「兄者、斥候より報告。敵軍勢が北五里に現れたようです」
陸路兄弟の弟、陸路兆次は迫り来る軍勢の報告に緊張を隠せなかった。兄の運長に比べ、まだ実戦経験が少ない。ほぼ初陣と言ってよかった。
「よし、歩兵部隊は中央で堅陣を組め。騎馬隊は歩兵部隊の両翼へ展開し、相手陣容に対応できる形で待機」
陽は青く晴れた中天にかかりつつあった。西に山を仰ぎ見る草原、その少し小高くなったところ。運長は騎馬隊五百のうち、二百五十を率いて歩兵部隊の右翼に展開した。西の山から流れる河を隔てて、敵軍とまずは向かいあうことになるはずだ。水量は大人の腰ほどである。事前に斥候に調べさせていた。河を渡って来なければならない相手に圧倒的に不利な地形を選んで布陣していた。
兆次は歩兵部隊二千を率いている。運長は兆次の緊張を見抜いていたが、言葉をかけなかった。緊張はしていても自分の初陣の時より間違いなくいい顔をしている。そう感じていたのだ。だが、それも言葉にはしなかった。
余計な言葉をかけなくても、戦いが始まれば兆次の体は自然と動く。陸路一族に流れる「いくさびと」の血がそうさせるはずだ。初陣での自分が、かつてそうであったように。
斥候からの報告が立て続けに入る。歩兵五百。敵軍との距離は一里を切っている。見える。雑然と行軍している。軍としてようやく体をなしている、という程度だ。
敵軍のほぼ中央に「おまる」の旗がたなびいている。おまる兄弟の兄、おまる(大)はおそらくそこにいるのだろう。ほぼ全軍が歩兵で、騎馬はおまる(大)を含め、十に満たないようだ。おまる兄弟の人徳のためか、人員が集まらなかったのであろう。兵力は二千五百対五百。戦を生業としてきた陸路一族を前に、この戦力差は決定的とも言えるものであった。
「騎馬隊、前へ」
相手の陣容を見て、運長は両翼の騎馬隊を歩兵より前に進め、五百騎を歩兵の前で一つにまとめた。あの軍相手なら騎馬隊五百の突進で大勢は決してしまうかもしれない。運長はそれでも自分の考えに気のはやりがないか、もう一度自らに問い直した。
河の向こうにおまる兄弟軍が布陣した。躊躇なく先頭の歩兵が河に飛び込み、浅いところを渡ってくる。
やはり……。運長は先ほどの自分への問いかけが杞憂であったと感じた。所詮おまる兄弟は兵法も知らない素人だ。
組み合わせが決まった時点で、運長はおまる兄弟に会い、試合方法を騎馬戦にしないか?と持ちかけた。それも「何でもあり」の騎馬戦にしようと持ちかけたのだ。白鳥の首が付いた大小のおまるにまたがり、おまる兄弟は、アホ面を揃えて「いいよー」と快諾した。弟のおまる(小)にいたっては鼻水まで垂れっぱなしのアホ面だった。場所、時間に至るまで、おまる兄弟は陸路兄弟の条件を全て受け入れた。もう既にそこで勝負は始まり、結果は決していたのかもしれない。
河を渡ってくる歩兵部隊の中央でたなびく「おまる」の旗を見据えた後、運長は自分の馬の鞍に立てた「陸路」の旗を振り返った。旗を取られた方が負け、その他は何でもあり、自分がおまる兄弟に言った言葉をもう一度胸の中で繰り返し、そして、河を渡るおまる兄弟の歩兵部隊を見つめた。もう少しで「おまる」の旗が河を渡る。
敵が川を渡って来たならば、川の中で迎え撃ってはいけない。孫子曰く「半ばわたらしめてこれを撃たば利なり」この場合なら、敵軍の中央にある旗が渡ってから迎撃すれば、渡りきっていない敵は身動きがとれない。まさに運長はその時を待っていた。もう少しだ。右手を挙げる。
「突撃」
右手が振り下ろされると同時に、陸路騎馬隊は敵軍に襲いかかった。宋襄の仁など関係ない、要は勝てばいいんでしょ、そう呟いていた。河を渡ったおよそ三百の敵兵に動揺が走る。運長は手綱を握り締め、先頭に立って敵の歩兵部隊を二つに断ち割った。見事に統率された陸路騎馬隊は、一匹の蛇のように「おまる」の旗の下の十に満たない騎馬に絡みつく。浮き足立った騎兵を粘りつくように取り囲んだ。
運長は手にしたピコピコハンマーで、騎馬上の兵士を次々と叩き落した。見えた。旗。手を伸ばし、一瞬の隙を突いて「おまる」の旗を取った。
にやり。おまる兄弟は微笑んでいた。鼻が垂れている、こいつは弟だ。今奪い取った旗。「おまろ」そう書いてあった。瞬間、気づいた。五百の陸路騎馬隊は三百ほどの歩兵に取り囲まれている。運長の背中に冷たいものが走った。退避せよ、そう叫ぼうとした。
「あれは?」
陸路騎馬隊の一人が河の方を見て叫んだ。河の水量がいつの間にか増えている。その上流から、白いものが無数に流れてきていた。白鳥? 否。おまるだ。数千というおまると、それに乗った歩兵が河を流れてきている。突然現れたおまる部隊は、陸路騎馬隊の近くの岸からそのまま上陸してきた。上陸してわかったことだが、おまるに乗っているというより、おまるの底から足を突き出し、あたかもおまる型の浮き輪でもしているような歩兵だ。その数ざっと見て、五千。
最初の歩兵三百の動きは巧みだった。運長とその周り百騎ほどの騎馬以外は、囲みの外に逃がしている。ジリジリと運長の旗をめがけて包囲を狭くしているのだ。最初の行軍の乱れはフェイクだったのだ。運長は歯軋りしながら手綱をさばき、百騎に密集隊形をとらせる。そうする間にもどんどんおまる部隊は上陸し、三百の歩兵とあわさって囲みを強固なものにしていくのだった。
不意に衝撃が来た。兆次の歩兵二千が、おまる部隊と歩兵三百の囲みに猛然と突進していた。楔の隊形で囲みを穿ちにかかっていた。楔の先頭で、兆次が鬼の形相をしていた。ハリセンを振るい、おまる部隊をなぎ倒していく。囲みの外に追いやられていた騎馬隊もそれに続いている。陸路の血が兆次の中でたぎっていた。緊張を隠せなかった弟が獅子奮迅の戦いをしている。呼応するように、運長の胸に熱い何かがこみ上げてきた。
「歩兵部隊と合流する。総員、歩兵部隊に向かって血路を開け」
地を震わせるように叫んでいた。ピコピコハンマーがうなる。乱戦になった。少しずつ、弟の部隊に近づいた。やがて、伸ばした手と手が触れ合うように、歩兵と騎馬の部隊は一つになっていた。立派な「いくさびと」となった兆次の顔を見つけ、思わず運長の口の端が緩んだ。
だが、緩んだ口の端はそのまま凍りついた。
一つになった陸路騎馬隊と歩兵部隊は、水量を増した河を背にしていた。五千のおまる部隊と三百の歩兵隊にぎちぎちに包囲されている。運長は自分の背にたなびく陸路の旗を見た。これでは敵も旗には手が出せないはずだが・・・。
大きな白鳥が一羽、上流から流れてくる。いや、大きすぎだ。30メートルはある。頭のてっぺんに「おまる」の旗があった。そして、河を背にした運長の前で止まった。にょきっと足が生え、立ち上がった。50mはある。そして、しゃべった。
「あの日、勝ったって思ったんだろ。その時点で負けてたんだよ、あんた達はさ」
おまる兄弟の兄、おまる(大)の声だった。
「こいつはおまる型モビルスーツ、スワン号。美しいフォルムだろ。おまるってやっぱり芸術だよな、そう思うだろ?」
バカでかい白鳥は、頭を下げた。運長の鞍でたなびく「陸路」の旗にゆっくりと向かっている。反射的に運長は鞍の上に立って、両膝を曲げた。どうしても欲しかった勝ちが近づいてくる。飛べる。つかめるよな、俺達なら。なあ、兆次・・・・・・。
運長の体は跳躍し、スワンの顎あたりを頂点とする放物線を描き、河の中に消えていった。
スワンは、与えられたエサでも食べるように、たやすく「陸路」の旗を咥え、おまる兄弟の二回戦進出が決まった。
http://anond.hatelabo.jp/20090130135752
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