Aは悩んでいた。バッジを外すか外さないかを。先日学校からいじめバッジというのが全生徒と全職員に配られた。それをつけている者はいじめをしませんという証であり、それをつけていない者はいじめをされているという無言のメッセージを意味するらしい。Aは悩んでいた。それというのもAはいじめを受けていた。いじめといっても、ドラマなどで見るような人格を崩壊されかねない重度のいじめなどではなく、昼になったら購買にパシらされたり宿題がある日はノートを渡されてそれを仕上げてくるなどの軽い行為だったから、それがいっそうAを悩ませていた。
今の状況は我慢できない程ではない。でも今の状況はとても嫌だったし、そのせいで学校が全然楽しくなかった。そんなことがなかった中学一年生の頃を思い出すと悲しくなった。その頃は学校が楽しくて大好きだったAは胸が痛んだ。そしてそれがAを決意させた。バッジがどれ程の効果があるのはわからないし、外したらどうなるのかもわからない。現在の状況に耐えられないことはないんだから、このまま甘んじてるのが賢いのかもしれない。でも、それは嫌だ!それに嫌な思いをしてこのまま学校を嫌いになるのはもっと嫌だ!Aは学ランからバッジを外した。
翌朝Aは時間を遅らせて学校へ行った。バッジのない学ランを人に見られるのが怖くて人と会わないように時間を遅らせたのだ。朝のチャイムがなる少し前に教室へ着いた。やはり見られるのが怖くて背中を曲げて胸を隠すようにして教師が来るのを待った。教師は真面目な人物であったのでその後鳴ったチャイムと時を同じくして入ってきた。教師はいつものように挨拶を済ませて点呼を取る。いつも通りの日常。でも自分だけが非日常。バクバクする胸を押さえながらAは順番を待った。いつもはすぐに来る順番がいつもの何十倍にも感じられた。そしてようやくAの順番になった。「Aー。」教師の声に小さく返事をする。「…はい。」折角外してきたのに胸を張れない自分が嫌になる。でも怖い。バッジを外すという意思表示が怖くて仕方がない。だから胸を張れずにいたのだが、几帳面な教師は何か気付いたようだった。「ん?A?バッジはどうした?」心臓がますます大きく鳴り上手く言葉が出てこない。「…え?…あの…その…」言いにくそうにしてるAを見て教師は続けた「まさかいじめられてるのか?」いじめられている。自分からは言い出しづらい言葉だ。まるで自分が劣っているのを公言するようで。でも今のままは嫌だった。このままの状況が続いて大好きだった学校が嫌いになるのはもっと嫌だった。だから勇気を出してバッジを外した。あと少しの勇気を。勇気を振り絞るんだ。「…はい」と言おうとAが口を開きかけたとき大きな声が教室に響いた。
「忘れたんだよな?A?」Aをいじめてる同級生だった。「Aのやつ忘れっぽいからなー。」「本当、本当。Aは忘れっぽいからなー。」他のいじめてる同級生達が続けた。「そうなのか?A」問うてくる教師に違うんです。いじめられているんですと言おうとしても口が動いてくれない。いじめてる同級生達の声を聞いた瞬間から体が萎縮してしまっている。「そうに決まってますよ。そうじゃなかったらAがいじめられてるってことになるじゃないですかー。」「本当だよ。俺たちクラスメイトがいじめをしてるってことじゃん。」「うわー、傷ついたー。そうだよな?な?みんなもさ。」いじめてる同級生達はおちゃらけた様子で語り、クラスメイトに話を振った。いじめについて知ってるクラスメイトがほとんどだったが、それに同意したように嫌そうな顔をしていた。直接はしていないものも、それを咎めなかった自分達もいじめているのと一緒だと暗に言われたようなものだから、面倒だ、余計なことをしやがって、あんたが勝手にいじめられていたんじゃない、皆そんな顔をしていた。Aはそんな皆の顔を見て諦めた。泣きそうになったのでもなく、悔しかったわけでもなく、諦めた。「A、どうなんだ?」機械的に聞いてくる教師の声は遠かった。そしてAも機械的に答えた。「すいません。忘れただけです。」
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