とんび兄弟は黒装束に身を包み、闘技場にあがっていたTAKURO兄弟の前に姿を現した。時代錯誤とも言えるとんび兄弟の黒装束は忍者の雰囲気を醸し出している。だが、忍者の装束と違って、顔までは覆っていない。
兄のとんび昇空は、長い髪を頭の後ろでポニーテールのようにまとめていた。痩せた体で、身長は弟よりも低い。弟のとんび滑空は黒装束がはちきれそうな巨躯であった。どこかで拾ってきたでこぼこの岩。それをそのまま置いたような無骨な顔で、ひびが入ったように細い目であった。頭のてっぺんに苔が生えたように短髪がはりついている。
昇空は振り返り、自分の後ろの観客席に視線を送った。三ヶ月前合コンで知り合ったガールフレンドが、昇空の視線に気づいて小さく手を振った。まだ彼女と呼べる関係ではない。その娘の黒のストレートの髪には、昇空が誕生日プレゼントに贈ったオレンジ色のカチューシャが付けられていた。昇空はそれを見て、今までの人生になかったリアル世界での充実をかみ締めながら、緩もうとする表情筋を引き締めなおし、目の前のTAKURO兄弟をじっと見つめた。
こんなちゃらちゃらした男たちに人気がある、そう思うと昇空の心の底にある暗い嫉妬の炎は、静かに燃え盛った。年齢=彼女いない歴。自分の人生は、こんな男たちにずっと敗北し続けていたのだ、そういう想いがこみ上げる。2対2の格闘戦。トーナメントの試合という形を借り、自分の人生をあざ笑い続けたちゃらちゃらした男たちに、今日こそ思う存分自分の感情を叩きつけることが出来るのだ。昇空の胸に暗い怨念にも似た歓喜が膨らんでいた。
試合のゴングが会場に響き、とんび兄弟は弾かれたように前に出た。昇空はTAKURO兄(TERU)、滑空はTAKURO弟(TAKURO)に襲い掛かる。昇空はローキックでTERUの体勢を崩して顔面に蹴りを入れるが、TERUは必死に両手でブロックした。両手のガードごとたたき折るような容赦ない蹴りが続いた。
滑空は低く沈み込んだ姿勢から、TAKUROの顔面に張り手を喰らわせた。TAKUROはTERUとは対照的に一切ブロックをしていなかった。張り手の嵐の中で、みるみる顔面が膨れ上がり、口から血と唾液がいりまじったものが飛び散った。
ひとしきり続いたとんび兄弟の攻撃が止むと、会場から悲鳴があがった。ガードを続けていたTERUの手はあちこちが腫れ上がり、TAKUROの顔は見るに耐えない様相であった。目の周りが青黒く変色し、腫れあがったまぶたでTAKUROの視界がほとんど遮られているのは明白だった。
会場に詰め掛けたTAKURO兄弟のファンから、もうやめて、と悲痛な声が上がる。TAKURO兄弟の姿を見るとんび昇空の顔面には、残酷な笑みが張り付いていた。見ろ、ちゃらちゃらとした男など、実際に戦えばこんなに弱い。外見だけなのだ。見た目でモテてるだけなのだ。虫ケラのように負けるしかないこいつらの姿を見て、目を覚ますがいい。昇空はTERUを見つめて、止めを刺す必殺の構えを取った。
その時、TAKUROが動いた。
背中に背負っていたギターを手に取り、ギターが切なげに響き始める。腫れあがったまぶたに覆われて目は見えていないかもしれない。だが、TAKUROの指は滞ることなく華麗にギターの上を舞っていた。
ガードで壊れかけた両手を下ろし、TERUの澄んだ声が会場に響き渡り始める。二人とも大切なものには傷一つ負っていなかった。会場は静まり返り、ギターと歌声だけに満たされた。
聞く者の魂を根底から揺さぶるような音の波が、とんび兄弟を包み、その動きを止めた。これがTAKURO兄弟のうた。昇空は自分が抱いていた暗い情念が、透明な波に押し包まれ、形を失って四散して行くのを感じたのであった。やがて歌はどこまでも澄み切って、空に溶けるように終わった。
だが、負けるわけにはいかなかった。敵である自分の心を、ここまで屈服させた歌。それに敬意を表して、出来る限り苦痛のない形で止めを刺そう。昇空は決意を胸に秘めて、ゆっくりと前に足を踏み出した。
「まだTAKURO兄弟を痛めつけるつもりなの?」
会場のあちこちから叫びにも似た声があがった。見ると、会場にいる女性は、ほとんど全員が涙を流していた。
「このブサイク兄弟!」「TERU様に触れたら殺すから!」「その髪型、かっこいいつもり?かなり生え際が後退してるわよ?」「どチビ」「短小」「包茎」「童貞」「帰ってオナニーでもしてろ」会場の女性陣は口々に罵詈雑言を並べ立てた。滑空は既に戦意を失い、闘技場に膝をついていた。「短小」「包茎」あたりが刺さったらしい。
髪型と身長の事を言われた昇空も、既に終わりかけている。ただでさえ苦手としている女性からの言葉は、一つ一つが重かった。今にも倒れそうな中、昇空はたった一つの希望を抱いて、自分の後ろの観客席にいるガールフレンドに目を向けた。目があったその娘は、にっこりと微笑み返した。彼女さえ応援してくれれば俺はまだ戦える、そう思った瞬間、彼女は昇空が贈ったカチューシャを外して、二つに叩き割り、会場を去って行った。
昇空は滑空の隣に倒れ、いろんな意味でもう立ち上がれなかった。TAKURO兄弟の二回戦進出が決定した。
リング上でマイクを握り締めた男が選手をコールする。 「エントリーナンバー21! タンクトップ兄弟!」 「暗黒!戸愚呂っぽい兄弟統一トーナメントでエクササーイズ。ワンツース...
メガネ兄弟の弟メガネジュニアは皮を剥いたきゅうりのように青白く痩身で、その名の通り黒い縁のメガネをかけて石板を敷き詰められた闘技場に上がった。細かい性格を表すように時...
「ごめーん、待った? え、一時間遅れちゃってる? ごめんねー。電車がさ、もう行っちゃっててね、ひどいのよ。今日湿気がすごいでしょ、湿気。髪が巻いちゃって巻いちゃってセ...
「おお、あれが対戦相手かのう、ベータ、あいつら弱そうじゃのう。こりゃ楽勝っぽいのう。ベータ、ワシのネットブックはどこじゃ? おう、そうそうこれじゃ、これじゃ。どれどれ...
「兄者、斥候より報告。敵軍勢が北五里に現れたようです」 陸路兄弟の弟、陸路兆次は迫り来る軍勢の報告に緊張を隠せなかった。兄の運長に比べ、まだ実戦経験が少ない。ほぼ初陣と...
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