男ふたり。
たしか青春18切符だった。
「なあ、18切符でどっかいかない?」
「え? いいけど、涼しいところがいいな。どっかある?」
夏だった。
「裏磐梯とか、考えているんだけど」
それを聞いたとたんに心が弾む。うきうきして鞄を探す。
「なあ、今からでれる?」
「当たり前じゃん」
そうやって、大宮から東北本線に飛び乗って、ふたりで車窓をぼんやり眺めながら、算段する。途中下車できるから、喜多方まで行ってラーメン食うか、一応ガイドブック買ってきた、お、用意周到じゃん。
「なんか探しておいてよ、任せるよ」
そういってぼくは車窓を流れる畑と建物を見る。送電線を見る。びゅんびゅんと遠ざかっていく東京をただ眺めていると、ふしぎと心が軽くなっていく。暗い薄曇りの街を飛び出して、陽が差す田舎がものすごい速度で流れていくのをただぼんやりと、片肘突いてペットボトルのお茶を飲んでいると陽が差してくる。
「なんかさ、都会って暗いよね」
「あ? あー、ビル多いからな。このへん何もないから」
そうか、太陽を遮るものがないからか。
がたごとびゅんびゅんそれは実に爽快だった。
それが始まりだったか、ぼくは何か暗く雲がわいてきたようなときには、いつも電車に飛び乗る。どこでもいいから場所を決めて、朝早く起きて電車に飛び乗る。それで、自分の住んでいる街から一時的に避難する。
長距離列車はいつもご機嫌で、陽の差すところを突っ走る。
まばらな建物の中を、都会の私鉄に慣れた人間には驚くほどの距離を、あっという間に走ってしまう。
それであっという間に目的地にたどり着く。
新幹線はもっとすてきだ。
宇都宮だろうが、高崎だろうが、三島だろうが、浜松だろうが、ぼくは新幹線に乗る機会があれば、それを逃さない。
改札をくぐって、重厚なホームへ行けば、そこには八戸や山形からの新幹線が滑り込む。スキー客やら、帰省客やら、馬鹿でっかい旅行かばんを抱えた飛行機組やらの間を抜けて、その広いシートに腰を下ろす。
ぐんぐんとした加速が始まり、街が遠ざかっていく。
通常ではあり得ない速度で、ビルがびゅんびゅん駆け抜けていくのを見ているだけでいい。自然に心が弾み始め、爽快な気分になっていく。時速三百キロで移動するのは実に心が弾む。
いやなことなんて、そのビルと一緒にどっかへいく。
きっとこうなんだとぼくは思う。
ぼくは長距離列車で、曇った自分の街を逃げ出し、陽の差す所へ行き、そして超高速で新しい自分の街へ帰ってくるんだって。行って帰ってくると、一皮脱皮した、別の街になっているだって。
そう書いて気付く。
やはり曇っていたのは、街じゃない、自分なんだ。