2008-12-17

http://anond.hatelabo.jp/20081217155611

読んでからしばらく腹が痛い。これはやっぱり男性のせいだろう。それ以外にあなたの怒りの持っていきばはどこにもない。だが、男性であるところの僕はあなた個人のために何もできない。憂鬱だ。

たぶん憂鬱になるのは昔の母を思い出すからでもあると思う。

うちの母はよく怒った。一番の怒りの源は父のことだ。父は思想に行動が伴わない人で、男女は平等であるべきだ、平等に家事を分担しようと母に言って結婚し、しかし家事をほとんどしなかった。自分仕事として認識しているのは洗濯だけで、掃除、炊事、子育て地域の行事、その他雑事(このその他雑事が曲者だった! イレギュラーな問題は全て母の受け持つところとなった。)などのほとんどは母がこなした。記憶の中の母親は、自分以外の人間家事のしなさと不平等さにいつも怒っている。怒っておいて、僕ら兄弟か父親の誰かがのろのろと立ち上がるとその遅さにまた怒り、自分家事を始めてあっという間に終わらせるのだった。

なぜこの人はこんなに怒るのだろう、という気持ちだけが僕には残った。

僕らにとって幸運だったのは、なにがきっかけかはよく分からないが、父が少しずつ家事の分担の量を増やし始めたことだ。前後して僕ら兄弟にも少しずつながら家事の分担を担わされるようになった。父はもの静かに家事をこなした。のろのろと立ち上がっていたころよりは案外楽しそうにみそ汁など作った。母は父が家事をしている間上機嫌になり、その生活に慣れると普段から上機嫌な人になった。こんなに笑う人だったのか。結局母は父親の思想には満足していて、行動に不満があったのだと思う。

僕らはもちろん母の怒るタイミングを察する術を身につけていたから、あとは父を見習うだけでよかった。怒る前に、父のように静かに家事をこなせばよかったのだ。始めてみると家事というのは多様な知識と計画性と忍耐力を必要とする仕事で、そのことが分かると僕らは母と交渉することもできるようになった。この日はこれこれの事情で遅くなるから、皿洗いの仕事は別の日に変えてほしい、というような。以前の僕らだったら無理だからやっといて、としか言わなかっただろう。当たり前のことだけど、共感なしに交渉なんてできるわけがない。

一番大事なことだけど、母の機嫌がいいと、僕らも気分がいいことを知った。

当たり前だと笑わないでほしい。理解と実感は違うんだ。自発的に行動することなしに実感するのは不可能だ。

父と母は同じくらいの給料共働きで、しかもどちらかと言うと母のほうが上昇志向が強く、父はそんなでもなく本人もそれを自覚している。うちがこんな風に今のところ落ち着いているのはそのせいも大きいだろうと思う。父の上昇志向が強かったらきっとこんなふうでは居られない。父の変わり者っぷりと、変化に感謝しつつ、僕は増田になにを言ってあげられるか考えている。

増田がすごく身近な人だったら、増田が動揺した瞬間に抱きしめてじっとしているのが一番の方法だと思うんだけど、現実には難しい。

増田はどうやったら安心できるだろう? 他人の意図せぬ悪意をやり過ごせるだろう? 僕は増田と昔の母を重ねてしまっていて、今も苦しい。

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