2009-04-02

無題

「今年も前年度割れじゃないか!」

深夜の霞ヶ関に怒号が響く。厚労省児童家庭局少子化対策企画室室長である山崎は、先ほど部下が持ってきた1枚の資料を見るや否や、ビル全体に響き渡るような声で叫んだ。

彼の手に渡った資料は、平成20年度の婚姻件数。速報値とは言え、2002年に第一次稼働が始まった住基ネットのおかげで、年度明けである4月1日には相当信頼度の高い数値がはじき出される。昨年度に引き続き、またしても80万件を切る数値だ。

「このデータを明日、大臣の下に報告しなければ成らないのは…俺なんだぞ…」

急に萎んだ風船のように勢いを無くした山崎は、力なくうつむきながら呟いた。

少子化対策室と名の付くとおり、彼らの部署は少子化対策が主である。しかしながら、子供というのは結婚ありきであり、そもそもとして婚姻件数を上げないことには、子供の数が増えるわけもなく、実質、結婚対策企画室となりつつあるのが昨今の情勢だ。

加藤、お前が企画した例の件…そろそろ効果が見えてもいいんじゃないか」

急に矛先を向けられた加藤は「あ…いや…その…」と曖昧に答える事しかできなかった。一時でも空白を空ける事を恐れた加藤は「2006年ですから…まだ、あと1年ほどはかかるのではないかと…」続けて言った。その回答が最も、山崎が忌み嫌う言葉であることを知らずに。

「その台詞は、去年も聞いたぞ!」再度の怒号が響く。

加藤…お前いったよな…『今の若者小説なんて読まない。ケータイですよ』って」

2006年に彼らが作り出したブームがケータイ小説

恐ろしく安っぽいプロットに非現実的なストーリーをいれることで、恋愛ヘリウムガスの様に扱い、結果として婚姻率を上げる…という、ケータイ小説と同じくらい軽い企画だった。はっきり言って、小説というのもおこがましい、起承転結すらないような内容であった。

ここまで内容を軽くした訳として、2001年企画した小説の失敗がある。

若くして白血病にかかった彼女オーストラリアに連れて行こうとする内容の小説は、普段、本を読まない層に対して売り込む為に、無駄に文字を大きく、無駄に紙を厚くした。本来であれば100ページにもならないであろう内容を、無理矢理単行本サイズに仕上げ、長い小説を読み切った感動恋愛に向かう情熱に変換することで、一気に婚姻率を上げる…という作戦だった。

しかしながら、その結果は、主人公がどこか田舎空港で「助けてください!」のシーンのみ若者の印象に残り、学校や飲み屋で使われるだけだった。

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