2009-08-16

意志が弱い人間は・・・

少し前、これまでに会ったことのないタイプの人と知り合った。ぶっちゃけ自分はその人のことが大嫌いな気がしている。その人は、人当たりは悪くないし、見た目だってそこそこいい方だ。他人に気を遣うこともできるし、下品ではないし素行も悪くない。だが、


教養はなく、

感情的で、

語るべき何物をも持たず、

努力をせず、

自分を磨かず、

危機感を持たず、

成し遂げた事も何もなく、

当事者意識も問題意識も持たず、

モラルも乏しく、

目の前にある快楽を追い求め、

テレビの話を鵜呑みにしている、

典型的な「従順消費者」ってやつみたいに見える。


毎日ダラダラしつつも「○○しないとな~、そうだ、一緒にやろーよー」と他力本願で何一つ実行に移さずに、ただひたすら自分を甘やかし続けている。この人を私の中では、意志が弱い人だと認識している。私は内心その人をとんでもなく見下しているというのが本当のところだ。その人は一応は高卒よりも高い学歴を持っているのだが、一体どういう教育を受けたらこんな思考回路になるのかと本気で理解に苦しんでいる。学生時代があったのなら、少しぐらいは何かものを考えたこともあるんじゃないのか。


だがそこで同時に思う。

努力し、自分を磨き、より価値ある存在へと自分を高めてゆける、社会に生きる立派なヒト」

というのはとて右肩上がり至上主義的であって、それは安全な環境で、周囲に味方もいるような、とても幸運な一部の人間だけが持つに至る、ごくごく限られた世界での価値観なのかもしれない。


悲惨で過酷で、自分を粗末に扱うことが異常だとも思わない世界で生きてきた人や、

物質的には恵まれているけれどもそうした価値観を持たない環境に育った人や、

生まれつきそういう思考回路を持たない人たちにとっては、

それは単に説教臭くてうるさくてメンドクサイ戯言でしかないのかもしれない。


五体満足であるにも関わらず労働市場における商品価値が低いままでいるとか、

頑張れば何か活かせる能力が無いとも限らないのに一切何もしないとか、

趣味や打ち込んでいることが何もなくて世間話以外の会話ができない&その自覚がないとか、

それらは罪ではなくて、非難されるようなことでもなくて、本当はそれでも全然OKなのかもしれないと思った。


むしろそれが生き物の普通の姿であって、

人間様だけがトクベツだから犬畜生とは違って右肩上がる素晴らしい俺様たち!

理性!

知性!

教養


という具合に、軍隊とは違うものの、似た形で刷り込まれてしまっていたのかもしれない。そのルールに従わなければ、意志が弱い、使えない、ゴミクズであり、さっさと○ぬべきだとか言われても仕方が無いのだと思っていた。また、これまで自分の周りには自分と似たような経歴や思想倫理観を持った人間かいなかったためにそれに疑問を持つこともなかったのだろう。誰もが頑張るとかやらなくちゃとか自分コントロールするように、非常に強く内面化されているらしい。意志の弱い人を例の人を見るにつけ、私の中で虫唾が走るようなひどい嫌悪感が湧き出てくる。そして逆に、そうした偏見を持ち人を蔑視する自分自身を責めてしまう。いい年なのに、とても厨二病的な葛藤が生まれている。(←この「いい年なのに」も思考停止?)


どうしたらいいのかって、自分が持っている偏見意識し、感情を抑えて向き合ってゆくしかないだろう。相手が変わることなどないのだから。

ああとても苦しい。

  • http://anond.hatelabo.jp/20090816180727 元増田の自己確立が出来てないだけ。だから、自分と同じ苦労をしない人間が生きていられるということ自体に頭に来ているんだよ。今こそが「他人がどう...

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