2009-08-13

ちょっと思い出した話。



http://d.hatena.ne.jp/keitaro2272/20090812/1250027545

これを読んで思い出した話。

長くなるけど、かんべんしてくれ。あと、増田に書くのは初めてなんで、読みにくかったらごめん。先に謝っとくよ。

10年位前、同人誌をやっていた。一人でコピー本作って、一人で即売会に持ち込んでいた。非コミュなので、一緒に同人誌作れるような友達はいなかった。友達はいないのに、一人で売りに行く行動力だけはあった。

それでも、一人で何度も即売会に足を運んでいると、隣近所のサークル人間の何人かとは顔見知りになる。なんとなく友達っぽい人間も何人かできた。

その中の一人、Mは、とても辛らつな人間だった。お前の描く漫画は、絵は最低最悪に下手だけど、話が面白いなと、直球の感想をくれる。自分もMの率直さをとても気に入った。たまに飲みに行くようになった。自然に、一緒に本を作らないかという話になり、そんなことができるのかと自分のほうはとても驚いた。いままで、一人で本を作って一人で本を売ってきたので、他サークル人間自分が、一緒に組んで本を出すという事態がどういうことか、まったく想像できなかった。

そのことを打ち明けると、バンドで言うとソロ活動みたいなもんだ、とMは説明してくれた。確かに、あるバンド人間が、別のバンド人間ユニットを組んで、期間限定で活動するとかあるよな、と、その説明でやっと納得できた。それで、Mは元のサークルメンバーのまま、自分ユニットを組んで、ソロ活動をする、という体裁になった。

二人ともその体裁が気に入って、結局、トータルで3冊、オフセットの本を出した。間にコピー本も何冊か出した。

Mは小説書きだったからかどうか、かなりの量産がきいた。こちらの”ユニット”と自分サークルの両方の原稿を書いても、まだ余力を残していた。

自分は下手糞な上に遅筆だったので、時間の関係で、”ユニットの”原稿しか描けなくなり、一人でちまちまと本を作る余裕をなくした。

だが、Mの辛らつな台詞に触発されたか、自分でも目を覆うほど下手くそだった絵は、三冊目を出す頃には、見違えるほど上手くなっていた。一冊目と三冊目では、とても同じ人物が描いている絵には見えなかった。

本当に漫画が好きで、幼稚園児の頃から絵を描き続けて、それでもなぜかまったく上手くならなかった自分の絵が、Mに触発されてだんだん自分理想とする絵に近づいていく過程は、自分でも驚くほど楽しかった。一皮向ける、という言葉があるが、本当にそんな感じだった。

だが、上手くなるにしたがって、自分は、だんだん同人誌にかける情熱をなくしていった。

それまでの三冊の奥付の住所はMのものだった。本の感想は全部、Mのところに届いていた。個人でやっていたときは、ダイレクトに届いていた感想が、全部、Mの手で止まった。個人で出す一冊目のときは、煩悩を解き放っただけで形になっていたものが、その先は、数少ないながらも寄せられる感想を糧に、7冊もの本を一人で作ってきた自分だったから、感想に飢えて、徐々に情熱をなくしていったのだと思う。

甘ったれている、それはそうかもしれない。

画力がちょっとは向上して、絵を描くことじたいは前よりもっと楽しくなっていた。でも、同人誌を作っている人になら分かるだろうが、描くことが好きなだけでは本という形にはならない。その、形にする、という情熱を、もはや自分は感じなくなっていた。

最初に書いたとおり、Mは辛らつであまり人を褒めない。感想手紙とか来てるんだろ、読ませてくれよ、と頼んだこともあったんだが、Mは、お前には絶対に見せない、という。お前みたいなタイプは調子に乗るから、下手に褒められると慢心するだろ、と続ける。

確かに自分は調子に乗るタイプだ。けど、調子に乗るからこそ、それが、次の本への原動力になる。漫画を描く、という、好きな作業以外の部分にも、なんとか、力を注げるのは、調子に乗るからなんだ。

そう自分の側の気持ちを説明してみたんだが、話なんて自分から湧き出てくるもんだ、人の感想なんか関係ないだろ、とやはり取り合ってもらえなかった。つくづく、Mと自分タイプが違いすぎた。それは最初から分かっていたが、まさか、こんなことでまで言い争うことになるとは思わなかった。

やはり、甘ったれていたのだろう。

結局、それきり同人誌から足を洗った。同人誌を作る気力はもう残ってなかった。同ジャンル人間にもあいたくなくなった。つまり、逃げたのだ。つくづく非コミュだと思う。

その後、しばらくして、別のジャンルに興味が出て、そっちにすっころんだ。だけど、やっぱり誰かと一緒に本を作るのはもうこりごりだと思った。だからといって一人でまた本を作って……という気力もやっぱりなかった。

いつの間にかパソコンが普及していた。これだったら本を作るほどの労力がかからないな、と思った。ホームページビルダーを買ってきて、自分ホームページってやつを作った。絵はそこで発表した。

なんて楽なんだろう、と思った。感想も、たまに、本当にたまメールで来る、それで充分だった。一ヶ月に一通のメールでも、二ヶ月に一通のメールでも、とにかく直接、感想を読める。それがどれほどの原動力になったことか。

そのホームページも、仕事責任のある立場になり、そこにかける時間がなくなって、結局、閉鎖した。そうして、じょじょに絵も描かなくなった。一人きりのまま、結局、自分には何も残らなかった。

絵が上手くなって嬉しかった。それも本当だ。けど、上手くなったからって、世界は何も変わらないんだってことも分かった。自分非コミュのままで、やっぱり一人きりだ。いまは仕事だけが生きがいみたいになってる。

なぁ、どこで間違えたんだろうな?

  • 「好き」とか「楽しい」という言葉には、たくさんの意味が含まれている。 対人関係で「好き」といっても、家族が好きと、友達が好きと、恋人が好きと、結婚相手が好き、などでは 「...

  • トラックバックがつくとか、ブコメがもらえるとか、まったく思ってなかったんで、すごく驚いてる。内容が全部あたたかくて、泣きそうになった。本当にありがとう。 自分が”間違...

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