2010-02-26

曇っている街


 大学時代親友とふたりで裏磐梯へ行った。

 大宮に集合して、東北本線郡山経由、磐越西線で磐梯へ。

 男ふたり。

 たしか青春18切符だった。

 大学ではいいことなくて、親友も沈んで電話で話す。

「なあ、18切符でどっかいかない?」

「え? いいけど、涼しいところがいいな。どっかある?」

 夏だった。

「裏磐梯とか、考えているんだけど」

 それを聞いたとたんに心が弾む。うきうきして鞄を探す。

「なあ、今からでれる?」

「当たり前じゃん」

 そうやって、大宮から東北本線に飛び乗って、ふたりで車窓をぼんやり眺めながら、算段する。途中下車できるから、喜多方まで行ってラーメン食うか、一応ガイドブック買ってきた、お、用意周到じゃん。

「なんか探しておいてよ、任せるよ」

 そういってぼくは車窓を流れる畑と建物を見る。送電線を見る。びゅんびゅんと遠ざかっていく東京をただ眺めていると、ふしぎと心が軽くなっていく。暗い薄曇りの街を飛び出して、陽が差す田舎がものすごい速度で流れていくのをただぼんやりと、片肘突いてペットボトルお茶を飲んでいると陽が差してくる。

「なんかさ、都会って暗いよね」

「あ? あー、ビル多いからな。このへん何もないから」

 そうか、太陽を遮るものがないからか。

 がたごとびゅんびゅんそれは実に爽快だった。

 それが始まりだったか、ぼくは何か暗く雲がわいてきたようなときには、いつも電車に飛び乗る。どこでもいいから場所を決めて、朝早く起きて電車に飛び乗る。それで、自分の住んでいる街から一時的に避難する。

 長距離列車はいつもご機嫌で、陽の差すところを突っ走る。

 東海道本線東北本線高崎本線、宇都宮本線。

 まばらな建物の中を、都会の私鉄に慣れた人間には驚くほどの距離を、あっという間に走ってしまう。

 片肘突いて、お茶を飲んで、音楽聞いて、小説読んで。

 それであっという間に目的地にたどり着く。

 新幹線はもっとすてきだ。

 宇都宮だろうが、高崎だろうが、三島だろうが、浜松だろうが、ぼくは新幹線に乗る機会があれば、それを逃さない。

 改札をくぐって、重厚なホームへ行けば、そこには八戸山形からの新幹線が滑り込む。スキー客やら、帰省客やら、馬鹿でっかい旅行かばんを抱えた飛行機組やらの間を抜けて、その広いシートに腰を下ろす。

 ベルが鳴って、滑るように新幹線は走り出す。

 ぐんぐんとした加速が始まり、街が遠ざかっていく。

 それが東京でも、品川でも、宇都宮でも、三島でもいい。

 通常ではあり得ない速度で、ビルびゅんびゅん駆け抜けていくのを見ているだけでいい。自然に心が弾み始め、爽快な気分になっていく。時速三百キロで移動するのは実に心が弾む。

 いやなことなんて、そのビルと一緒にどっかへいく。

 きっとこうなんだとぼくは思う。

 ぼくは長距離列車で、曇った自分の街を逃げ出し、陽の差す所へ行き、そして超高速で新しい自分の街へ帰ってくるんだって。行って帰ってくると、一皮脱皮した、別の街になっているだって。

 そう書いて気付く。

 やはり曇っていたのは、街じゃない、自分なんだ。

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