はてなキーワード: 森繁久弥とは
肉がお好きで、卒寿を超えてもステーキとフォアグラを一度に頼んでいたという。脚本家の倉本聰さんが「存在そのものがすでに演技」と惜しむ森繁久弥さん、96歳。後輩のために弔辞を読む役回りを退き、いよいよ聞く番となった▼人も芸も軽妙だった。TBSの生放送ドラマ「七人の孫」で、お手伝いさん役の新人女優をいたく気に入った森繁さん、放送当日、急坂のラーメン屋台という妙な場面を注文する。台本なしの本番。屋台の丸いすに座ったご隠居は、即興で横のお手伝いにすり寄った▼新人がうぶに押しのける。屋台は坂をずり始め、2人は抱き合って倒れ込んだ。このわるさ、配役を任された久世光彦(くぜ・てるひこ)さんが『今さらながら大遺言書』(新潮社)で明かしている。相手は後の樹木希林さんだ▼女性を愛し、映画でも尻や胸によく手が伸びた。パシッとやられて退散する流れがおちゃめで、いやらしさはない。座談の色話には軽(かろ)みが漂い、エロというより、小さな字で助平と書きたいおかしみがあった▼大阪人のサービス精神に、大御所の威厳がいい案配で重なる。銀幕の盛りはチョビひげ、晩年は白いあごひげの相を大衆の記憶に刻んだ。お座敷でのドジョウすくいと文化勲章。どちらもはまる自在の人だった▼勝新太郎さんや芦田伸介さんら、仲間に先立たれる思いを「朝寝坊でロケバスに乗り遅れた私だけがまごまごしている」と記している。「生きているやつはみんな哀れなんだ」と。久世さんも、最愛の妻子も待つ次の現場に向かって、悠然とバスに消えた。
会社をやめた奴が使ってた新しいPCがおさがりで俺に回ってきたのだが、立ち上げたら壁紙が、そいつがカラテの大会かなんかでハイキックしてる画像になってて噴いた。
「やれやれ、どうせなら栗山千明がハイキックしている画像にでもしといてくれよ。そしたらそのままにしておいたのに」と思いながら一応個人情報ということで削除する。
そこでふと思った。
そこでさらに思った。
「なんで女優やアイドルの写真が壁紙だとそもそもキモいような気になってしまうんだろう?」
思考は進む。
「いい歳して女優やアイドルを好むことは、現実では手に入れられないものを追い求めているように見えて、現実が見えていない印象になってキモいと感じるのだろうか」
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「仮にそうだとすると、女優やアイドルを壁紙にしていた人が、実際にその女性を手に入れることができた場合、キモい印象はなくなるだろうか」
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「うん、なくなる。少なくとも俺の目の前にそんなやつが現れたら、天晴れな奴だと思ってキモいとは思わない」
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「つまりキモいかキモくないかは、そう感じる側が、キモいと思われてしまう側が追い求めているものをどれだけ現実離れしたものと認識しているかによるんだよ!ナ、ナンダッテー?」
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「ではもし仮に栗山千明のマネージャーやスタイリストなど、その近くに居てともすれば彼女を手に入れられる立場の人が彼女を壁紙にしてたらキモくないのか?」
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「それはそれでキモい」
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「それは芸能人どころか、普通に身近な知り合いを壁紙にしてたらキモいもんな」
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「うーん、なんでだ・・・」
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「結局増田達の好きな、”人をモノ扱いしている”というような理由でキモいというのが一番しっくりくる落しどころになってしまうのだろうか。く、悔しいビクンビクン」
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「でも自分の赤ちゃんを壁紙にしている人はキモくないぞ。自分の赤ちゃんは自分のモノ扱いしても許されるような風潮だからか?」
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「ん?赤ちゃんだけでなく、おじいさんおばあさん辺りでもキモくはない気がする・・・(怖いかも知れんが)」
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「それは身近な知り合いに限らず、芸能人でも菅井きんとか、森繁久弥とかを壁紙にしてたらキモくないな」
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「やはりそこに絡むのは”恋愛”対象たるかどうかなんだろうか? 恋愛対象たる年頃の人を壁紙にするのはキモいということ?」
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「でも、ようじょを壁紙にしてたら最高にキモいよな・・・ってそれは恋愛対象にしてると見えるからか?」
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「つまりキモいかキモくないかは、そう感じる側が、キモいと思われてしまう側が鑑賞しているものを恋愛対象にしたいと思っているだろうと推測するかどうかなんだよ!ナ、ナンダッテー?」
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「そもそも恋愛対象にしたいと思っているとなんでキモいんだ?」
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「現実では恋愛関係になれないものを恋愛対象にしようとしているように見えて、現実が見えていない印象になってキモいと感じるのだろうか」
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「あれ?これ確かさっきも通った道?・・・思考がループしてる?」
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「わ・・・わからん。仕事になんなくなってきた。誰かタスケテー」 ←今ココ