うつ病になったのは大変だったけど、生きるテンションを変えられたから案外よかったのかもしれないと思う。
小さい頃からがんばりやさん、勉強が出来て、ちゃんといい大学にも行けて、ちゃんといい会社にもはいれた。
頭の悪いワークフローが平然とはびこっていて、なんかすごい消耗した。
本当に賢かったらそこでダメージを受けずにやりすごすかのりこえるかできると思うんだけど
そんなに頭よくなかったから一人で疲れ果ててうつ病になった。
かなりこじらせて、今のような小康状態にもってこれるまで、数年かかった。
長かったなあ。
でもこの数年のうつ病との付き合いを経たおかげで、
それまでの、いやなことでも無理なことでもがつがつこなす、ていう生き方ができなくなった。
別に若い頃のそういうがむしゃらな生き方をけなすわけじゃないけどさ。
「うつ病のときに退職の決断をくだすのは禁物!ゆっくり休めばなおるからね☆」とかいう
素人さんむけのステレオタイプなアドバイスもあるけどここまで長い期間患ってるとさすがにそうもいかない。
休職だのなんだの、使える手を使い尽くし、最初の会社にも追い出された。
解雇じゃないけど。ちゃんとした会社はメンヘラにも「理解」あるからね、解雇はしない。
あの辺の重いでもなかなか生臭いものがあったなあ…。
坂道をごろごろと、さえない方へ、さえない方へと転がっていった。
でもこれが今の自分にとってのがんばれる限界だ。
キャパ以上のことやいやなことを自分に無理強いすると心身が動かなくなる。
その生を維持する最低限のお金を調達してくるくらいのぎりぎりの体力は回復したっていう感じ。
ありがたいことに実家がシェルターになってくれて、短期間倒れていても食事と住居は一応保障されている。
大学の友達はもうみんなしっかり者になっているようにみえてまぶしい。
まぶしいのは確かなんだけど、今の自分にはこのフリーター生活しかできない、ということが、
ようやく、という感じなのだけど、納得できた感じ。
たまに倦怠感で布団から出られない日もある。
減薬もはじめていて揺り戻しかと思う症状を感じるときもある。
毎日がんばれない。
クリエイティブにがんばれない。
でも、まあ、今はそんなもんか、と思ってきた。
今は、なんていって、ずっとこのままかもしれないけど、
それは今考えてもしょうがない。
とりあえず生きていようか、というスタンスを認められるようになった。
と、文章に起こせば、健全な(?)諦念をようやく手に入れたようにもみえるのだけど。
業が深いというかなんというか、ついつい、ついつい、がんばれもしない余計なことに手を出してしまう。
バイトで出向いている会社で(バイトしている会社、ではないところがミソ。直接お金をくれるところではない)、
自分のスキルがちょっと生かせるかもしれないような案件がスタートしつつあり、
そのためのブレインストーミング的な会話や他社との打ち合わせにまで出てしまった。
そしてなぜか企画書を出すことに。(ただ働きで)
なんでこんな関わり方してしまったんだろう。
最初はほんとに楽しそうだったから首を突っ込んだんだ。
そして、準メンバーとして組み込まれそうになった時ひきかえさなかったのは
あわよくば、この自分のフィールドで、もう一回ちゃんとした社会人になれるんじゃないか、
なんていう、明らかに自分の今の限度を越えた野望を抱いてしまったからなんじゃないかと思う。
そんなん無理だろ。
この数年で手に入れた「自分の身の程を知る」という視点から考えたらあきらかに無理な案件。
どうしよう。降り方がわからない。
自分で自分の首を絞めていることだけは自覚している。
いろいろ物言いのついた企画を練りなおすために頭を起動させようとするのだけれど
どこかで「もう無理、これ以上頭が動かない」て、自分が言ってる。
でも、降り方が、わからない。
やばい。
もう身をつぶしたくない。
つぶしたくない。
それが頑張るってことだよ。 つーか多少無理して動くから負荷がかかって成長するんじゃねえの?(これは一般論のような私見 成長もなしに楽しい人生なんか送れねえんじゃねえの?(...
…というピュアな善意によって元増田のような人は再度病んでいくのであった 完
自分に都合が悪かったり、自分を病ませたりするような善意は つるりとスルーできるようになてるから大丈夫ww