20代も半ばになってきてバイト...
えええええ!!! ここでも「早朝のコンビニ」で「土方!」を連想せずに「店員」を連想しちゃう人がいるの???? まったく共有概念がないのか、、、。俺が間違ってたんだろうか。...
話を単純化すれば、子供のころに体育が得意で、ついでに勉強も得意だから一流大学に進学し、 やがて一流企業や中央省庁に就職して出世コースに乗るというように「勝ち」続けなけれ...
体育問題の主な論点は以下の二点だろう。 小中高のときに体育が苦手だとクラス内権力関係で不利な地位に据え置かれ、自己承認感の形成を妨げる。 就職活動における体育会系優遇な...
勉強は得意だが体育は苦手だったというタイプは、日本社会では評価されず「高学歴なのに使えない奴」扱いされ、一生この体育問題に苦しめられることになる。自己承認できず周囲か...
今の日本がそこに書かれてるようなシステム・法則に振り回されてるとは思えないし、9割の定量的根拠がどこにもかかれてないが。こっちが見落としてるだけならどこに9割以上がそ...