2007-10-26

思考の果て

ネットをしていると普段自分が考えていた事と同じような考えを見かける事がある

case1:私の場合

  • 「文章を書くときに別れるタイプ」という論
    • 思った事をたくさん書いて後で添削するタイプ
    • 文章を頭の中でよく練って一気に書いていくタイプ

を見た時は驚いた

(おそらく)どこかの全く知らない赤の他人が自分と全く同じ理論ネットで表明しているのだ。育ちも環境が全く一緒というのはほぼあり得ない。違うはずなのに思考の行き着く先が合致したのだ

当たり前の事なのかもしれないが凄い事である

飛躍して…

物事を考える時には多種多様意見が出る。そしていずれは全ての意見の中心(曖昧とも妥協点とも)で落ち着く。または証明されて定義として残る。いずれにせよ行き着く先は一つになる訳だ。(前者はかなりぼやけた物になるが。前者もいつかは後者に変化するものと考えられる。)

さらに飛躍して…

世の中の全ての事象が上記の後者によって「点」として定まるとする。そこで何が起こるか。再びその「点」に、「全ての点(意見)の中心をとろうとする力」が働くのではないだろうか。その「全ての点の中心」こそが言うなれば「真理」という事になるのだろう

今、ここに非常に興味がある

たぶん何千、何万いや何億年かけても辿り着けないであろうが、その真理とやらにぜひとも一度謁見してみたい

※余談

(あやふやだけど)漫画ナルトオロチ丸が「この世の全てを知りたい。」みたいな事を言っていた気がするのだけど、これに結構同意。「真理に出会うには人の命は短すぎる」ていうのにも同意。そのために人を利用するのはナシだけどね

mixiにこんな日記書いたらマイミクは引くだろう。でも、奇天烈な事を思う夜もある

増田っていいものですね

  • 人間の思考なんてものは結局生まれてから今まで 見たもの聞いたもの触ったもの嗅いだもの つまりはインプットされたものによると思うんです。 考えるという作業は実際には限定され...

    • 周りに左右されない不変なるものって、やっぱり存在しないんですかね? 我思う。ゆえに我あり くらいなのでしょうか? ん?これも不変なのだろうか、、、 http://anond.hatelabo.jp/2007102...

    • 思考って言うのは将棋みたいなもんだと思う 凄く複雑でエレガントな組み合わせに気づいた 一握りの人達が科学や芸術の世界を開拓していくんだと思う 少し上手い組み合わせぐらいなら...

  • 残念ながら。 真理は「ゆらぎ」を孕んでいる可能性もある。従って一つの「真理」に収束するとする根拠がない。 http://anond.hatelabo.jp/20071026042444

    • 確かに「ゆらぎ」は全事象に孕んでいるものだと思います。ただ、もしかしたら「ゆらぎ」を無くす方法(証明)があるのかもしれない ↑…何か自分で言ってて馬鹿らしくなってきました(...

  • 他人から聞いたことをさも自分が考えたことのように言う人もいるわな。 メタな視点からみると、 他人と自分が全く同じ考えをするわけはない、ので 「全く同じ考えだ」と思い違いして...

  • 「文章を書くときに別れるタイプ」 俺は頭の中で練りながら文章を書くタイプ。 「webコミュニケーションの限界」 Webの本質はコミュニケーションではない。 「真理」 まったく違う物...

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