2009-11-05

自然死ってなんだろう

祖母が亡くなってから、半年が経った。

96才だった。

寝たきりだったけど、ボケてもなくてしっかりしていた。

会話はできたから、家族みんなで仲良く面倒見ていたほうだと思う。

市立病院

デイサービスから直接、市立病院救急車で送られた。

デイサービス所属看護士が血圧不安定と判断したからだった。

その際に先生から、家族の意向の確認があり、市立病院の意向を伝えられた。

「ご家族自然死を望んでいらっしゃいますか?

 それならば、安易な気持ちで救急車を呼ばないでください。

 救急車の隊員は使命を全うします。

 つまり自然死とは違う方向に進みます。

 市立病院のベッドも限りがあります」

というような主旨だった。(と記憶

もっともだと思った。家族も納得した。

その際、主治医への手紙も預かった。

その後、デイサービスには行けなくなった。


近所の主治医

訪問して往診くれるので何かと助かった。この点は非常に感謝している。

でも、自然死を望んでいると伝えているのに、

すぐに市立病院入院させたがったのには閉口した。

薬も少し過剰に思われた。

「おばあちゃん、下痢でもこんなにがんばっているんだから入院させよう」

こう言われたときには入院させた。

入院して輸血してもらうと元気が出るよ」

さすがにこのときは入院させなかった。

輸血すれば・・って何言っているのと思った。

その後、主治医の勧めで訪問看護にも来てもらい、週に何度か点滴をしてもらうようにした。



訪問看護看護士さんたち

訪問看護の初日、翌日の点滴のために、針をそのまま残す方法がとられた。

翌朝、血管が詰まって手がパンパンに腫れた。トマトみたいになった。

38度の熱への対応。

「水枕して」

「熱を逃がすために、掛け布団は手すりにかけるように」

「水を入れたペットボトルを凍らせて脇に挟むといい」

そこまですべきなのか疑問を持った。

「おしりが赤くなっていたのでテープを貼っておきました」と言われた。

おむつかぶれではないので、次から貼らないでくれとお願いした。

点滴をしてもらう日は気疲れした。

その後、腫れなかった手の血管が使えなくなったため、腫れたほうの手に点滴をした。

そしたら容態が急変した。

祖母の最期の言葉は「肺がいちゃー(痛い)」だった。

血の固まりが肺の血管を詰まらせたようだった。

看護士さんたちを別に責めるつもりは無いし、一生懸命やってくれたと思っている。



ケアマネージャ

当初、市内には訪問看護を行っている施設は無いと言っていた。

その後、調べたらあったらしく手配をしてくれた。

ときどき容態を見に来てくれた。

ケアマネージャ・ケアプランという仕組みも必要なんだろうと思う。



寝たきりの生活が、彼女人生を豊かにしたのだろうか。

税金をたくさん使ってしまった。

これで良かったんだろうか。

年金をもらっていなかったけど、

もらっている家族だったら思いは変わるのだろうか。



高齢者医療ってなんだろう。

介護ってどこまで看ればいいんだろう。

自然死ってなんだろう。

半年経っても良くわからない。



どこかに、記しておきたかった。

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