目元にデカイほくろを持つ男がいた。
ほくろは左目の下、睫毛から2ミリ下にあり、楕円型の青みがかったものだった。
不躾ながら私はある時、目に留まったそのホクロを指して本人に尋ねてみた。「なんでそのホクロ青いの?」
男は答える。「昔姉ちゃんが、誤って鉛筆の芯を入れてしまったから。」
聞いた直後はどうすれば鉛筆の芯が目に入るんだ、なぜそれが青さの理由なんだと思った私だが、
彼の目元のそれは、私の右手薬指にある鉛筆が刺さってできた傷跡に確かによく似ていた。
その数年後、私は深夜ラジオを聴きながら、高校受験のため机に向かっていた。
猫背の、いつも母に叱られているノートと顔が著しく近い姿勢で、カリカリ問題を解いていた。
番組の区切りで「寝るなぁ!」と叫ぶジングルが流れた瞬間に、「あ。」。
握っていたシャーペンの芯がぽくりと折れた。
私は長めに芯を繰り出して使う傾向があり、しかも文字が華奢に見えるようにと0.3ミリのシャープ芯を愛用していた。
その直径0.3ミリ、長さ5ミリの折れた芯は、ちょうど私の右目の表面に跳ね、潤いある膜にピトリと付着する。
しばし我が右目の損傷および失明した様を想像して悲嘆に暮れ、
その後残った左目もソロ活動による疲弊で徐々に失明に向かうのだろうとまた悲嘆に暮れた。
両親の収入と年金を食い潰すだけの孤独でゴミ以下の薄汚い肉塊に成り下がるのだろうか。
「深夜のシャーシン目玉にくっつき事件」の15分後、コンタクトを外すようにして指でシャー芯の取り除きに成功するまで
四苦八苦のなか、ぐるぐる悶々とデカイほくろがある男の話を私は思い出していた。
まだあの男の目もとには楕円で青いホクロがあるだろうか。そういえば鉛筆の芯は入ったままなのだろうか。
「シャー芯で失明未遂かもしれない事件」から数年後の現在、私の両目はすこぶる健康、メガネもコンタクトも未経験だ。
しかし両親の収入と年金を食いつぶす孤独でゴミ以下の薄汚い肉塊に成り下がるという想像悲嘆は現実のものとなった。
ただ、悲嘆する主体が私本人ではなく両親になっただけである。