お客さまが目の前に座る。ボクはデスクから顔を上げてお客さまを見る。
そこにいたのはお客さまであったがお客さまでなかった。そこにおわしましたのは、オレンジ色のニットの上着に包まれて、芸術的なほどの造形美を備えつつ、固体でありながら液体のような流動性を奇跡のように両立させてぷるぷると奥ゆかしく恥ずかしそうにふるえる、内面に荘厳さと威厳と気高さとプライドをあわせ持つような、小さくはないが大きすぎない黄金比のような絶妙なバランスのおっぱいだった。いや、正確に言うと、そんなマーベラスなおっぱいを所有されているお客さまだった。お客さまはやさしくて活動的な笑顔を見せて、ボクの目の前に立っていた。
おい、待てよ、ボクは足フェチだぜ!? なんでこんなにおっぱいに動揺してるんだ? そんな内なる声を響かせながら、ボクは永遠とも思えるような0.1秒間、お客さまの両目を見据えながら視界の端にはべられておられるおっぱいさまのさざなみのような揺れを思うさまに反芻し、あーこれはたぶん思いっきり視界の端でおっぱいをガン見しているのを気づかれているかもしれないな、でも見るなという方が無理だし、これでもボクは全神経を集中しておっぱいを直視しないように視界の隅っこに追いやっているのが精一杯なんだ、大体こんな寒い日にいくら店内と言っても何故そんなうすいニットで神々しいおっぱいを衆目にさらしているのだろうか、ひょっとしてボクを犯罪者に仕立てあげようとするCIAとかの罠なのだろうか、それともボクを嵌めてリストラしようとする上司の陰謀なのだろうか。
「あ、どうぞ、こちらにおかけ下さい」
出来うる限りの平静を装いつつボクが勧めた椅子に、その所有者であるお客さまもろともおっぱいはぷるぷると御鎮座なされた。自社サービスの話をしながら、これ以上おっぱいを視界の端で捉えていたらきっとボクはお客さまに挙動不審がさとられてしまうと思い、必死にサービス概要のパンフの図を見ながら心頭滅却に努め、それでも効果が薄いと感じて次のページにある中年男性のバーコード禿を見ながらボクはバーコードをピッという音とともに読み取る機械なんだと自分に言い聞かせた。
「何かご質問はございませんか?」
とんでもなくおっぱいのことしか考えていない事を悟られないように、ボクは会心の笑みを浮かべながらお客さまにそう言ったんだけど、お客さまの方を見た瞬間に唯一無二なるおっぱいが視界に入って、いや二つだから唯二無二か? いやもうどうでもいい! もうこの広い宇宙で出会えた今日の日のことを神いわゆるゴッドに感謝せずにいられない、ヤバイ、気を抜くと涙がこぼれそうになるぞ!? どうすればいいんだボクは? きっとお客さまはすでにボクの挙動不審に気づいて逃げ出そうとしているのかもしれない、そう言えば心なしか表情が硬くなっているような気がしないでもないでもないような気がするような・・・
「あの、ここがよくわからないんですけど」
ぷるるうぅぅんと揺れながら、おっぱいは形を変えつつそう振動した。
お客さまが図の一部を指し示し、図に視線を落としたところで、ナノメートル単位に細くなりながらも健気に繋がっていたボクの堪忍袋の緒はついにプッツンと切れ、幼い頃生き別れて五十年ぶりに再会した肉親と対面するように、ボクはおっぱいさまを直視した。そのお姿は日光写真のように眼球ごしに網膜に焼付き、脳内のハードディスクに最高画質で記録され速攻でプロテクトがかけられ上書きできないように処理された。オーットマチックに。ボクはもう死んでもいいと確信した。
「当社サービスでは、こちらの図のようになっています」
ボクはページをめくり、別の図を使って説明した。挙動不審の臨界点を通り越し、いつもより流暢なくらいの説明を終えた。
「わかりました。ありがとうございます」
そう言って、おっぱいは席を立つ。ゆっくりとお客さまが出口に向かって振り返える事でぷるぷるしながらおっぱいは消えた。おっぱいには何の興味も無かったつもりの自分が強烈に吸い寄せられたおっぱい。あれはたぶん宇宙からボクへの何かのメッセージだったのだろう。ボクの人生は短すぎて、そのメッセージの意味がわからなかったけども。
もの書き志望です。褒めてもらってちょっとてれてます。 ラノベ文体は好きじゃないんだけど、まだ自分の文体というものが固まっていなくてどうすればいいのか試行錯誤しています。 ...
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