祖父が死ぬ前日、家族は見舞いに行ったが、
受験勉強を口実に僕は行かなかった。
怖かったのだ。
死の半年前に、病室の祖父を見舞った。
物心ついてから身近な人間の死に立ち会ったことが無かった僕は、
衰弱しきった祖父を見てトイレに駆け込み1人泣き続けた。
第二次世界大戦で乗艦していた船が爆撃されても海を泳いで生き残り、
戦後東京に出て一人で事業を起こして成功をおさめたあのたくましい祖父。
無償の愛情の注ぎこんでくれたあの優しい祖父。
そんな祖父が衰弱してしまっていることが信じられなかった。
病室の死の匂いに耐えられなかった。
僕は、人はいつか死ぬということを理解できていなかったのだ。
目を真っ赤にしつつ、何気ないふりをしてトイレから出てきた僕は、
「また来るよ」
と伝えて祖父の元を去ったのだった。
それから祖父が死ぬまで、僕はお見舞いに行くことは無かった。
衰弱した祖父を忘れようとすればするほど、
祖父はこの世で生き続けるような気がしていたのだ。
今思えばなんと幼稚な現実逃避だろう。
祖父はもしかして、僕を待っていたかもしれないのに。
もうあれから10年近くたつ。
今でもあの時の自分の愚かさを思い出すと涙が出る。
間違いなく、僕は一生後悔し続けるだろう。