2008-07-09

民族の状態は歴史が形成した証明である


 民族の持つ本質が、その民族社会の形を、長い時間を通して形成していく。

 逆に言えば、長い歴史によって作られたきた社会の状態は、その国の民族(の本質)にとってバランスのとれた状態なのである。

 その状態を大きく崩すと、その民族の安定生存や社会成立に著しい問題が起き得る、ということなのだ。歴史上の大勢が、その指標なのである。

 欧州・特に北欧では、福祉や、男女の「非差別」と「正しい区別」が、高いといわれる。

 歴史上、社会活動の主役は、やはり男性であった。(文化民族を問わず、有史以前から男性はそのように作られているからである)。

 しかし、生活上の意識マナーにおいては「女性をこそ大切に扱う」というような意識文化が、歴史を通して成立している。 この民族本質に基くバランス点を、歴史が形作り、歴史が証明しているのである。

 一方、現在米国は、欧州からの移民によって作られた地域である。開拓の必要があることや、古い社会形式に縛られる必要がないこと、などの理由により「社会上や生計上では女性も引っ込んではいられない」というオープン意識文化が形成されていったが、一方で、欧州の「生活マナー上で女性をこそ大切に扱う」という意識も受け継いでいった。

 数百年ではあるが、やはり、米国を形成していった民族本質が、現在にもうかがえるのである。

 さて、我々の日本はどうか。

 日本では、社会活動はもちろん男性のものであったが、生活の上でも「男尊女卑」の毛色が強かった。現在での(主に)女性による女性解放運動の意識的な原点となっているようである。

 しかし、日本の「歴史上の男尊女卑」についても、「歴史が作っていったバランス点」であると考えるとどうなるだろうか。いや、そのように考えてこそ理性的である。

 

 そのように考えると、日本民族本質が落ち着いた(落ち着いてきた)ところは、「男尊女卑傾向」なのである。

 すなわち、「日本では、男尊女卑傾向を一定以上崩してしまうと、安定生存や社会成立に著しい問題が起き得る」ということになるのである。歴史がそう言っているのである。

 そして実は、歴史が言ってくれるまでもないようである。日本ではこの数年??数十年、「女性が、歴史に与えられた地位から、大きく逸脱しようとしている」というような動向が活発になってきており、それと時期を同じくして「子供たちの正常な精神成長」に社会規模的な異常が見られるようになってきている。

 他の倫理観、特に男女関係根底にある社会倫理観なども、ゆがみ出してから久しい。(その代表的なものが、親となる男女によって行われる「子供たちの正常な精神成長」である。)

 …これらは何を意味しているか。残念ではあるが、砕けて言ってしまえば、「日本民族総体として、女性には、社会進出などを行うための自制や論理観や公平性に民族本質的に欠けている」のである。その本質が暗黙的に、歴史をしてバランス点を形成せしめ、数十年前までの長い歴史の状態という答えを出さしめてくれていたのである。

 「日本男性が、女性の進出を阻むような、劣った存在であるからだ」と考えてはいけない。それは社会が成立されていく過程の存在意識していない、個体的な狭い了見である。

 民族が集団として成立し始めた頃には、誰も「誰かを恣意的に差別」しようとはしない。偶然「或る特定の個対象差別される」ということはあるだろうが、「全体として、係わり合いのないはずのアチラとコチラでも、同じような意識がある」からには、そうなるべくしてなった理由があるからなのだ。

 欧州では、「社会活動は主に男性」が望ましかった。これは体の作りや心理感覚などから見ても自然なことであった。

 しかし、社会未満の生活上の関係では「女性こそ守られる」という意識が成立していた。「女性こそ守られる」が成立していった裏には、「形質的な面などで守ってあげるべきであった。そして守ってあげても問題が起こらなかった。守られる方が優遇され過ぎたり主張し過ぎたり箍がはずれたりするような結果にならずにバランスがとれていた。」という過程と結果があったのである。そのことにより、民族文化自体が「女性を形質的な面で守ってあげること」を「善し」としたのである。

 米国地域では、基本的には欧州と同じであるが、「生計的な面では女性も活発に活動するべきである。そんなことに拘っていたら我々全体の生活が成り立たなくなってしまう。」などの意識が加わった。

 しかし、「形質的な面で女性を守ってあげること」を「善し」と認めてもらえるような本質と経緯がが存在したのは、やはり欧州と同じである。

 日本では…賢明な諸氏に対しては、もはや説明するまでもないであろう。

 総体として、地域によらず何れの村々でも、「形質的な面などで守ってあげるべきであった。が、守ってあげたら問題が起こった。守られる方が優遇され過ぎたり主張し過ぎたり箍がはずれたりする結果になってバランスがとれなくなってしまった。」のである。

 そして各々の村々では自ずと、「守ってあげてしまうと、問題を起こすし我々の安定生存に対して危険であるから、多少締め付けておくぐらいにしていこう」という結論を、半ば無意識的に出していったのである。これが、「民族本質が、社会の状態を、バランスのとれたところに落ち着かせる」という意味である。

 なお、これらの傾向は、日本のみならず、東??南アジアにおいて主だった傾向である。大規模地域的な民族性が、そうならしめているのであろう。

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