昼で授業が終わり、家へ帰ろうと駅へ向かう大学生が多数いる通りで、自転車に乗っていた30~40代の見知らぬおっさんに声を掛けられた。
おっさん:「ここ商店街やね?」「方角が分からんねんけど」
おれ:「えーと、あっちが東ですよ」
おっさん:「いや、そんな言われても分からんねん。どっか地図あるとこまで行きたいねん」
おれ:「んー、この辺で地図があるっていわれても…」
おっさん:「あっちに信号あるやろ、そこまで行けばいいんちゃうか」
おれ: (え? あっちに信号なんてあったっけ?)
おっさんは自転車に乗ったまま、おれのスピードにあわせてゆっくり進んでいる。
いつの間にか、人通りの少ない道に入っていた。
おっさん:「お前、俺を怪しい人やと思ってるやろ?」
おれ:「え、いや、そんな」
おっさん:「お前にケンカ売ろうとしてるわけちゃう、ケンカ売るんやったらお前みたいなやつに話掛けへんし、だいたいこんな風にしゃべらんやろ?」
おれ:「あ、まあ、そうですね」
おっさん:「それに、金取ろうとするんやったら、すぐ取って逃げるやろ?」
おれ:「はぁ」
おっさん:「あ、言うとくけど俺はアホちゃうぞ。こんなこと言うのも失礼やけど、最近は知らん人に声掛けられたらちょっと引いてしまうことも多いやんか。」
おれ:「そうですね、最近物騒ですからね」
おっさん:「お前もそうやろ? そんな目で人を見たらあかんで」
おれ:「はぁ」
5分くらい歩いただろうか。どこへ行くのか検討もつかなかった。
おっさん:「きみ何回生や?」
おれ:「え? 2回ですけど」
「何回」と聞くのは関西特有だったっけな。
おっさん:「学科は?」
おれ:「電気です」
おっさん:「へぇー 賢いんやなー」
おれ:「たいしたことないですよ」
まあ、このくらいの嘘は言っておくか。
おっさん:「彼女おるん?」
おれ:「いないですよ」
おっさん:「えー お前大学言うたら、合コンとかやって、彼女作ってー、とかする所やろ」
おれ:「理系はそこまで余裕ないですよ」
おっさん:「何言うてんねん、大学でまじめに勉強するやつはアホや。テストなんか数日前から勉強しときゃええねん」
まあ、それは正しいかもしれん。それが良いかどうかは別だが。
おっさん:「え、大阪の人か?」
おれ:「一応、大阪の北のほうですけどね」
おっさん:「最近は地図とかあらへんからなー、まあ、あそこまで行ってなかったらええやろ」
おっさん:「公衆電話とかも少ななったしな、みんな携帯電話使っとるし」
ここでおっさん、自転車を止めてなんと座り込む。
おっさん:「まあ、ちょっと座りや」
おれ:「いや、あんまり時間ないんですけど…」
おっさん:「そんな1時間もするわけちゃう、5分くらいや、タバコ吸わしてくれ」
なんじゃこのおっさんは、と思いつつ、隣に座る。
おれ:「そうですね」
おっさん:「特に女はな、なんかブランドとか、そういうもんにうるさいからな」
おっさん:「財布とか、布切れじゃあかんで、破れるから。革じゃないと。」
おれ:「はぁ」
おっさん:「お前さんはどうなんや?」
おれ:「え? あー…、んー、合成の革、みたいなもんですかね?」
何言ってるんだおれは。
おっさん:「はぁ? 何やそれ。ちょっと見せてくれや」
まあ、見せたら一番分かりやすいわな… と思ったところで、ふと気づく。
今まで会話(にならない会話)を交わしていたこのおっさんは、見ず知らずの他人だった。
おれ:「いやー、そんなそんな」
おっさん:「えぇ? なんでやねん、ちょっと見せてくれるだけでええねんから」
おれ:「いやいや、そんな、ね」
おっさん:「なんや、そんな、取られるとでも思ってるんかいな、まだ疑ってるんかい」
おれ:「まあ、その、」
おっさん:「んじゃはい、俺の自転車の鍵」
おっさんが、自転車の鍵を渡してきた。
おれ:「え? そんなものもらっても」
おっさん:「いやだからな、財布ちょっと見せてくれてもええやんか。自転車の鍵渡したし、それ持ってお前さんは逃げることだって出来るんや、それを預けてるねん。」
おれ:「いや、何言ってるんですか、お返しします」
おっさんの目つきが、今までよりほんの少し、真剣になっていた。
「逃げたほうがよい」。とっさに、考えが浮かんだ。
おれ:「まあ、そんなね、そんな話をしに来たわけじゃないですし」
おっさん、数秒の間を置く。
おっさんが立ち上がる。
おっさん:「お前さん、急いでるんやろ?」
おれ:「あ、はい」
おっさん:「じゃ帰りや」
おれ:「え? あ、はい… では、失礼します」
おれ、信号を渡って見知らぬ道を歩く。一瞬後ろを振り向くと、おっさんは自転車に乗っていた。
そしてもう一度振り返ると、おっさんはもういなかった。
おっさんとおれは、ただどうでもよい雑談を交わしただけだった。
いったいなんだったんだろう。
方角が分からないと言いながら、どうして信号のある場所を知っていたんだろう?
お金の話ばっかりしていたのはどうしてだろう?
あのとき財布を出していたら、取られていたんだろうか?
自転車の鍵はダミーで、すぐに逃げられるようになっていたんだろうか?
ただ単に財布を見たかっただけなんだろうか?
それとも、これは盗みの手口なんだろうか?
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『知らない人に声を掛けられたので、ついていった』(http://anond.hatelabo.jp/20090513144614) を書いた人です。 トラックバックの http://anond.hatelabo.jp/20090515024628 を読んでビックリ。 おれが...
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