2008-11-18

僕はモノを持つことを止めた

1年ほど前に僕は酷い失恋をした。恋人に捨てられたと言えば、簡単に聞こえるけど『幸福な家庭はだいたいによく似よったものであるが、不幸な家庭はみなそれぞれに不幸で』あるように、僕の痛みはこれまで人生経験したことのないほどの熾烈さで僕を襲った。あらゆるものが違って見えた。いろんなものを失ったような気がする。戦火の生活を経験したことはないけれど、ぼんやり想像できるような気がする。死について考え抜いて、結論、愛(と死)とは何なのか僕には知ることが出来ないんじゃないか、と今はなんとなく考えている。

僕はその人のことを最近幽霊と呼んでいる。もうどこにでも現れるし、話しかけることができる、いや出来た。最近はほとんど話すこともない。もっとも話しかけると言っても、向こうが答えてくれるわけではないのだけれど。

とあるきっかけで、ずっと昔におつきあいしていた今は友人の女の子がしばらく近くに滞在することになって、電話で話した。あ、そうそう、僕は日本に住んでいない。彼女は僕にこっちの生活について聞き、彼女の新しい部屋や仕事について穏やかな熱を含みつつ語ってくれた。

「家は日系の不動産屋さんに探してもらったの。短期アパート。3ヶ月近いでしょう、キッチンが無いとつらいと思って。」

「僕は新しいアパート引っ越してからは 全く料理をしていないなぁ」

「もう現地の食事にも慣れたの?」

「いや なんとなく料理する気になれないんだ」

「あ、キッチンが酷い状態とか?」

「キッチンはすごくいいところだよ でっかい食器洗い機だってあるし」

「ふぅん。」

その時はなんとなく、なんでこんな風に考えだしたか、すっかり忘れてしまっていた。今トイレに行ってふと思い出したんだ。そうだ、僕はモノを持つことを止めたんだった。

戦火の生活を一度想像してみるといい。僕は逃げ出さなければ死んでしまう。逃げるんだ。走るんだ。荷物はみんな邪魔だ。僕はもうここにはいたくない。毎日がただ過ぎるのをひたすら願い、誰にも気づかれないように潜んでいた。その前の数年間、僕はとにかく根を下ろそうと努力していた。その努力幽霊との戦争になり燃え尽きて、今はなんの価値もなくなってしまった。

段落したころ、気がついた。僕の生活の portability が著しく損なわれていた、それが僕をダメにしたんだって。僕はその根を下ろす努力に無言で苛立っていたんだ。守るものがあると思うことは、心地よい拘束だと思っていたのだけれど、僕自身はそれを迎え入れる準備など、出来てはいなかった。

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