壁に押し付けられながら顔を上げると小さな緑色が目に入った。
指先ほどの小さな物体は壁にとまりながら、
柔らかな下半身を伸びでもするように動かしている。
透き通った羽は涼やかで、そこだけまるで別の世界のようだった。
なんの妨げもなく、かつ何時でも飛び立てる羽を持つそれと比べて
狭い社内で、身動きの取れないまま、
なんて不自由な存在なのだろう。
小さなクサカゲロウに馬鹿げた嫉妬を覚えながら見つめていたら、
下半身が「伸び」を終えた。
その跡には、糸の先に小さな小さな卵が残った。
そうか、彼女は産卵をしていたのだ。
きっと、こんな場所で産卵する事を望んだ訳でもないだろう。
例え運良く卵が残り、生まれてきたとしても、ここには幼虫の餌はない。
カゲロウは数歩進んだ先で再び下半身を壁に押し付け、そして伸びをした。
随分と時間をかけて、二つ目の卵を産み、更に進んだカゲロウの体が急に舞った。
これまで静かだった車内の換気が急に動き出したのだ。
カゲロウは一度は近くの壁に止まったが、二度目の風に煽られて姿を消した。
「はたと思った。このカゲロウはもしや今の日本の女性を表しているのではないだろうか」 「そういえば日本の女性も、このカゲロウと同じように『産む』場所の自由が与えられていな...